第40話 伝説になった配信
二つの極光が衝突し、ダンジョンという小世界を支配した。
この時、配信を視聴していた人々は、誰もが頭を悩ませていたに違いない。
まず配信の主たるフウガがどういう状況にあるか、画面内に無限に溢れ出てくる光が一体なんなのか。分からないことだらけだったから。
だが、この途中経過があってこそ、最終的にこの配信は伝説になったと主張する者もいる。フウガはこの時、まさに飛んでいるようだった。相反する力とぶつかり合いながらも、それらを破壊しながら突き進んでいたのだ。
魔王デヴォンは持ちうる全ての力を使い、この脅威に真っ向から立ち向かう。王であるからこそ逃げるという選択肢など選ばない。
フウガにも逃亡という答えはなかった。逃げればこのダンジョンにいる探索者達が死ぬ。彼の背後にいる竜を思わせる何かが放ったブレスは、計り知れない推進力に満ちていた。
神意に背くものは存在することすら許されない。腐りきった生命のエネルギーが、醜悪な怨念の塊が、あたかも浄化されるが如く消されていく。
神の息吹が少年と共に猛烈な勢いで迫る。全力で踏ん張ることがまるで無意味だと実感したデヴォンは、最後の最後、どういうわけか笑った。
「結局最後に勝つのは、あたしなのよ」
そう言い放ち、つい先ほどまで大事に手にしていた槍を投げ捨てた。身軽になった魔王はただ呑気にその時を待っている。光が強さを増した。溢れんばかりの速さと力と神意を備えた剣が迫る。
しばらくの間、チャット欄は完全に止まっていた。キーボードを叩くことも、スマホをタップすることも忘れて視聴者達は釘付けになっている。ほんの僅かな見逃しさえ惜しいと思える数秒間。均衡は大きく崩れ、勝利を目前にしたフウガが迫る。
逆手に持った魔剣が、あらゆる色をした輝きを放っていた。彼は一度だけ大きく自分から見て左に回転し、最後の一撃を放つための準備を整える。
いよいよネクロ・フレアは力尽きようとしていた。デヴォンは両手を広げ、まるで歓迎するように彼を待つ。その懐に一撃を。誰もがそう予測したはずだった。
「おいで、ぼう——」
「お前じゃない」
言いかけて、魔王は目を見張った。光がほんの少しだけカーブしていることに気づいたのだ。徐々に神意のブレスは方向を変えていく。そして当然のようにフウガもまた、光に導かれるようにそこへと向かう。
「あ……ちょ、まぁーーー!?」
初めて魔王は動揺し、声を張り上げずにはいられなくなった。フウガは右手に持った剣に意識を集中した。七色を超えてありとあらゆる光を纏った魔剣が、獲物を前に咆哮している。
剣が垂直に振られ、それは真っ二つに両断された。魔王デヴォンではない、真の本体を。
「あ……ぐああああぁ!!」
キョウジの支配者が絶叫した。
その実体は、魔王が大事そうに手にしていた黒き槍であった。フウガは何度か接触しているうちに違和感に気がついていたのだ。モンスターゲートと同じように、本当に大事なものを宝石の中に隠していた。
槍は真ん中から引き裂かれるように消滅を開始した。刃の付け根にあった大きな宝石が割れ、そこから一つの大目玉が剥き出しになる。しかし、すぐに分解されて塵へと変わる運命だ。
絶叫しながら身を捩らせるキョウジの体から、黒い何かが抜けていくのが視聴者達にも見えた。そしてただのキョウジに戻り、糸が切れた人形のように倒れる。
光の結晶体のような竜はいつの間にか消え去っていた。フウガはただその場に立っている。しばらく周囲を見回し、どうやら終わったことを悟ると、実況を忘れていることにようやく気づいた。
「あ、なんか放置してしまってすみません。終わりました……って、ええ!? 同接百万!?」
あまりの衝撃にフウガは驚き、今まで以上に落ち着きをなくしている。その様子で我に帰った視聴者達は、一気にチャット欄で叫び出した。
:勝ったあああああああああああ!!
:うおおおおおおおー!
:すげえええええええええ!
:アンタ化け物だろ!?
:きゃあああああ!
:最後の一撃に震えた
:マジですげえ!
:終わったああああああ!
:神回だああああああー!!
