第8話 リィからのお誘い

「はい。では全部で一万円になります。ありがとうございました」


 ダンジョン近くにある交換所で、フウガは手に入れた資源を全てお金に換えた。思った以上に稼げたとは思うのだが、ダンジョンが民間に解放された当時と比較すると十分の一程度の価値となっている。


 もう少し早く産まれていれば、あるいはもっと稼げたかもしれないと、フウガはなんとなく物思いに耽った。帰りの電車に乗ると乗客は大勢いて、彼は角席近くの柱に寄りかかることにした。


(まるで夢みたいだった……)


 今までの二年間、彼はほとんど誰にも存在を認知されずにここまできた。しかし、まさかいきなり四万を超える同接数を経験することになるなんて。


(そうだ! 登録者数は?)


 彼はスマホで自分のUtubeアカウントにログインしてみた。すると、登録者数はなんと十万千五百人まで増えている。


「うぇ!? 嘘だろ」


 思わず声が出てしまい、彼は慌てて周囲の目を気にした。しかし、我関せずの乗客たちは何も気にする様子がない。少なくともフウガの目にはそう映っていたが、実はチラチラと様子を伺っている者が数人ほどいる。


(はぁー、良かった。いや、それにしてもやばい!)


 他にも見てみたいところはいくつかある。続いてライブの視聴回数も確認してみた。すると今回配信したライブの視聴回数は、既に五十万を超えている。


(たった一時間前の配信で、五十万超えって)


 信じられない数字ばかりが現れ、目眩すら感じてしまう。そういえばデータを更新するごとに登録者数もどんどん増えている。登録者数はあっという間に十二万に迫りつつある。


(そうだ! 収益化の申請をしなきゃ。たしか千人からできたはず!)


 収益化申請のボタンをタップした時、思わず瞳に涙が溜まってきた。この瞬間をどれほど望んでいただろうか。足掻いても足掻いても入れなかった壁の向こう。収益化という世界に足を踏み入れることがもうすぐできるはず。


(そういえば、見ていた人達はヒナリーチャンネルから来たって言ってたっけ。ヒナリーさまさまだな)


 助けた時は気がつかなかったが、まさか二人があの大人気配信者だったとは驚きだった。調べてみるとすぐに彼女達の情報はネット上で見つかり、襲われた日のことも詳細に書かれていた。


 もしかしたらSNSでも何か変化があるのかも。ふと頭をよぎった疑問を確かめるべく、今度はSNSアプリ【ダンジョンEX】を開いてみる。


 自身のマイページにログインしてみると、こちらもかなり様変わりしていた。つい先日までフォロワーは二名だったが、現在は二十万を超えている。


(え? え? え………)


 またしてもフウガは固まるしかなかった。今日一日で起きたことは、もう想像を超えすぎて恐怖すら覚えるほど。しかもDMにも溢れんばかりの声が届いている。


『こんにちはー! フウチャンネルですよね? ちょっとお話ししませんか』

『やっほー』

『ういっす。今日暇?』

『ねえ!? めちゃくちゃバズってどんな感じなの!?』

『お仕事探してませんか。安心高収入なお仕事を今から紹——』


 なんとなく、いきなりやってきたメッセージの群れは嫌な感じがする。彼はなんともいえない気分でメッセージ一覧を上から見ていった。


(うわぁ、失礼な人が多い気がするな。まあ、いきなりメッセージ送ってくる奴なんて大抵そうか)


 初対面の人には特に奥手になってしまう彼は少々引いてしまった。だが下へ下へとスクロールしていくと、一つ気になるメッセージを見つける。


『フウチャンネルさま。ヒナリーチャンネルのリーです』


 件名とアカウントを確認し、喉がゴクリと鳴ってしまう。すぐにアイコンをタップして送り主のマイページに飛び、本物であるかをチェックした。


(フォ、フォロワー三百万か。凄すぎる)


 間違いなく本物であった。彼は震えつつある指先でDM画面に戻る。


 メッセージの内容は、まず自分達を助けてくれたことについて丁寧なお礼が述べられ、その後は一度三人で食事でもしませんか、という内容だった。


 どうしよう。フウガは悩んだ。女子二人とどこかで会う……それだけで今の自分にはハードルが高い。


 それともう一つ心配だったのが、あのリィという女子から強烈な陽キャオーラを感じたことだ。陰の者であることを自覚しているフウガからすれば、少しのやり取りで心に火傷を負う可能性があった。


 そしてリィだけではなく、ヒナタもまた彼にとっては脅威の存在である。


 動画に映る姿はまさに美少女であり、実際にダンジョンで見かけた時も、やはり人並外れた透明感と可憐さがあった。そんな二人と会ったら緊張で胃がおかしくなりそうだ。


 しばらく考えた末に、フウガは丁重にお断りをする内容でチャットを作り始める。送信するための手紙マークボタンをタップしようと指を伸ばしたその時だった。


『あ! 既読ついとるー! 見てくれとるんやね!』

「うお!?」


 唐突な追撃のメッセージに、彼は電車の中で声を漏らしてしまう。確かにメッセージには既読をつけてしまったが、まさか既読があるかをチェックされるとは思わなかった。


 しかも、返信をしないことに怒っているということでもなく、むしろ嬉しそうな文面だった。こうなってくると罪悪感を覚えてしまう。


 そしてこのメッセージにも既読がついてしまっている。女子とのやり取りに慣れていないフウガは、先ほどの文を修正して、とにかく返信した。


『こんばんは。ご連絡ありがとうございます』

『良かったー! もしかしてブロックされたかと思ったんよ』


 いえ、そんなことは——と文字入力していると、続けて短文が飛んできた。


『ね、良かったらTELどう?』


 で、電話だと? さして暑くもない電車の中で額に汗が滲んだ。彼にとって電話ほど勇気のいる行為はない。


『今電車の中なんで、ちょっと』

『残念(泣き顔の絵文字)電車って何線?』


 なんのことはない雑談になるのか。そう思いほっとしつつ電車と駅について教えると、またしてもすぐに返信が来た。チャットのスピード感が違う。


『まじー? じゃあ近いやん! ウチら今渋谷なんけど、良かったらど?』

『めっちゃ美味しいお店あるから、奢るよっ』

「え、え……」


 予想のはるか上をいく積極性に戸惑うフウガは、その後やり取りを続けているうちに、気がつけば会いにいくことになってしまった。

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