おっちゃんは宇宙でアウトローになる

シムCM

アウトローになったのは不可抗力なんです!

第1話 おう。ジーザス

「モウ帰ッテクルンジャナイゾ」

「お世話になりました」


伝統的なお約束のセリフを吐く人型のロボットに頭をさげると、開かれた電子制御のゲートを抜ける。


癖のある短い黒髪。太い眉毛の下に少したれた目。左目の下に泣きホクロ。背筋は伸びているが、若くはない。中肉中背の中年の男性だ。

簡素な服を身に着け、小さな手提げカバン一つが彼の持つ財産のすべて。


等間隔にカメラのついた高い壁の小さなゲートを抜けると、目の前には広い道路。その先は全面強化ガラスで覆われている。


そして、ガラスの向こう側は星々が瞬く漆黒の宇宙だった。




初めまして。今の名前はムサシ=ゲンジです。

年齢は…今年で39歳か。ハハハ。前世の年齢を超えているよ。もちろん独身。


神様にチート能力をもらって異世界転生をさせてくれるということで、ホイホイ話に乗ったところ、後悔まみれの第二の人生を歩んでいます。


いや、神様はウソを言わなかった。異世界で前世の記憶も取り戻したし、ちゃんとチート能力で天性の剣の才能もあった。普通の人から見れば、神業に近い剣の腕を持っている。


でも、問題はそこじゃないんです。



異世界というからファンタジーの世界を想像していたら、星間国家が宇宙艦隊を組んで戦争していて、大企業がライバル企業を陥れて業績を伸ばそうと暗躍し、ボロボロになった治安領域には宇宙海賊が跳梁跋扈するSFの世界でした。

武器はもちろんビーム兵器が普及しています。


剣を振り回して何とかなるレベルじゃねぇ!!


つまり、オレのチート能力が役立たずという状況だ。そういえば成績表に「人の話はよく聞きましょう」とか書かれていたなと思い出したけどもう遅い。



さらに、「チートがだめならばスローライフを」とか考えたが、それすらオレには許されなかった。


なぜか?理由は簡単だ。

今いる場所がアーバシー星系の『ABSR-0018ステーション』という受刑者収容宇宙ステーション。要するにここは監獄ステーションであり、この星系は囚人を集めた監獄星系なのだ。


当然、そこから出てきたオレは立派な受刑者。

つまり元犯罪者だ。


その罪状も立派な凶悪犯罪。宇宙海賊として暴れまわり、強盗傷害殺人などの罪を重ねたのである。



まず、言っておく。

罪を犯したのはオレではない。


転生したオレが罪を犯したのではなく、記憶が戻る前の今世のオレが罪を犯したのだ。

肉体的な意味では同一人物だが、魂的な意味で違うことを理解してください(裁判所では評価されない項目です)。


そりゃ、この世界じゃレトロな剣の才能なんて能力を生かそうとすれば、犯罪者になり下がるしかないわけだ。

今世のオレも「人の話をよく聞きましょう」といわれるタイプだったに違いない。



それでも、宇宙海賊時代に記憶が戻ったのなら救いはあっただろう。自首するなり逃亡するなり改善する方法はあったはずだ。


最悪なのは、好き放題に暴れまわった挙句、治安維持組織に捕まって、裁判で罪が確定し、専用の監獄ステーションに放り込まれた後に、ようやく記憶が戻った事である。


異世界転生したら懲役50年がスタートしていました。

捕まったのが22歳だから。出所は72歳か。ハハハ(乾いた笑い)。

転生した人生が始まった瞬間詰んでいます。




そんな最悪な状況ではあったが、悲観して自殺する勇気もなく、せっかく異世界に来たのだからと、とりあえずこの世界を堪能しようと考えた。


不幸な状況の中では幸運なことに、監獄生活は前世の記憶を思い出した直後のオレには悪くない環境だった。


食事は(味はともかく)栄養バランスの良い物が用意されるし、規則正しい生活を送る事が出来る。薄給だが仕事もあるし、限定的だが自由時間も用意されている。


映画やドラマのような囚人を痛めつける看守はいない。そもそも看守はアンドロイドだから賄賂も融通も効かない。優遇もないけど不当な扱いもない。


囚人同士の派閥はあるけど、銃を持てない受刑者相手なら、棒切れ一本で無双できるオレにちょっかいをかける奴はいない。つまり、ルールを守りさえすれば監獄内は平和だ。


制限はあるが図書室で一般レベルの情報は閲覧する事もできる。


そんなわけで、まじめにお務めを果たしながら、それらを調べていった。

それはそれで楽しい時間ではあった。旅行雑誌を見て旅行した気分になるのに近いけど、慰めにはなった。



宇宙空間にも出たよ。

受刑者が行う仕事の中には、作業用の小型艦載機で、ステーションの修理や外壁補修といった作業があるのだ。


逃走防止に一定時間たつと自動的にドックに帰還して点呼があるけど、まあ宇宙遊泳を体感する事はできた。



そんな監獄生活を3年も続けていれば馴れるし、10年もすれば愛着すら感じるようになった。

問題を起こさず規律を守るオレは、いつしか模範囚となった。



とはいえ、世界情勢というものはオレのモラトリアムなど関係なく動いていく。

投獄されて15年を数える頃、歴史的な事件が起こった。




銀河共和国歴288年。銀河帝国歴元年。

銀河共和国の一部が独立を宣言し銀河帝国を樹立。

帝国勢力圏にあったアーバシー星系はそのまま銀河帝国に組み込まれた。


翌年、銀河帝国歴2年。

ABSR-0018監収の囚人ムサシ=ゲンジ(囚人ナンバー省略)は帝国樹立の恩赦により釈放。


こうして、39歳のオレは改めて異世界に放り出されたわけである。

住所不定無職で再スタートだ。


「おう。ジーザス」


最悪な状況から抜け出すのはまだ先らしい。

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