第8話 騎士の心構え

あれから何度かの夜が過ぎ去っていた。

夕食は共にするが、それ以外は別々の時を過ごしている。


彼は仕事部屋に引きこもり、私は屋敷の中を散策したり本を読んだりと、なんともつまらない毎日だ。


一つ面白い発見があったとするなら、彼が魔道具の開発者であったという点だろう。


相棒に煙を灯すこの小さな箱も彼の発明らしい。

そして、ドラゴンから重傷を負った私の傷を治したポーションも……。


「確かに王国史にも稀に見る天才と評されるだけあるか」


そんなからかい甲斐のある旦那様は、新しい研究の為、寝る間も惜しんで作業しているらしい。


——これだけは絶対に開発しないといけないんですよ。


そう語った彼の瞳は、戦場で見慣れた光を帯びていた。

私は溜息混じりに紫煙を吐き出すと、広い中庭から空を仰ぐ。


「暇だな」


そんな私の呟きをかき消すように、庭先から剣を振る男女の掛け声が聞こえてくる。


どうも週に数日、才ある者達が自主訓練を行っているらしい。

年齢は20前後であるが、やはり皆孤児であるらしい。


私はその様子をただ眺めていた。

まだ幼さが残る表情で模擬戦を行なっている。

木刀がぶつかり合う音は、心地よく私の耳に響いていた。


「普段は冒険者をしているそうだな?」


模擬戦を見学している一人の青年に声をかける。


「奥方様?ええ、そうです」

「なんの為にだ?金なら屋敷で稼げるだろう」


私がそう尋ねると、青年は照れくさそうに頭をかく。


「レヴィン様をお守りする力が欲しいんです」

「ふっ、力か」

「力じゃないんですか?」


私の言葉が小馬鹿にしたかのように聞こえたのだろう。

彼は唇を尖らせて反論してくる。

その様子が面白くて、私は紫煙を吹き出す。


「力は必要だがな、おっと丁度良い所に来たな」


訓練を労う為か、レヴィンが中庭に姿を見せた。

その姿に私はゆっくりと彼との距離を詰める。


「ん?エルナ様?」


彼が私に気づくが普段との違和感を感じ取ったのか首を傾げだ。

なかなか勘の良い旦那様だ。


そして、十分な距離を詰めた後、私は殺気を放つ。


——!


その刹那、彼を守るように中庭にいた者達が武器を構え、私の前に立ち塞がった。


「……良い部下を持っているな」

「おい、お前達どうした?よさないか」


かつての私の可愛い部下達も同じだった。


行き遅れと陰口を叩いた他所の騎士を袋叩きにした事もある。

自分達は私を賭けの対象にする癖に、馬鹿なやつらだ。


だが、馬鹿でなければ背中を任せられない。


私は踵を返し、先程の青年に歩み寄ると、その肩に手を置く。

そして、そのまま屋敷の玄関に向かって歩みを進める。


後ろで何やら騒がしい声が聞こえた気がしたが、そんな事は気にならなかった。


「どうやら、本当に立派な旦那様のようだ」


私の呟きが風に乗って消えていった。


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