:素敵でした
:ヤバすぎて漏らしちゃった
:くふぉおおおー!!
:おめでとー!
:今ここで見れたのラッキーだわ!
:うおおおおおおおおおおおお
:やったあああああああ!
「あ、な、なんかありがとうございます。えー、まあ。その、なんていうか。この剣のおかげなんです。春日武器屋店で貰ったやつなんで、良かったら皆さんも——!?」
せっかくだから恩人の宣伝をしようと思っていたところに、何かが物凄い勢いでぶつかってきた。しかし同時に甘い匂いがして、かつ柔らかい。ふと見ると、ヒナタが抱きついている。
「フウガさん! 良かった……私、本当に……」
「あ、あ。うん」
「フウくーん!! やったなぁあ! さっすがや!」
こういった衝撃には全く耐性がなかったので、フウガはみるみるうちに顔が真っ赤になっていった。さらに、続いてリィが激突してくる。ドス、というえげつない衝撃とともに、彼の混乱は極限に達してしまう。
「………」
「フウガさん! 私達、また助けてもらっちゃって。あれ? フウガさん?」
「あ!? 失神しとる! なんていうか、シャイやなー」
リヒトは喜ぶ二人を見て感涙に咽っていた。いつもなら抱きつくなど決して許さないが、今回は助けられたのだ。そしてヒナタが嬉し泣きまでしている以上、引き剥がすのは無粋だと彼は思った。
:羨ましい
:あああああ! 俺も抱きつかれたい
:フウガー!! このやろー
:私も抱きつきたい
:くううう! 羨ましいぞ
:なんて幸せな終わり方だよ
:恋愛ドラマの会場はここですか
:そして幸せな結婚
:青春だぁー!
チャット欄は止まる気配がなく、ひたすらに流れ続けている。祝福とともに投げ銭もひたすらに送られ続け、その額に後々フウガは泡を吹くほどに驚愕するのだが、今はまだその時ではなかった。
最後に、まるで彼らが落ち着くのを待っていたかのように、AIアイラが主に声をかけた。
『同接数百二十五万人を突破。登録者数二百一万人を突破。おめでとうございます』
◇
「いやー。なんていうか、実はなんやけど。フウ君、怒らんで聞いてくれる?」
「え? あ、うん」
リィは気まずそうな顔で上目遣いに彼を見上げていた。フウガは数分経ってから意識を回復させたが、配信のバズりが猛烈過ぎてまた混乱している。
あまりに自分の行動が大胆過ぎたと思ったのか、ヒナタは少々顔を赤くして隣でもじもじしている。
「いや、実はなぁ。ウチらって本当は、いつでもダンジョンから脱出できたんよ」
「え? どういうこと」
「ウチな。普通の魔法は全然覚えられんねんけど、けっこう変わったもの使えるんよ。その、テレポートって言うんやけど」
「リィは触れた人と一緒に遠くへ移動できるんです。黙っててすみませんでした」
「て、テレポートか……便利だね」
ヒナタが過剰な護衛役や監視役の目を盗んでダンジョンに潜れたのも、リィの魔法によるものだった。今回ばかりは伝えておかなかったこと、または使わなかったことが良くなかったかもしれないと思ったらしい。
でも、二人に謝られても別にフウガは怒るつもりはなかった。要するに自分達だけで逃げることをしなかったのだ。もっとマシな選択はあったかもしれないが、あの状況では手伝おうとすることは決して悪いことではないはず。
いつの間にか話はただの雑談に変わっていった。数分後、じゃあそろそろテレポートを使って帰ろうかというところで、彼は肝心なことを思い出す。
「そうだ。キョウジも連れて行かないと。警察が外にいるはずだから」
「ああ、それには及びませんよ」
すると、それまで黙っていたリヒトが微笑混じりに首を横に振った。どうやら彼とは話しておくことがあり、連れていくから先に帰って欲しいと、そう伝えてきた。
「おっし! じゃあ行こか。はい、手! 手!」
「あ、こう……か?」
「リヒトさん、キョウジさんをよろしくお願いします」
「ひ、姫! はい。必ず」
「神父さん、また泣いとるやん……とにかく行くで!」
二人と手を取ったリィは、瞳を閉じて意識を集中する。すぐに青白い魔法陣が彼らを包み込み、一瞬のうちにその姿が消えていくのを、リヒトは静かに見送った。
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