第3話 ヒナとの出会い

 

「あのー、良かったんですか?」

 私は領主の了承もなしに、少々強引に採用を決めたことについて聞いた。

「大丈夫ですよ。先ほども言った通り、気に入らなければすぐに部屋を追い出されているはずですよ」

「でも……」

「ハハハ、心配性ですね。もしダガー様の気が変わってクビになったとしても他の職場を紹介してあげますから。安心してください」

 それは安心して良いのか? でも、領主の部下だ。しかも領主に意見出来る程に偉い。そこからの紹介なら良いとこに入れるのかもしれない。

 それにしてもシュプトルに着いてからというもの流されっぱなしだ。これが都会というものなのか? 騙されていないか? 今になって不安が押し寄せてくる。

「ニャー」

 ついため息混じりのニャーを出してしまう。

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもないです!!」

 ジーノはキョトンとした表情をするが、すぐに元の柔かな表情となる。

「ヒナ君。ソフィアさんを従業員用の寮まで案内してあげてください」


 この部屋は領主の部屋に入る前の待合室のような場所となっている。

 荷物や上着を預けるためのクロークや専属の職員がいる。その専属の職員であるヒナにジーノは指示を出す。


 ヒナ・ルクレイド。今この待合室の担当になっている職員の名である。君づけされたが女性である。基本的にジーノは従業員を君づけして呼ぶのである。

 前髪が綺麗に切り揃えられている綺麗なツヤのあるセミロングの黒髪。それを一つに結びにしている。吊り目がちな瞳は髪と同じ黒色。整った顔つきをしているが鼻が低い事を本人はコンプレックスとしている。凛とした佇まいをしており、少し近寄り難い雰囲気を醸しかもし出している。


「はい、かしこまりました」

 静かで落ち着いた声で彼女は答える。


 カートに私の荷物を載せる。扉を開けて「どうぞ」と退出を促す。一つ一つの所作が丁寧で綺麗だ。

 彼女を見ていると、何だか自分が場違いだと感じる。

 ジーノは愛想良く接してくれていたし、適度に会話も弾んでいた。そのうえ言葉の端々でよく褒めてくれていた。そんなジーノに導かれてここまで来たが、よく考えれば領主の屋敷だ。田舎者の自分が場違いに感じるのも無理ない。


 カートを押す音とコツコツという歩く音のみ廊下に響いている。

 ヒナの後方を歩きながら、無言であることに居心地の悪さと緊張感を覚える。

 しかしソフィア以上に緊張していたのはヒナの方であった。


 予定にない来客。それもジーノが連れてきたのだ。普通はこんなことはない。

 ジーノは様々な所から人材を引き抜いてくることはあるが普通はアポがある。そのことからも余程の人物である事が窺い知れる。


 格好こそ見窄らしさみずぼらしさはあるが……見事な獣化である。有名な氏族の出かもしれない。

 お客様の中には格好に拘らない方もいる。そういった方は全員何かに秀でているものだ。

 従業員用の寮まで案内を頼まれたのだから明日からは一緒に働く同僚となるのだろう。しかしどのポジションで働くのか分からない。もしかしたら上司になるかも……いや流石にそれはないか。どうなるにせよ粗雑に扱っていいわけではない。

 それにヒナの頭の中の半分は別のものに占められていたのだ。


 ——可愛い


 獣化は強靭な肉体を手に入れるためではなく、見た目だけを取り繕う氏族があるほどだ。

 ソフィアの獣化の完成度の高さはダガー、ジーノが認める折り紙付きとなっている。

 それにソフィアの自由奔放さ。それが獣化の見た目にマッチし人を魅了する程のものとなっている。


「あのー」

 沈黙を破りソフィアが話しかける。

 ヒナは足を止め、振り返る。


「いかがなされましたか?」

「あっ、いや……どのくらいかかるのかなって……アハハ」

「……あっ、お部屋までの時間と言うことですね。本館を出てすぐの離れになるので、そんなにかからないですよ」

「ニャー」

「…………?」

「あっ、口癖で……相槌みたいなものです。はい」

「フフフ、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」

 手を前に出しアワアワしている私にヒナは優しく微笑みかける。


「ニャー。あっ」

「私は可愛いと思いますよ。その……ニャー」

 恥ずかしくなったのか、最後は消え入りそうな声でヒナは言う。

「でも、失礼になったりしないですか?」

「うーん、魔族は色々な方がおられますから、礼儀に五月蝿い方は少ないですね。そもそも領主様が礼儀に寛容ですし……あまり気にしなくて良いと思いますが」

「ニャー」


「可愛いので、辞めないで欲しいです」そう付け加えそうになりヒナは慌てて言葉を飲み込んだ。

「お疲れでしょうし。そろそろ向かいましょうか」

 ヒナは代わりに案内の再開を提案した。

「ニャー」

 迷いが無くなったニャーを聞き、部屋まで案内すべく再びヒナは歩み始めた。

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