第10話 コラボの誘いとなにかの始まり

 コラボ配信。


 それはつまり、自分と相手の動画に交互に出演することで、双方の配信を盛り上げるというもの。


 フウガにとっては夢のまた夢であり、活動開始してはや三ヶ月で諦めた道であった。ヒナタは少々気まずそうに、上目遣いになりつつも話を続ける。


「その、この前……私フウガさんのライブにお邪魔していたんですが、覚えてますか?」


 緊張のあまり母国語すらド忘れしかけた男は、ただコクコクとうなづいた。


「あの時、とっても衝撃的だったんです。簡単にお一人で下層まで降りちゃって、それでも余裕で怖そうな魔物を倒してて。助けていただいた時も感じたんですけど、一緒にダンジョン潜ってみて、私も勉強させてもらえたらって考えていたんです」

「俺が? いや……そんなこと、ないんじゃないかな」


 フウガには自分が他者より優れているという自覚はなかった。むしろ、彼は必死に自信を手に入れようとしている最中でもある。


「ウチはあん時のびててよう分からんかったけど、ライブヤバかったよ!」


(うーん。言うほどヤバかったのかなぁ。でも、二人のチャンネルと俺では、全然釣り合わない気がする)


 フウガは腕を組んで思案しているようだった。あまり芳しくない空気を感じ取ったのか、ヒナタは少しばかり肩を落としてしまう。


「あの……ダメだったでしょうか」


 この仕草は反則だとフウガは思わずにはいられない。堪らず首を横に振って、


「ダメじゃない。ただ、俺でいいのかなと思っただけ」と素早く口が動いてしまった。


 すると、今度はヒナタが首をぶんぶん横に振った。


「そんな! とんでもないです。私、お邪魔にならない範囲で、もう一回ダンジョンでフウガさんと一緒になってみたいんです」

「なんか変な言い回しやな。落ち着け! 落ち着け!」


 何か失敗したと思ったのか、かあっと顔が赤くなるヒナタをリィがうちわで仰いでいた。


「ウチらもまだコラボとかしたことなかったんよ。でもそろそろチャレンジしたいと思ったかて、変な奴も多いやろ? Kとか」

「K?」


 アルファベット一文字の配信者などいただろうか。首を傾げるフウガに、リィは苦笑いを浮かべた。


「Kってキョウチャンネルのことなんよ。最近アンチはみんなKって呼んどるわけ。アイツ、マジでこの前イラッとしたわ」

「あはは……」


 今度はヒナタが苦笑していた。興味が湧いたので質問してみると、どうやら二人はキョウジからコラボ配信の誘いを受けたと言うのだ。


 まるでナンパ目的にしか見えなかったらしく、最終的に怒ったリィが突っぱねたらしい。ヒナタはそういった目的には見えなかったと言うのだが、リィはふん! と苛立ちを再燃させる。


「あのままコラボOKしてたらヤバかったで。チラチラっとヒナタの胸を覗いてたわ。ウチの目はごまかせん!」

「ええー。そうかなあ?」

「あれは遊び目的の狼の目や。なあ、フウ君も分かるやろ?」

「え、あ、ああ」


 大抵の男からしたら、確かにヒナタが気になって堪らなくなるのは分かる。豊かな胸に視線がいってしまうことも実によく分かる。しかし、そういうところを正直に言っていいものかは分からないフウガだった。


 実際は、ヒナリーチャンネルのコラボ依頼、探索の同行依頼はかなり多い。しかし、リィが注意深く調査した末に断ることが多々あった。


「でもフウ君だったらウチも、コラボさせてほしいな」


 願ってもない誘いだったが、ソロに慣れ親しんできたフウガは、配信者としてあまりにも数値の違うチャンネルの人と組むのはやはり躊躇われた。かといってはっきり断るのも悪い気がする。


「あ、えーと、スケジュールを確認してからでいいかな」

「はい! よろしくお願いします」

「楽しみにしてるで! じゃあもう結構遅い時間やし、そろそろ行こか」


 フウガはほっと胸を撫で下ろしかけた。しかし、こうやってチャンスを逃している自分もよろしくはない。


 そして、こうやって一度限りでお話して、以降は全く交流がなくなると言うのもよくある話だった。フウガは予感していた。きっと都合が合えば、という話になってくれば、それはもう可能性はないのだと。


「あ、俺ちょっと残るんで」

「ん? 分かった! じゃあフウくんの分払っておくわ」


 コミュ障の彼にとって、一緒の帰り道すらしんどいのだが、それは正直に言えない。しかし、もう去ろうかというタイミングで、スッとヒナタが席に近づいてくる。


「あの、フウガさん! 私と連絡先の交換とか、しませんか」

「ファ!?」


 思わずどこから出たのかという奇声を発し、少年はたじろいだ。すぐにリィも続く。


「忘れとったわ! はいフウくん」


 リィが横からスマホのQRコードらしきものを出してくる。遅れる形でヒナタもそれに続いた。どちらも緑色のチャットアプリのものだった。


 フウガは内心ドギマギしながらも、二人のQRコードを読み込み、友達許可ボタンをタップした。


「ありがとうございます! では、また」

「じゃーねー! コラボの件、よろしく頼むわ」

「あ、ああ。じゃ」


 社交辞令的な終わりになるかと思ったのに。

 フウガはしばらくのあいだ現実を飲みこめず、もの言わぬ石像になっていた。


 だがこの時、実はフウガよりも緊張していたのはヒナタのほうだった。彼女はしばらく距離が離れてから、一人佇む彼の姿を視界に捉え、小さく息を漏らした。

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