宵闇に響く音
武 頼庵(藤谷 K介)
宵闇に響く音
~♪ ~♬
真夏のじりじりと照り付けるような日差しを振りまいた太陽が、一日分の仕事を終えたかのように山裾に黄色からオレンジ色に変わり、そして紫色の世界を残しながら消えて聞こうとした時、その音は何処からともなく聞こえてくる。
気になり始めたのは小学生になったばかりの頃で、初めは遠くから聞こえて来るだけで特に何も思ってはいなかった。
「なぁ……」
「なに?」
「何か聞こえないか?」
「え? そういえば……。でも誰かがピアノの練習でもしてるんじゃない?」
「……そうだよな。うんそうだな!!」
いっしょに遊んでいた友達も間違いなく皆が聞いていたその音は、太陽が隠れてしまう間際まで周囲に静かに広がっていた。
――そうだよな!! うん!! きっと誰かが練習でもしてるんだよな!!
心に芽生えた何かに言い聞かせるように、何度も何度も同じことを考えていた。
そして
夏休みに入ると同時に、都会へと言っていた人たちが少しずつ町に戻ってきて、少なくない活気が戻る。そんな地方の一都市の中でもでも、田舎と言われる町に生まれた俺、
両親ともに共働きという事もあって、小学生の頃から家に帰っても一人で過ごす時間が多かった事情もあり、簡単な料理や洗濯などは自分でできるようになっていた。手のかからないいい子だと両親が言っているのを聞いたことが有るけど、ある程度『仕方ないから』という考えが有ったのも間違いではない。
できる限り一人で過ごす時間を減らす事が自分の中では大事な事であったので、夕方の遅い時間まで友達と遊んでから家に帰るというのが日常で、中学生になると俺の通っていた学校の校則では『必ず部活動に所属する』事が定められていた為、それまでは遊びでしかしたことのなかった野球をしっかりと始める事にした。そのおかげでというわけではないけど、部活を終えると既に日が暮れているという事が今度は通常運転となり、家に帰ってから一人きりという時間の方が減った。
ただし高校生になってからは『部活』は必ずではなくなって、所属する事が義務ではなくなったため、俺は迷わず無所属を選択する。
――久しぶりな気がするな……。
少しだけ自宅から遠くなった通学路。その為俺は自転車通学をする事になったのだけど、運が良い事に同じ中学出身の人が何人かいて、その人たちも同じように自転車通学だったので、一緒に帰る事が出来た。
だからこそというわけではないけど、夕方の日が沈む前に家に帰るという感覚が久しぶり過ぎて、ちょっと戸惑ったりしたこともある。
「あ、この音……」
「ん?」
高校生になるまでは顔見知り程度であった
「お? この公園久し振りだな!!」
「マジで久しぶりだぜ!! あれ? こんなに狭かったっけ?」
一緒に帰宅していた友達の
「あ!! おい!! 帰らないのか!?」
「いいじゃん!! ちょっと寄って行こうぜ!!」
「少しだけ!! な? いいだろ?」
俺の声掛けにも、振り向きもせずに声だけで返事をした二人は、そのまま公園の駐輪場へと自転車を停めるために向かって行く。仕方ないので俺はその場で自転車を停めた。
「まぁ……いいか……」
「…………」
大きなため息をつきつつ、二人の背中を見ていた俺だけど、いつの間にか隣に並んでいた広岡の方へと視線を向けた。
広岡は二人の事など気にした様子もなく、何か悲しそうな表情をしていた。
「どうした?」
「え? あ、うん……」
「何かあったか?」
「……岡野君ってさ、この音って聞いたことある?」
「音?」
「うん。音」
広岡がそっと耳に手を当てる仕草をするのを見て、俺も少しだけ周りに集中してみる。
~♬ ~♬ ~♪
――あれ? 確かに何か聞こえるな……。
俺ももう少し聞くことに集中するため、自転車を降りてスタンドを立て、その場で両手を耳にあてた。
~♬ ~♬ ~♪ ~♪
「ね? 聞こえるでしょ?」
「うん。確かに聞こえるな……」
それは確かに音ではあるけど、俺には何かしら歌の様にも聞こえた。
「小学生の頃にさ……」
「うん?」
同じようにその場に自転車を止めて降りていた広岡が、何かを思い出すように話し出す。
「夏の夕暮れになると、どこかから音が聞こえて来てたんだ……」
「あぁ……確かにそういう事が……あったかも?」
「それでね……」
「うん?」
俺の方へと視線を向ける広岡。
「気になったから友達数人と、この音のなる場所を探したことが有るんだけど……」
「どこからだったんだ?」
