第7話 会食

数刻後。


部屋にノックの音が響き、私は顔を上げた。

少女のような若いメイドが入ってきて、頭を下げる。

どうやら夕食の時間らしい。


「服装はこのままでも良いのか?」


白銀の鎧を脱いだだけの軽装だ。

戦場ならいざ知らず、この屋敷の雰囲気にはそぐわないだろう。


「レヴィン様からはご自由になさってくださいと伺っております。ですが、御召し物も用意しております」

「ならば、着替えさせてもらおう」


その返答に差し出されたのは、黒いドレスだった。

装飾のないシンプルなデザインだが、生地の良さから高級品だという事がわかる。


私はドレスを受け取ると、メイドと視線が交差し沈黙が訪れる。


「……ドレスなど着た事がなくてな。手伝ってもらえるか?」

「もちろんでございます」


そう言って彼女は笑顔で頷くと、後ろに回る。

背中の紐が緩められていくのを感じると、なんとも言えない気分になった。


「手慣れているが、いくつなのだ?」

「……14でございます」

「若いな」


思わずそう呟くと、彼女の手が止まる。


「孤児ですので……そのお気になさらずに」

「レヴィン卿に買われたのか」


私は思わず眉を顰めた。

いくら功績を立て爵位を得たとしても、彼は一代で財を築いた成金なのだろう。


「違います!」


だが、そんな私の考えを否定ように感情のこもった叫びが部屋に響く。


思わず振り返ると、悲しそうな表情の彼女が立っていた。

その表情を見れば、その言葉が真実だとわかる。


「レヴィン様は私達に仕事を与えてくれました。孤児の私達は、読み書きすらままなりませんので、給金を貰って、文字を習う機会を与えてくれました。私達は幸せなんです」


少女は今にも泣きそうな表情でそう訴える。


「すまなかった。先程の発言を訂正しよう。私の旦那様は立派な人物のようだ」

「は、はい!!」


嬉しそうに目を輝かせる彼女に苦笑いを浮かべると、再び着せ替え人形になる。

そして、ドレスを身に纏うと、慣れない足取りで食堂へと向かう。


「先程、私達と言ったが、この屋敷の者達は皆孤児なのか?」

「執事は違いますが、女の子はメイドに、男の子は下働きとして雇って頂いております」

「そうか」


そんな他愛もない会話の中、扉の前に到着した。

扉が開かれ、食堂に入るとそこには豪華な食事が用意されていた。


長いテーブルの向こう側にはレヴィン卿が座っている。

私は会釈をすると、椅子に腰掛ける。


「レヴィン卿、先程は失礼した」

「いえ、噂に聞くエルナ卿らしいと思っておりました」


彼はにこやかに微笑むと、ワインの入ったグラスを手に取る。

私もそれに倣ってグラスを手に取り、乾杯をする。


「僕の事はレヴィンとお呼びください」


彼はグラスを置くと、笑顔を向ける。

確かに夫婦となるのだ。

慣れねばなるまい。


「ならば、私の事もエルナと呼ぶが良い」


 そう言うと、レヴィンは少し驚いたように目を見開いた後、


「それはちょっと、なんというか……エルナ様からで良いですか?」


と頬を掻く。

変な奴だと思ったが、不快ではなかった。


「不思議なやつだな」

「エルナ様は軍人生活が長いのですよね?」

「ああ、半生は戦場暮らしだ」


彼の言葉に頷く。

戦場では性別を気にせず呼び捨てが当たり前だ。

それを気にする方が変わっている。


「僕を新兵だと思って接して下さい」

「まったくおかしな旦那様だ」


戦場帰りの軽口が開く。

そんな事を思いながら、運ばれてきた料理を口に運ぶ。


そこからは主に私の半生の話で盛り上がった。

戦話から馬鹿馬鹿しい部下達のエピソードまで様々だ。


彼は私の話にいちいち目を輝かせ、笑い、時には悲しんだ。

そんな姿に好感を覚えたのだった。


「それで、今夜からは一緒の寝室か?」


だから、こんな軽口を叩いてしまったのだと思う。


だが、


「いえ、僕は仕事があるので今の部屋でお休み下さい」

「それは、からかい甲斐のない旦那様だな」


食後の一服とばかりに悪癖が、煙を吐き出す。

そして、私達は別々の夜を過ごし始めるのだった。



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