第13話:小さな冒険と浅慮




「ねえ! すごいもの見つけた!!」


 とある朝、登校早々に興奮した様子で玉藻がやってきた。


「嫌な予感しかないよ……」

「なになに? ダンジョンでも見つけた?」

「分かんないけど、すっごいんだから!」


 完全に語彙を失った玉藻が理解してもらえないことがもどかしかったのか、放課後そのナニカを見に行くことが独断で決定した。


 そして放課後、玉藻に付き合って二人は普段は行かない山の中へと入っていく。


「そもそも玉藻ちゃんはなんでこんなとこ来てたの?」

「私のランニングコースだから! 東京の冒険者とかはアスレチックとかで走る練習するんだってさ」

「へえ、僕もやろうかな」

「空亡くんも完全にそっち側になっちゃったね……」


 話しながらけもの道のような細い道を上っていく。

 すると、突如朽ちかけた石階段が現れた。


「何ここ?」

「僕も知らない」

「この上だよ」


 異様な雰囲気に気圧されておいた二人であったが、玉藻の一言に顔を見合わせてげんなりした。


「まじ?」





「はーやーく!」


 一足先に頂上まで登り切った玉藻の声に返事を返す余裕もなく、男二人は流れる汗を拭いながらえっちらおっちら階段を進む。


「やったあああぁぁ……僕もう無理」

「とうちゃk――――え、何あれ……?」


 苔むしたの鳥居の先、ツタに覆われた社に不思議な物体があった。


 物体は中型犬くらいのサイズの塊だ。


 それはまるで鼓動するように明滅していた。


「わかんないけど、凄いっしょ?」


 空亡の呟きに玉藻はなぜか自慢げに笑った。 しかし空亡は全く笑える気がしない。 なんだかは分からないけれど、ヤバイ感じだけはビンビンに伝わってくるのだ。


「何してるの?」

「ん? 持って帰ろうと思ってさ」

「はい? いやいや冗談でしょ……今すぐに大人に伝えるべきだよ」

「えー、せっかく見つけたのに?」


 空亡にとって玉藻は好奇心が強く、楽観的な性格に見えた。 冒険したいと言っているのも、未知に対する好奇心によるものだと思っていた。


 しかし彼女の冒険欲は好奇心なんという言葉で片づけられるほど、正常なものではないのかもしれない。


 それはもっと狂気的な感情であり、空亡が冒険者になりたいと言った感情とはまるで別物かもしれない。


「待って――」


 空亡の静止は間に合わず、玉藻の手がソレに触れた――その瞬間、明滅していた光がフラッシュのように辺りを照らした。





 目を開くと、そこに先ほどまでとは全くことなる光景が広がっていた。


「なんだここ……」


 薄暗いトンネルの中のような閉鎖的な空間だ。


 そして地面、壁、天井がぐにゃぐにゃと収縮を繰り返している。


 知識では知っていた。

 資料でも見たことはある。

 しかし立ち入るのは初めてだ。


「もしかして――」

「ダンジョン?!」


 空亡の頭に過った言葉を先どった玉藻の歓喜の声が響く。


 しかしダンジョンの中がこんなカオスであるなんて知識は空亡にはない。


「そういえば発生したばかりのダンジョンの中って、空間が安定していないから可笑しくなってることがあるってお姉ちゃんが言ってた」

「お姉ちゃんって何してる人なの? 冒険者?」

「うちのお姉ちゃんは冒険者ギルドの職員さんなんだよ!」


 空亡は素直に納得して、後ろを振り返った。


 そこには本来であれば、出口があるはずである。 しかし――


「なんで後ろにも通路?」

「閉じちゃったみたい?」

「どうやって出ればいいの?」

「さあ?」


 この状況においても肩を竦めて余裕そうな玉藻に、空亡は「お前のせいだろ」と言いたくなる気持ちをぐっと堪える。


 本当にここがダンジョンで、出口が無いとしたら出る方法は一つだ。


「攻略するしかないね!」

「できるのか……俺たちに」

「後に英雄となる戦士の初探索が始まるのであった」

「ふざけてる場合じゃないだろ……なあ、木霊くん? あれ?」


 木霊の姿が見えず焦って空亡が見まわしていると、玉藻が下を指す。


 そこには亀のように丸まって、震える木霊がいた。


「こわいこわいこわいやだやだやだやだやだ夢だ夢だ……」

「ねえ、木霊くん大丈夫?」

「っうわあああああああああああああ」


 空亡が木霊の肩を叩くと、彼は飛び跳ねてものすごい速さで暗闇の先へと走っていった。


「え? 嘘?! 待てって!!」

「山本くん! 追いかけよう!!」


 こうなっては四の五の言っている余裕はなく、空亡は頷いて木霊を追ってダンジョンの奥へと向かうのであった。





「おーい、こだまー」

「どこまで行ったんだよ、あいつは」


 玉藻が呑気にあっちこっちをフラフラと確認しながら木霊を探す。 空亡は不安なせいか苛立ち混じりのため息を吐いた。


「扉……?」


 そして進んだ先、行き止まりで半開きになっている扉を二人は見つけた。


「あ」


 その漏れた声はどちらの声か。


 扉を開くと、中には一本の大木が生えていた。


 そしてその大木に木霊がずずずと引きずり込まれている光景に二人は息を呑んだ。


「木霊!!」

「来い! みんな!」


 いつもなら空亡が呼べばすぐにモンスターたちが現れるはずなのに、召喚術の陣が何度繰り返しても壊れてしまう。


「一体なんなんだよ……どうすれば」


 ガラスのように割れて壊れていく陣の欠片は吸い込まれるように、大木へと吸い込まれていく。


「魔力が吸収されてるのか……?」


 スキルは魔法の一種であるーーつまり魔力が不安定になれば、スキルが使えない。


――逃げるか


――攻めるか


 この場での選択肢は二つに一つ。

 

 空亡が迷っているうちに、彼女は動き出した。


「助けてくる」


 玉藻の背中が遠ざかっていく姿を、空亡は呆然と見つめていた。


 鼓動がやけにうるさい。


 何かに急かされるように、空亡の足は前へと踏み出した。






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