第2話 歳月は流れ
——10年後
草原に野営の準備に取り掛かる一団の姿があった。
宝冠の紋章旗を掲げたその騎士団は、王国では有名な存在だった。
「団長がいつ嫁ぐかって賭け覚えてるか?」
「……ん?ああ、そんな賭けもあったな」
天幕を張りながら、騎士達が雑談を始める。
「おまえ、負けたぜ」
「え、もう32なのか?」
「……今夜は上等な酒を持ってこいよ」
男達の楽しそうな声が辺りに響き渡った。
そして、その後ろから白銀の鎧を纏う女性が歩いて来る。
腰まで伸ばした艶やかな金髪。
切れ長の目に、戦場に似合わない透き通るような白い肌。
風に吹かれて揺れる髪を右手で抑え、私は小さくため息をついた。
…まったく。
「随分と面白そうな賭けをしてるじゃないか?」
「「団長ッ!?」」
驚いた声を上げる騎士達を尻目に、私は天幕の中を覗く。
そこは簡易的な食堂になっており、食卓を並べて騎士達が夕食の準備を始めていた。
「……さぞ上等な酒を私にも用意してくれるのだろうな?」
そう伝えると、煙草を咥える。
これは長年の悪癖だ。
「そ、それはもう……」
苦笑いを浮かべる騎士が、小さな箱のようなものを私の口元に差し出してきた。
「……なんだ、それは?」
「火をつける魔道具ですよ」
差し出された魔道具に、煙草の先端を当てると、赤い火が灯った。
「ふぅ」
紫煙を燻らせながら、火のついた煙草を口から離す。
そして、私は目の前の魔道具を眺めると、小さく笑みを浮かべた。
「騎士がそんなものに頼るな。これも魔力操作の訓練だぞ」
人差し指を立てて、小さな炎を出現させる。
「「了解しました!」」
敬礼する騎士達を見て、思わず吹き出しそうになる。
こんな冗談にも反応するとは、本当に可愛い奴らだ。
「ところで、おまえはいくつに賭けたのだ?」
「……団長ぉ」
私の質問に、もう一人の騎士が頭を抱える。
私はその様子を楽しげに眺めると、紫煙を燻らせて笑うのだった。
私の名は、エルナ。
農民出身の叩き上げの為、ただのエルナだ。
かつて第十三騎士団で騎士を務め、各地を転戦し、気づけば騎士団長になっていた。
賜った勲章は一つや二つではない。
だが、それも家のタンスにしまわれたまま埃を被っていることだろう。
いつしか私の居場所はここになっていたのだ。
私の可愛い部下達を今日も適度にからかうと、中心部に位置する天幕へと入る。
第二の家であり、唯一のプライベート空間だ。
天幕の中には、大きな机があり、その上には地図が置かれている。
その中心には、一際大きい駒が置かれていた。
私は、その駒に近づくと指先でコツコツと叩く。
そして、大きなベッドへと腰掛けると、ため息を漏らすのだった。
「……何人生き残れるか」
騎士団が向かう先は、迷宮から溢れ出た魔物の掃討作戦だ。
スタンピートと呼ばれるその現象は、狂乱した魔物の集団が全てを呑み込むように突き進んでくる。
その先に街や村があれば、そこに住まう者は蹂躙され、壊滅する運命にあるのだ。
そして、今回のスタンピートは最悪な事に王都へと突き進んでいた。
迷宮からのスタンピートは稀に起きるが、今回は運悪く複数の迷宮が同時期に活性化してしまったようだ。
そんな訳で、王国の全戦力をもって迎え撃つことになったのだ。
十五の騎士団が招集され、その数は総勢3000名にもなるだろう。
そして、国民にとっては最良、私達にはとっては最悪な配置。
もっとも危険な魔物に、当てられる事になった。
「これでは、婚期より先に死期の到来だな」
そう言って、苦笑いを浮かべる。
「まったく、損な役回りだ」
そう言いながらも、不思議と悪い気分ではなかった。
もはや、戦場でしか生きていけない人間なのだと思い知らされる。
私は大きくため息をつくと、ベッドに横になった。
「私も秘蔵の酒を準備しておくとしよう」
そう呟くと、瞳を閉じて仮眠についたのだった。
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