武骨な元騎士団長様は美青年な天才魔導技師へと嫁ぐ
少尉
第1話 戦う理由
燃える。
赤く、黒く、空を染め上げる。
私はその光景をただ眺めていた。
家々はゴブリンが放った火によって灰色の世界と化し、人々は屍へと姿を変えている。
心を落ち着かせるように煙草を咥えると、真紅の指輪が光る人差し指に魔力を集中させる。
小さな炎で一服。
煙と共に、肺に染み渡る。
周囲を見渡せば、陣形を整えつつある騎士達が目に入った。
第十三騎士団…私の職場だ。
まだうら若い乙女だった私がこの職場にきてから、早6年の月日が流れていた。
煙草の香りも知らぬ16歳の少女。
ただ魔法の才があった為に、騎士団に入れられただけの無知な小娘。
「…ふぅ」
紫煙と共に、ため息をつく。
近隣の農村が魔物に襲われているとの報告から、いつもの出陣。
眼下に広がる灰色の世界。
そして、赤々と燃え上がる炎。
…なんの為に戦っているのだろうな。
実家は貧しい農家だった。
もう何年も帰省していない。
きっと両親は私の顔など覚えてないだろう。
そんな事を考えてしまうのは、この場所のせいだろうか。
「おい、そろそろ突撃だ」
「ああ」
声をかけてきたのは、先任騎士のバルバロッサ。
私よりも遥かに経験を積んだ最古参の騎士だ。
「どうした?珍しく考え事か?」
「いや、何でもない」
「そうか……」
そう言うと、バルバロッサは剣を抜く。
そして、陣形を整えた騎士達の先頭に騎士団長が立つと、
「さぁ、いくぞ!我らが祖国の為に!」
団長の声に、全員が剣を抜く。
私は、煙草の火を踏み消して剣を抜いた。
そして、灰色の世界に私は踏み出す。
眼前に立ち塞がるはゴブリンの群れ。
私達は廃墟に姿を変える村へ向かって駆け出した。
私の振るう一閃で、ゴブリンの首が飛ぶ。
血飛沫を浴びながら、ただ淡々と剣を振るう。
それは最早、作業だ。
ゴブリンが倒れ、そしてまた次のゴブリンへ。
燃えカスとなった屋根の上から、やつらが飛び込んでくる。
それを冷静に視界に捉えて、左手に魔力を込めた。
ドゴォンッ!
爆音と共に放出された魔力の光線がゴブリンを消し飛ばす。
その衝撃で、瓦礫が崩れる音が響いた。
「相変わらず、とんでもない出力だな」
呆れたようにバルバロッサが呟く。
だが、これでも加減している方なのだ。
負荷をかけすぎれば、魔力回路に欠損が生まれると言われている。
それを防ぐために魔力操作で出力を調整する。
自らの限界を超え、戦場を去った同志の姿を何人も見てきたのだ。
まあ、ここに墓標を立てるよりはマシだろう。
「よそ見をしている暇があるなら、剣を振りなさい」
「ははは、確かにな。これじゃあ、どっちが先任か分からん」
そう言ってバルバロッサが笑った時だった。
「うわぁぁ!!」
「……なんだ!?」
突如として響き渡る幼い悲鳴。
「生き残りがいたのか!?」
バルバロッサが驚きの表情を浮かべた。
無理もない。
私達が到着した時には、既に手遅れな程、村は蹂躙されていたのだ。
「チッ」
私は舌打ちをすると、悲鳴の先へと大地を蹴る。
それは、乾いた心にまだ残されている本能だ。
「ま、待て!一人で先行するな!」
背後からバルバロッサの声が響く。
しかし、私は止まらない。
なぜなら、身体強化魔法で駆け抜けた先に子供の姿を捉えたのだ。
燃え盛る炎に囲まれ、壁に背をつける黒髪の少年。
「た、助けてっ……!」
少年は、涙を流しながら訴えかけてきた。
その前には一匹のゴブリン。
「グギギギギギ」
下品な笑い声を漏らしながら、ゴブリンは少年に手を伸ばす。
そして、少年の細い腕を掴んだ瞬間、
「やめろ!」
剣を抜き放ち、ゴブリンの腕を斬り落とす。
そして、返す刃でその首を落とした。
「怪我はないか?」
剣を片手に声をかける。
すると、少年は驚いたように目を見開き、口を開いた。
「う、うん。お姉さん、騎士様?」
「そうだ」
頷くと、彼は花が咲いたような笑顔を見せる。
「みんなを助けて!」
「……みんなか」
灰色の世界が残酷な現実を言葉として紡ぐ。
見渡せば、燃え盛る炎の中、血を流しながら倒れる村人達の姿が見えた。
この惨状の中、生きていられる者がいるだろうか?
……答えは否だ。
「……どうやって生き延びていた?」
「お父さんが、地下の収納庫に僕だけなら入れるって……」
「そうか……」
私が返事に困っていると、
「おいおい、いきなり走り出すなよ」
遅れてやって来たバルバロッサが呆れ顔で声をかけてきた。
「すまないな」
「助かったんだな」
私は無言で頷く。
「よく頑張ったな」
そう言って、彼は少年の前に膝をつくと、優しく声をかける。
「おじさんも騎士様?」
「おじさんって歳でもないだがな。ぼうずはいくつだ?」
「10歳!」
「…はは…おじさんでいいさ」
苦笑するバルバロッサを横目に、私は空へと魔法を打ち上げた。
生存者発見の合図だ。
この子にとって、これが幸せなのかはわからない。
……おそらく生き残りはいないのだ。
私は人差し指につけた指輪を抜く。
真紅に輝く宝石が装飾された指輪だ。
「私はお姉さんだぞ?」
そう言いながら、指輪を少年の小さな手に握らせる。
「金に困ったら、これを売ると良い」
「……お姉ちゃん?」
そして、駆けつけてくる騎士達に黒髪の少年を託した。
彼は指輪を握りながら、何度もこちらを振り返っていた。
「ありゃあ、宝冠突撃章の副賞じゃないか?」
「戦場には必要ないものだ」
静寂に包まれつつある戦場。
私は煙草をくわえると、少し軽くなった人差し指を立てた。
「……ふぅ」
灰色の世界に紫煙を吐き出し、騎士団の一日が終わりを告げるのだった。
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