「…………」
「どうした広岡……」
俺の質問に答えが返ってこない。
「……なかった……」
「え?」
そのまま下を向いた広岡。
「そんな音がなってる場所なんて……何かを演奏している所なんて無かったよ」
「え? いやだって……え?」
「私たちもね、さすがに一日だけじゃ探せなかったから、何日もかけて皆で町の端から端まで探したんだけど……」
「けど?」
「見つけられなかったのよ……」
「…………」
広岡は下を向く顔を上げ、俺の方へと視線を向けた。
「でも……やっぱり今でも聞こえるよね?」
「……うん。間違いなく」
広岡を見返しながら頷いた。
しかし俺たちはそれ以上何かをいう事もなく、公園へと行ってしまった二人が戻って来るのを、そのまま不思議な音が聞こえる状態で、しばしの間黙って待っていた。
数分後に公園に行った二人も戻ってきたので、そのまま帰路へと付いたのだけど、俺は二人にも広岡と話をしていた事を聞いてみた。
ただ、二人は小学生の時の事をあまり覚えていないようで、「気のせいじゃないか?」とは言っていたモノの、今もなお聞こえる音については、かすかに聞こえるかもしれないと微妙な反応を返してくれた。
――何か違いが有るのかな?
俺と広岡。高畑と宮下。この二組の違い。確かに何かが聞こえてくるのは間違いない。ただそれが何かは分からないままだ。一緒に帰ってはいるけど、俺の頭の中に生まれた疑問は消える事は無かった。
それから数日が過ぎ、学校生活も各々で環境が変わると、一緒に帰っていたメンバーと葉別々に変える事も多くなった。
そうなると気になるのは『音の正体』で。俺は一人で帰る事になった時を見計らい、町の中を捜索してみる事にして、色々と自転車で走り回ってみた。見たけど、広岡の言っていた通り、そのような音を出す施設があるわけじゃないし、音楽教室の様なものを開いている会社も個人も居ない事が分った。
――じゃぁ何が音を出してるんだ?
自転車に乗りつつも、やっぱり聞こえている音。俺たちの住んでいる街からじゃないのかも知れないな……。
そんな思いがよぎった時、町から少し離れた場所にある小さな藪のようになっている場所の前を通り過ぎた。
――あれ? 今何か……。
気が付いた時には、自転車のブレーキをいっぱいに引いて止まり、向きを直してそのやぶの方へとペダルをこぎ出していた。
――こんな所に、こんな薮なんてあったかな?
小さい頃から見慣れているはずの場所に、突然湧いて出たように現れた薮。不思議には思ったけど、何かが俺を引っ張っているかのように、その藪の前で自転車を止めると、躊躇なく中へと入っていく。
――家? いや神社? お寺か?
少し進んだところで見えて来た建物。
藪の中に長い年月建っていたのであろう。周囲はぼろぼろになっていて、今にも崩れ落ちそうな壁や、そして窓があったと思わしき枠組。屋根と言っていいのか分からない程に、何もない建物の上部。
近づくのも危ないと思ったけど、どうしても中を確認しておかなければという、不思議な使命感が芽生え、俺は窓出会った場所の近くへと歩いて進む。
――これは……ピアノか? いやオルガン……?
あまり音楽関係に詳しくない俺は、そこに崩れてしまっていて原型のとどまっていないものを見ても何かは分からない。
ただ、そこに何かが有ったという事だけは分かる。
そのままその場所を見ていても仕方ないので、別な場所を見るために足を進めてみたものの、崩れてしまっていてそれ以上は建物の中に入る事が出来そうもなかった。
立ち止まってその建物を観察していると、それまでまだ日差しを受けて明るかった場所が、段々とオレンジ色に染まり、建物の影を伸ばし始める。
――もうそんな時間か……。
帰ろうと思い建物から離れるために足を動かす。
――え?
その瞬間、俺の耳に聞こえて来た気になっていた音。瞬時にバッ!! と振り向くと、崩れてしまって部屋があったというにも怪しい場所に見える人影。
「まさか……女の人が……」
それまでボロボロだった建物。間違いなく人など住んでいるはずのない場所に、女の人が一人座ってているのが見えた。
そして――。
~♬ ~♪ ~♪ ~♬
「これって……歌ってる……のか?」
今まではただの音だと思っていたモノは、その場所で聞いて初めて歌だったのだと知った。
どの位聞いていたのか分からないけど、気が付くと周囲は既に闇に飲まれてしまっていて真っ暗になっている。
――やば!! 早く帰らないと!!
