第2話:二人のイデアと怒り



『テストテスト~。 どうだ、見えてるか?』


 共有した視界はまるでゲーム画面を見ているようである。

 脳に直接響くような声に、空亡は心の中で返事をした。


(聞こえてるよ……想像以上にはっきりと)


 空亡の有り余る魔力をシェイプスターが湯水のように使った結果、視界の共有と念話のような意思疎通が可能となっているようだ。


『そりゃ、良かった。 ほんじゃあ、謎の施設探索と行こうや』


 廊下に出ると、壁も床も全てが真っ白で、無数に並ぶ扉が浮いているように見えた。 


『扉はどれも開かねえ――


――今の俺には関係ねえことだ』


 扉の向こうには目に光を失った少年、少女がモニターをぼんやりと見つめていた。


『いねえな……それにしても不気味なとこだぜ全く』


 


 人気のない廊下を進む。


 階段を上へ上へと登っていく。


(大人が全くいない……?)

『ああ、ほんとに何なんだここは』

(ここは教育機関であり、研究施設だって聞いてるけど)

『ふーん、研究はともかく教育ってのはどうなんだ? 俺には牢屋とか隔離施設に見えるけどなあ』


 そしてたどり着いた。


 そこは鉄製の扉でまるで封じるように、表面が幾何学模様で埋め尽くされていた。


『行くぜ……ってこりゃぁ』


  中は薄暗く、唯一中心で輝く縦長の水槽には白髪の少女が浮かんでいた。


(君は一体何者なんだ)


「それは私の本体」


 白髪の長髪がどこからともなく現れて言った。


『こいつはどういうことだ……? 同じ人間が二人?』

(シェイプスターがそんなこと言うんだ)

「私は分体。 眠っていてもこれくらいはできるから……私は人間じゃない私は――


――――神」


 彼女は淡々と事実を告げるようにそう言ったのだった。







「この世界は扉を介して流入した魔力によって変化した。 魔力によってダンジョンが生まれ、モンスターが現れた。 そして人々が魔力を取り込んだことによって、そのうちに秘めた能力が魔法的な力となって減少している。 スキルは魔法の一種。 そして私は――」

「君は……?」


 空亡は生唾を飲んだ。


「魔力溜まりに偶然生まれた次元の歪みに吸い込まれ、そしてその先で異世界人の研究者に捕まった――


――――神」

『ただの迷子かよ……思わせ振りに言いやがって』

(……なんで君を捕らえたんだろう?)

「死ななない限り私は魔力を生み出し続けるから、その魔力が彼らの目的の一つ。 そして彼らは私を研究し、あちら側に行こうとしているみたい。 初めてこちらとあちらが繋がった時、私が偶然その場に居合わせたから彼らは私が世界を渡るカギになると思っているみたい」

『一体何を言ってやがる……?』

(よく分からないけど、イデアはどれくらいの間ここにいるの?)

「人間の使う暦で算出すると――十六年くらい」


 イデアの言ってることの真偽は今の空亡には判断できない。 ただもし本当に十六年もの間、ここに捕らわれていたならそれはどれだけ寂しくて、虚無で、深い絶望だったのか。 四年、収容されていただけで気が狂いそうになっていた空亡には想像もつかなかった。


「そしてきっとこれからも、半永久的に私はここにいることになる。 私には寿命という概念がないから、人間が滅びるまでずっと」

(そんなの酷すぎるよ……)


 それは死ぬよりもよほど辛い。

 何もできず、ただ生かされる。 それは生きていると言えるのだろうか。


「仕方ない、これは気を抜いた私の過失だから」


「ただいつかここを出るあなたと」


「話せなくなるのは少し寂しい」


「一緒に星の河も見れないことが少し悲しい」


 本体が浮かぶ水槽を見上げるイデアの表情は見えなかった。


 いつか元の生活に戻る――空亡はそれだけを考えながら日々を生きていた。


 その時までどうやって時間を潰すか、やり過ごすかが空亡の命題であった。


 しかし今、この時。

 彼の心は燃えていた。


 その感情は義憤なのか、同情なのか、分からない。 ただ空亡は初めて他者に対して強い願いを抱いた。


(見ようよ、天の川)

「見たいけど私はここから出られない」

(大丈夫、僕がなんとかする)

『なんとかってお前そんな適当な――おい』


 体から魔力がほとばしる。


 部屋の空気は凍り付き、視界の瞼に霜が降りていった。


 剥き出しの感情を抑えることなく、魔力を垂れ流していく。 空亡は寒さで震えているが、しかし心は熱いままだ。


『おまっ、落ち着け!?』

(今ならなんでも出来そうな気がするんだ)


 凍るということは冷やすことであり、または分子の動きを止めることでもある。


 魔力が光の柱となって天井を抜け、空へと伸びていった。


(世界よ、止まれ)


 空亡が呟くと、魔力が一気に魔法へと昇華し――



――世界は動きを止めた。


――落ちかけた水滴が空中で動きを止め、


――落としかけた鉛筆は地面すれすれで止まり、


――白髪の少女は目を見開いたまま固まった。


(さてどうしようか)

『どうしようかって……俺らよりよっぽどお前の方がモンスターらしい気がするぜ』


 これからどうすべきか、まず初めにやるおとは明白――ここを脱出しなければならない。


「来い」


 空亡の知りたいという欲求にスキルが答え、召喚陣からカラスのお面をつけたガタイの良い人物が現れた。 それは優雅に礼をとる。


「お初にお目にかかります。 悪魔侯爵アモン参上いたしました」


 悪魔アモンは本を開き言った。


「あなたの知りたいことについてこのアモンが全てお答えいたしましょう」






  

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