あっ、砕けた

@that-52912

第1話

ベッドの上の祖母。


呼吸器のようなものを付けられた祖母は、何かの残骸のようになっていた。医師からは、もう長くありません、と言われていた。性格のきつい叔母が、祖母の手を握りながら、こういった。「握り返してくれた、ばあちゃん」。その場のみんなが、微笑んだように見えた。が、母だけは笑っていない。母は、祖母からこっぴどく苛められたから。場の風景が、多数の笑顔と少数の憎しみの二つに割れた。そのことに気がついていたのは、ぼくだけだったはず。


母は、結婚してすぐ、父親を失くしている。悲しみにくれる母にたいして、祖母はこう言ったらしい。「うちだってね、お父さん早く死んだのよ。いつまで落ちこんでんのよ」と。そのころ母は、二十歳くらいのまだ娘だったので、祖母に対して恨みを持ち続けた。子供のぼくに、その話を何度も聞かせた。ぼくにとっては、祖母は、お菓子を沢山くれる優しい存在だったので、祖母の冷酷な一面は意外だった。祖母の悪口を言う、母の無表情をずっと記憶している。


祖母が入院して死ぬまで、約1ヶ月だった。気が滅入りそうだった。僕は書店で司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を買ってきて読んだ。祖母が死ぬのがショック、というより、祖母が死にそうなのに、なんにも感じない自分にショックを受けていた。仕方無い。ぼくは二十六才で、職場に行けば苛められ、汗にまみれて働く労働者だったから。祖母が死ぬことよりも、もっと辛いことが、世界には満ち溢れているのさ。こたつで「竜馬がゆく」を読みながら、いつの間にか眠ってしまった。汗まみれになって、夜中に目覚め、気だるい気分に包まれた。


祖母が死んだ。


祖母の遺骨を拾い上げる。骨は、かんたんに砕けてしまった。「あっ」と思わずぼくは声をあげた。拾い上げるのに失敗したぼくを、叔母が睨み付ける。

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