第106話 返事を聞いてはいるが、答えは決まっていた

最新の次世代スーツと言えど頭と胴体を切り離してしまえばそこまでだ。技術にだって限界がある。


ガシャ、ガシャ、ガシャ


とりあえず決着をつけると、後ろから足音がするので振り返る。

応急処置を終えたヘックスが壊れた強化バトルスーツを着てこちらに歩いて来ていた。左手には、外していたバケツ型ヘルメットがある。


「…」


特に言葉もなく、オレの横を通り過ぎる。

その足が止まったのは、床に転がる死体の前だ。

空いている右手で万能銃を引き抜くと、物言わぬ知り合いに銃口を向ける。


…ズキューン!


少し時間をおいて一発の銃声がした。

まあ、因縁のあった相手だ。何事にもケジメは必要だ。


こちらに顔を向けず、ヘルメットをかぶるのを待って声をかける。


「で、これからどうする」

「…」


返事もなくこちらを見るヘックス。


「疲れているなら、このままコソコソ逃げてもいいが…」


言葉を止めて笑って見せる。


「ドカンとやり返す方法があるんだが。どうする?」


返事を聞いてはいるが、答えは決まっていた。





「大佐。誘導中の汎用ドローンの反応消失。全滅です」

「フン。一般品ではこんなものか」


不機嫌そうに大佐は口をへの字に曲げる。

想定外な事に特殊機動隊が敗れた。彼らに与えたのは最新のスーツだったはずが、辺境のロートル機体に負けたという事らしい。

不甲斐ないと罵りたいが、その相手がいないのだから仕方ない。


それよりも問題がある。特殊部隊という戦力を失った。


「ターゲット。目標ポイントに到達しました。」


現時点で、特殊部隊以上の戦闘力を持ってはいない。軍人ではあるが一般的な戦闘力しかもっていない。特殊部隊を倒した相手の方が戦力としては上だろう。不利な状況だ。だが、対処は可能である。

ステーションの管理は掌握している。隔壁を下ろし、ステーションのドローンを使って時間を稼がせた。


戦闘で勝てないなら戦術で勝てばよいのだ。


「セイラム聞こえるか」

【はい。大佐】


ステーションに接舷する特殊巡洋艦「セイラム」から返事がある。


「船の砲撃でこちらの指定区画を攻撃してくれ」


隔壁で移動ルートを限定させ、ドローンで誘導したのだ。

目標は予定の場所で罠にはまった。あとはセイラムに位置データを共有させれば、特殊巡洋艦の攻撃精度ならピンポイントで目標を攻撃する事ができる。


強かろうと相手は人だ。巡洋艦の砲撃の前では個人の能力など意味をなさない。ステーションにも被害が出るが、戦争の余波による破壊とすれば問題ないだろう。

どうせ「だれもいない」場所なのだ。


【了解。情報リンクを開き…「侵入アラート!船内に侵入者です。スキャン確認。対象1」なに?防衛システムを起動「防衛システム起動。隔壁下ろします。汎用ドローンは迎撃モードに移行。戦闘ドローンに出撃命令発令」「侵入者をスキャンで補足。情報をドローンと共有」…】


しかし、その為の返信はセイラムオペレーターであろう女性からの警告の声で遮られた。


「ん?おい艦長」

【いえ、問題はありま「侵入者Bエリア侵入!」隔壁はどうした!「隔壁は降りています!」戦闘ドローンは!「現在迂回ルートを指示。到着まで…118秒」「Bエリアの防衛タレット起動を確認」汎用ドローンによる遅延戦闘!周辺のドローンを回して時間を稼げ!】

「おい。どうした艦長!どうしたセイラム!」


確認するが、通信機からは切羽詰まった通信が聞こえてくるだけだ。


【「タレット信号消失」遅滞戦闘は!「汎用ドローン反応ありません」「侵入者移動。最終隔壁…抜けました中枢エリアに侵入!」総員迎撃態勢!ここに来るぞ…『ガゴン!』「壁が!」(ブラスターの発砲音と悲鳴)…ブッ】

「おい。セイラム!セイラム!」

【…】

「セイラァム!」


しかし、通信からの返事はない。司令官の異常な態度に、作業を進めていた隊員たちも驚いたように不安の視線を向けている。

大佐は焦りながらも、それでも状況を確認しようとする。

しかし、それは悪手であった。


ズガン!!