俺はもう一度しっかりと建物に視線を向けたが、そこには既に女の人の姿は無く、ただ暗闇が広がっているばかりで、しかも聞いていた、聞こえていたはずの歌も音も止まっており、シンと静まり返っていた。
――え? もしかして夢?
そんな思いを抱えたまま、俺はその場から急いで藪の向こう側へと出るために走り出した。
止めていた自転車にまたがり、帰路へと付くと後ろを振り返る。暗くなってしまったけど、俺が入って出て来た藪はまだそこにしっかりと有った。
――こんな話……誰も信じてくれないだろうな……。
俺はその藪を見ながら、大きなため息を一つつき、自転車のペダルを思いっきり踏み込んで、自宅へと向かうのだった。
「それは鎮魂歌だな」
「鎮魂歌?」
夏休みも残り少なくなって、町の中でお祭りなどが開催された後、お墓参りで里帰りする人が増える。
俺が生まれた家は『本家』らしく、両親は宗家という事になるのだけど、その為にお墓参衿の時期になると、遠くに住む色々な親戚が集まってくることになるのだけど、その人たちと共にお寺へと赴いた時、思い切って誰も周りにいない事を見計らい住職さんに経験したことを聞いてみた。
すると住職さんはそんな事を言って語り始めた。
俺が見つけた建物には、住職さんが生まれる前までとある家族が住んでいた。学校の教師をしていた男性と、男性と同じ学校で同僚だった女性。二人の間には一人の女の子が生まれたのだけど、小さい時に事故で亡くなってしまったらしい。
両親はとても悲しんでいて、思い出のある場所では暮らせないと引っ越す事になったのだけど、引っ越して行ったのは父親だけだった。
母親は女の子が亡くなった事に同じように悲しみを募らせていたけど、突然この世を去った事で女の子がこの世に迷い留まる事がないように、無事に上の世界へと旅立てるようにと、音楽の先生をしていた事もあり毎日歌を歌って供養するため、一人家に残った様だ。
その歌声は町の中へも聞こえていたらしい。町の人達もその女性の悲しみを知っていたから、誰もそれをとがめる人はいない。そうして何年も何年も、毎日の様に歌が聞こえていたのだけど、ある時からパタリと聞こえなくなる。
心配した住人が家に駆け付けると、そこには女性がピアノの前に座ったまま既に亡くなってしまっていた。
そうして女性による鎮魂歌は終わりを告げるかと思いきや、それ以降もその歌声はいつも太陽が沈み始める宵闇の時間帯に流れていた。
今もなお、鎮魂は続いているのだと住職さんは語る。
「どうして聞こえる人とそうでない人が居るのですか?」
「あぁ……それはな――」
俺は友達二人と、俺と広岡さんの二人の違いについて何故なのか聞いてみる事にした。
「身近に亡くなった人が居ると、かの女性が一緒に鎮魂してくれてるからだろうな。確か……君の家にも……」
「……はい。弟が……」
俺は常食のお話しに頷いた。
俺には3つ違いの弟がいた。俺が中学2年生になってすぐ、弟は突然病に倒れた。小児がんだった。気が付いた時には既に手の施しようがなく、そのまま入院して退院することなくこの世を去ってしまった。
あまりにも短く、あまりにも……あっけなかった。
俺の方はそういう事が有ったのだけど、広岡ももしかしたら同じように身近に亡くなった人が居るのかもしれない。
「そうか……弟の分も……」
「あぁ……その女性のお墓がここにあるよ。お参りして行くかい?」
「……できるのなら両親と一緒にしたいですね……」
住職さんはニコッと笑い、俺の両親の元へと歩いて行った。そこで俺がした体験を初めて両親に話す事になったけど、初めは驚いていた二人も、途中から真顔になり、涙を流して聞いていた。
そうしてその女性のお墓に両親と揃ってお墓参りすることが出来た。
今もなお、宵闇の頃になると静かに聞こえてくる。
鎮魂の祈りを込めた優しい歌声が――。
※後書き※
ここまで書いてきて自分があまり怖いものを書いていない事に改めて気が付くという……。
そのへんが自分の作品の味という事で勘弁していただけたらと思います。
読んで頂いて感想などお寄せいただけたら嬉しい限りです。m(__)m
宵闇に響く音 武 頼庵(藤谷 K介) @bu-laian
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