第12話 真実
日差しが真上に登る頃、私達は初めて一緒に街の食堂で昼食を共にしていた。
「よう、珍しいな」
食堂のオーナーであるバルバロッサが注文した料理をテーブルに置きながら声をかけてきた。
魔力回路が欠損した彼は騎士の年金を元手に新しい人生をスタートしていたのだ。
もうすっかり歳をとった彼の身体は、以前のように筋骨隆々というわけにはいかないが、今でも元気そうだった。
彼は私の正面に座る青年を見やると、首を傾げる。
「護衛の仕事か?」
「ふっ」
まったく、私がデートをしているのが、そんなに珍しいのか?
「結婚したのだ」
「レヴィンと申します」
「ほぅ、そりゃあ、まあ…」
何か言おうとしたが、言葉を失ったようだった。
「魔力回路をやられてな、引退したのだ」
「そうかい……嬢ちゃんも次の道を見つけたんだな」
そう言って彼は寂しそうに笑うと厨房へと戻って行った。
「今の方は?」
「ああ、私の専任騎士だ。もっとも碌でもないが頭に付くがな」
「はは、なら良い人ですね」
それからも何気ない会話をしつつ食事を進める。
そして、街をまた散歩して夕食を食べ、夜の帷が下りる頃には、屋敷へと戻ってきた。
「楽しかったですね」
「ああ、二人で歩くと見える景色も違うのだな」
彼の部屋の前で立ち止まると、僅かな沈黙が降りる。
「では」と彼が言葉をかけようと口を開いた時だった。
「待て……」
心臓が激しく鼓動を打つのがわかるほど緊張していたが、ここまで来て止める事はできない。
「今夜は一緒に夜を過ごさないのか?」
「それは……」
戦場とは違う恐怖に押しつぶされそうになるも必死で堪えて彼を見据える。
「エルナ様に見てもらいたいものがあります」
「見てもらいたいもの?」
そう言う彼に導かれて部屋に入る。
「レヴィンの部屋には初めて入るな」
「ええ」
彼は机の上に置かれた小箱の蓋を開ける。
中から現れたのは真紅の宝石が輝く指輪だ。
「ああ、結婚指輪が先と言う事か」
まったく律儀な旦那様だ。
私はそんな気持ちを抑えつつ、差し出された指輪を手に取った。
「うん?これは……」
どこか懐かしさを覚える装飾がされてある指輪を見つめる。
——金に困ったら、これを売ると良い
「まさかな……」
レヴィンを見つめる。
あの時の黒髪の少年の面影は……わからない。
あのような光景は何度もあったのだ。
「その指輪は、僕の村がゴブリンに襲われた時に頂いたものです」
「あの時の……」
「孤児になった僕は、名前も名乗らなかった女騎士を探しましたよ。いつかお礼が言いたくて……」
お礼が言いたくてか。
「なら、さぞがっかりしただろうな。この通り魔力回路を欠損した役立たずだ」
自虐的な笑みを浮かべてみせると、彼は悲しい顔を浮かべる。
「いえ、貴方は誇り高い騎士のまま僕の前に現れてくれました」
「馬鹿にされたものだな!婚姻まで結びながら、お礼が言いたかった為など!」
八つ当たりだとわかっていても声を荒げずにはいられなかった。
だが、彼の表情は真剣そのものだ。
「やり方は間違ってたかもしれません。でも、僕は貴方の横に並びたかった」
「ふっ、離婚だ。こんなふざけた男とは付き合えん」
踵を返して部屋を出ようとするが、腕を掴まれたかと思うと引き寄せられる。
「なっ!?」
そして強く抱きしめられていた。
抵抗しようと力を込めるが、何かを期待する自分がそれを弱めた。
「最初は憧れでした。それは認めます。でも、今は貴方を好きになってしまったんです」
彼の言葉に思わず赤面してしまう。
だが……私は首を振る。
「哀れみはやめろ」
「いえ、」
「んんっ!?」
その瞬間、強引に唇を塞がれる。
「誤解です。僕との出会いを隠したくなかったんです」
「ならば、なぜもっとも早く打ち明けっんんっ!?」
また唇を奪われた。
「僕だってこの気持ちが憧れからくるのか、悩んだんですよ!」
そして、ベッドにと強引に押し倒された。
「あの時の弱い少年だと思われたくなかったんです。でも、貴方から離婚すると言われて、気付きました」
「なにをだ……」
二人の影がまた重なる。
彼の目は今まで見たこともないような熱を孕んでいた。
それにあてられて私は抵抗する意思を失ってしまったのだ。
いや、それどころか心のどこかで期待していたのだろう。
彼の手が服のボタンを外していくのがわかった。
「貴方を愛しています」
「まったく優柔不断な旦那様だな」
そして、重なった影は夜の闇へと溶け込んでいった。
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