鈍い音ともに、バリケードが破壊される。高出力の攻撃で破壊されたのだ。

もうもうと上がる煙の充満する室内で、それでも隊員たちは異常に対処するために携帯しているブラスターを構えるが煙で目標が見えない。


ズキューン!ズキューン!


しかし、煙の中からブラスターの熱線が飛び出すと、それは相手を探して身を乗り出した隊員に命中する。

慌てて隊員たちも反撃するが、見えない相手に当たらない。それどころか、身を隠すために盾にしている座席を高出力の熱線は貫いて隠れた隊員の命を奪っていく。


空調機能が動き晴れていく煙の中からブラスターライフルを構える襲撃者の姿が現れて、わずかに生き残った隊員の顔が絶望に歪む。

破損しているとはいえ、強化パーツで強化された重装バトルスーツだ。人型戦車と言っても過言ではない。施設の中枢を制圧に来ただけの彼らの個人携帯武装で対抗できる相手ではない。


チュイン!


それでもわずかな抵抗で放った隊員の熱線は、相手に命中するも、展開するシールドによってはじかれてしまう。

それに合わせてわずかな生き残りが一斉に攻撃をするが、シールド機能ですべて防がれてしまう。シールドを飽和させて打ち消すには数が足りない。相手もそれをわかって姿を現しているのだ。

そして、無慈悲にして正確な反撃によって、わずかな抵抗者はすぐに物言わぬ死体に変わった。




最後に生き残った大佐が青い顔でバトルスーツの男を見る。

無駄だと思っているのか、それとも動転してそれすらできないのか、腰のブラスターに手を伸ばす事すらできていない。

銃口が向き…


ズガガガガ!


発射音に目をつぶるが、予想された衝撃は来ない。

恐る恐る目を開けると、ヘックスは持っていたブラスターライフルで、部屋の一角でデータを吸い上げている電子制御用AIを原型が残らないほど完全に粉砕する。


ガシャ、ガシャ…


そして、弾の尽きたライフルを捨てて万能銃を引き抜いくと大佐に近づく。


「き、貴様。こんなことをしてタダで済むと思っているのか」


脂汗で顔をかきながら、それでも強気に相手を恫喝する。

その言葉に、ヘックスは足を止めた。

それを好機とみて司令官はまくしたてる。


「わ、私は共和国軍の軍人だ。上級士官だぞ。私を殺せば、共和国を敵に回す事になる。貴様だけではない。開拓民の一族による敵対行為だ!お前達は共和国に敵対するテロ組織と認定される事になるんだぞ!」


バトルスーツのヘルメットの向こうでヘックスは、しばらく沈黙するが、まるで雑談をするように呆れた口調で答える。


「どこにでも悪知恵の働く奴というのはいるものだ」

「なに?」

「戦闘で被弾した巡洋艦が、応急修理をするために民間ステーションに接近。しかし、不幸な事に、そのタイミングでエンジンに異常をきたして暴走。ステーションを巻き込んで爆発してしまう」

「何を…」


突然、訳の分からないことを話し始めた相手に、司令官が誰何の声を上げる。

しかし、ヘックスはそれを無視して話を続ける。


「わずかに残っていたステーションの住人は、巡洋艦乗組員の必死の努力により全員無事にステーションから脱出。しかし、市民の避難を優先したために、巡洋艦の乗員は脱出する事が出来ずに爆発に巻き込まれ、全員が名誉の戦死を遂げてしまう」


