第6話 いきなりのバズり
日本にはいくつものダンジョンが存在している。
九年前から出現したそれは消滅や出現を繰り返しており、合計数としてはほぼ横ばいであった。
三剣フウガが最近よく挑戦しているダンジョンは、都内を少し外れた市内の山近くにあった。この辺りはあまり人気がないので、入ってくる探索者も少ない。人との交流が苦手な少年は、こうしてマイナーダンジョンにばかり潜っていく癖がついた。
(さて……ラスト配信でも始めようかな。まあ、あんま変わらないだろうけど)
学校でユウノスケの様子が変だったことが気になっていたが、よく考えればいつだって変な奴じゃないかとも思う。
一階の階段を降り、魔物が出没するようになるフロアまでやってきて、彼はゴーグルをつけて耳近くにあるスイッチを押した。
クリアな視界が広がる。使用者の邪魔にならないように、右斜め上に『通信中』という表示が浮かんだ。しばらくして通信状態が整い、サポート用AIアイラの音声が響く。
『起動しました。ご用件をお申し付けください』
「こんにちは。UTUBEのアカウントにログインしてほしい。すぐに配信を始めたい」
『承知しました』
地下一階の薄暗いフロアを歩きながら、彼は慣れた手つきで剣を軽く振っては、スライムやゴブリンといった魔物を倒していった。ほとんど動きは無意識であり、かつウォーミングアップ代わりのもの。
『UTubeへのログイン完了。続いて配信の準備開始。ライブモード、スタンバイ。約十秒後に配信が開始されます』
「分かった。今日もサポートよろしく」
親と友人を除いて、フウガが現在普通に会話できるのはこのAIのみであった。その為、実はかなり頼もしく感じている。
(今日は同接何人になるかな。無人が続くのだけはやめてほしい)
ため息を我慢しつつ、配信の画面がスタートしたところでフウガは気合を入れ直した。
「こんにちは! フウチャンネルです。今日はいつもの東京の外れの——」
:こんにちは
:あれ? 意外と元気に喋るじゃん
:ウェーーーーイ!
:ヒナリーチャンネルから来ますた
:始まったぜええぇええ
:このチャンネルでホントに合ってる?
:うおおおおお
:やっぱこの人だわ!
:こんちゃ
:よろー
フウガは想像もしていなかったチャットの嵐に見舞われ、不意に足を止めた。
「あ……れ……? 俺、なんか間違えた?」
慌てて配信画面をチェックしてみる。誰かのライブを視聴しているとか、何か全然違う画面を開いているとか、またはAIがミスをしたのか。
しかし、どこからどう見ても自分のチャンネルのライブ中であった。フウガは頭が真っ白になりつつも、とりあえず迫ってくるコブラの魔物を切っていく。
「お、俺の配信だ。やっぱり……あ、ああー。皆さん、えーとですね」
:緊張してるw
:フウガ君だっけ? 落ち着こ! 深呼吸深呼吸
:がんばれー
:っていうか、すげえサクッとメガコブラ倒してんのやば
:え!? マジじゃん。自分視点って斬新だわー
:これは期待できる予感
静まる気配のないチャットの波は、今まで同接一桁が当然だった少年の心をひたすらに動揺させた。チャットを拾って返そうとしているが、次から次へと流れてきて目移りしてしまう。
さらに驚いたのは、画面端に表示されている同接者数である。
「い……一万人、超えてる!」
一万二千、一万二千三百、一万二千六百。どんどん増える同接者の数に、心臓が跳ね上がった。
なぜこうなったのだろう。緊張のあまり早足になったフウガは、気がつけば五皆まで降りてきていた。
『本ダンジョンの中層にあたると予想される、地下五階まで到達しています』
アイラの知らせが耳に入ってこない。一体どうしてこんな状況になったのだろうか。
(そういえば、ヒナリーチャンネルから来たと言っていた人がいたっけ。あ、もしかしてあの二人……あのヒナリーだったのか!?)
今更ながらの驚愕が脳裏を駆け抜けた。しかし、理由を考えてばかりもいられない。
とにかくチャンスなのだ。焦りつつもなんとか喋らなくてはと、今度こそ気を取り直した。
「えー、皆さん。初めましての人が多いですね。えー、なのでまずは自己紹介からしようかなと。えー、俺はフウガっていいます。配信を、えーと、えー、配信を始めたのは、確か」
あれ、配信始めたいつだっけ? 普段ならあっさりと出てくるはずが、今はまったく頭に浮かんでこない。
「配信を、えーと」
そうこうしているうちに、中層の強者とも言えるオーガが薄暗い通路の奥からやってきた。灰色の体毛や額に生えた角、大きく出た腹は迫力満点かつ不気味だった。腕はフウガの腰よりもずっと太い。しかも一体だけではなく、全部で七体はいる。
:うわ! いきなりオーガの群れかよ
:配信歴とか今はいいって! ヤバいの来てる
:これ無理じゃない?
:オーガだ!
:オワタ
:え!? なんかいっぱいいるけど……
チャット欄が不安の声に包まれているなか、フウガはなんとか上手く喋ろうと必死になっており、心ここに在らず状態。側から見て、隙だらけにしか見えないのはオーガも一緒だったろう。
先頭にいる一体が唸り声を上げながら、三メートルはあろうという巨体で駆け出した。続くように他のオーガ達も走り出し、我先に獲物を胃袋におさめようと必死だった。
しかし、フウガは別の意味でもっと必死であった。
「そうだ! 配信を始めたのは中学二年の春で、本当にちょうど二年経ったくらいなんです。あの頃は、えーと、いろいろと新鮮で」
先頭のオーガが目前まで迫り、その両手で細い体をした少年を捕まえようとした。近づくほどに声を張り上げ、獲物と思われた少年が睨む。
「静かにしてくれ。また忘れる」
次の瞬間、オーガの全身が弾けて肉塊と血が空中に散乱した。
驚いた魔物達は足を止めたが、それもまた悪手であった。逃げるべきだったことすら気づくより先に、瞬間移動したかのように少年が迫り、そして通り抜ける。
剣を持った少年が通りすぎた後、そこにはオーガだった肉の塊がいくつも落ちているだけだった。彼は足を止めると、とりあえずツノだけは回収してバッグに詰め込んでいく。
「オーガの角ってけっこう高値で売れますよね。とはいえ、今月はこれだけじゃ苦しいなぁ」
しばらくの間、チャット欄は静かになっていた。だが、呆然としていた視聴者達はその後、猛烈な数のチャットを送信しまくった。
:すげええええええ!! オーガを一人で七体も!?
:えーーーーーーーーー! 一発じゃん
:オーガ「え? 俺死んだ?」
:やべえ、やべえよぉおおおおおおお
:全然切ってるところ分かんなかった
:フウガ君……ホントに人間!?
:オーガさんの立場が泣
:噂に違わぬスピードや!
:パワーも規格外っすわ
:おおおおオラ、ワクワクしてきたぞ
:なんていうか怖い
:すげーよー!
:これは期待できそう
:うええええ!?
チャット欄が熱くなっていくにつれ、フウガは首を傾げてしまう。どうしてこんなに驚いているのか。少しして、ようやく自分なりの結論を見出した。
「いやいや、俺なんか全然なんです。それに、この魔剣があるから戦えてるだけなんです」
続いて視聴者達が釘付けになったのは、画面に出された刃。しかし、視聴者の一人がこう言った。
:それ、普通に武器ショップで売ってるの見たけど?
しかし、フウガはそのチャットを認知することができなかった。あまりにも早い雪崩れみたいなメッセージに、最初から最後まで翻弄されていたのである。
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