司令官はようやく、ヘックスの言葉の意味を知る。これが向こうの筋書きなのだ。自分たちの生存は含まれていないという意味の筋書き。


「そんな事が認められるわけがない!」

「その場合、ステーション側は今回の巡洋艦の誘爆について追求をする。この星系で始まった戦争について。ステーションを巻き込んで爆発した船の所属。当然、市民を守って散った共和国軍人の美談もナシだ」


それはカバーストーリーとして用意した欺瞞工作が明るみに出るという事だ。


ここは帝国との国境線にも近い辺境だ。

共和国軍が強権を使って民間ステーションを制圧したと広まれば、星系政府の共和国への信頼は一気に瓦解する。

証拠隠滅をしようにも、独自行動をとっていたのは自分達だ。共和国が事態を把握して隠ぺい用の部隊を派遣するよりも、避難していたステーションの元住人が決定的な証拠を回収してしまうだろう。


「どんな生き方をしたら、こんな悪知恵を思いつけるんだろうな」


まるで他人事のように呆れた声で続ける。

スキャンダルを回避するために用意した筋書きだ。共和国側の過失と言える事故でありながら、民間人保護という美談を付け加える事で、共和国側への配慮までしている。


その話を聞いて司令官は、窮状を打開する方法を考えるが、ヘックスはそんな時間を与えるつもりはなかった。


「今、連絡が入った」

「?」


ヘックスは特に感情をこめずに平坦な言葉で続ける。


「巡洋艦のエンジンコアのオーバーロードが始まったそうだ。あと15分もすればステーションを巻き込んで吹っ飛ぶ」


そして、持っていた銃口がこちらを向いた。


「そして、お前が懺悔ざんげをする時間を15分もやるつもりはない」


バシュ!


そして、ブラスターの発射音が響いた。




巡洋艦から奪ってきた共和国軍シャトルで外に出る。後はステーションの脱出ポットを見つけるだけだ。すべての船に搭載されている救難信号を見つけるのは難しい仕事ではない。



「終わったか?」

「ああ」


トラクタービームで回収したポッドからヘックスがシャトルに乗り込んでくる。

あいにく緊急マニュアルで飛び出したシャトルなので、今回も基本的な機能しか使えない。まあ、爆発するステーションから離れるのに問題があるわけじゃないので、気にはしない。


「んじゃ、後は頼むわ」


そう言って操縦席から降りる。


「おい。こっちだって楽をしていたわけじゃないんだぞ」


ヘルメットを脱ぎバトルスーツの強化パーツを四苦八苦して外しながら、ヘックスが文句を言う。

まあ、特殊部隊とやりあって、ステーションを奪回し、敵と戦闘した後に、操縦までさせられたら、そりゃ愚痴だって出るだろう。


「こっちはまだ後始末があるんだよ」


とはいえ、こっちだって余裕があるわけではないのだ。

『ブルーハンド』の効果が切れて来た。絶賛コンディションは下降中だ。シャトルに搭載された救急箱を引っ張り出す。


前にも言ったが、ブルーハンドは血液改造をする為、効果が切れると不調をきたす。

正規の対応処置として、改造された血液を洗浄する透析をするのだが、救急キッドに人工透析装置なんて入っていない。

そこで、応急手当用の造血促進薬と栄養剤を取り出して投与する。正常な血液の生成を促進させるのと、それに必要な栄養素を補給しておくのだ。


当然、体に無理をするのでコンディションは極めて悪くなる。バッドトリップと応急延命措置によるダブルアタックだ。当然、ひどい事になる。


薬物の使用は容量・用法を守って正しくお使いください(後の祭り)。


「後は任せるぞ」

「お前はなにをするんだ?」

「…籠る」


この後襲うであろう、頭痛胃痛腹痛のコンボを、過去の経験から知っていた。

しばらくはトイレで神に祈る事になるだろう。


それを読み取ったヘックスが、諦めた様に肩をすくめると操縦席につく。


「お大事に」


ふらつく足で操縦席から出ると後部に設置されたエチケットスペースへ。

不幸なことに、移動用のシャトルの居住環境はすこぶる悪い。

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