もう一つの君の名前は、帝都に桜を咲かす

げこげこ天秤

第01話 初日

「帰れ。ここはお前が居ていい場所じゃない」



 先輩の氷のような視線が、相村さがむら明心あけみを突き刺した。まだ少し寒さが残る春先のグラウンド。昼下がりの集団演習でのことだ。





「……えっと、どういうことですか?」



 ポカンと口を開けたのは、明心あけみばかりではない。整列させられている同じ組のメンバーも、豹変した先輩の様子に唖然とする。ここに集まっているのは、今年の春に帝国立天ノ峰あまのみね学園に入学したばかりの十五歳の少年少女。その全員が、異能力科に所属する者たちだ。


 高大一貫校である天ノ峰あまのみね学園では、縦割りの組分け制度が採用されており、日々の学園生活や教育指導などが先輩を通じておこなわれるようになっている。いま、明心あけみの目の前にいる夜掴やつか帆澄ほすみもまた、新入生の教育係であり、学園生活をサポートする存在――そのはずだった。


 いま、術師着に身を包んだ男が、明心あけみを見下ろしている。鍛えられた身体に、凛とした顔立ち。出会う場所さえ違えば、春の陽気のような笑顔を作ってくれそうな好青年だ。


 今日は、単なる顔合わせで、先ほどまでやっていたのもただの自己紹介だ。名前と、趣味と、それから〈幻身うつしみ使つかい〉を目指す意気込みを述べるだけの簡単なもの。明心あけみの番が来るまでは、どこにでもあるような風景だった。



「変なことでも……言いましたか?」


「お前はこの世界に向いてない。ただそれだけだ」


「いや、だからなんで――」



 理不尽な対応に、明心あけみは声を張り上げて抵抗しようとする。だが、頭上から向けられた鋭い視線と、有無を言わせない冷ややかな怒りに満ちた声に、たちまち制止させられてしまった。



「お前みたいな奴は珍しくない。〈幻身うつしみ〉を現界できるというだけで、周囲からもてはやされて、ここまでやって来た。そうだろ? 正直迷惑だ。分かったら、さっさと帰り支度をして田舎に帰れ。恨むんなら無責任に期待したお前の周りの奴を恨め」



 そこまで言うと、帆澄ほすみ明心あけみから視線を外し、次の人物に自己紹介をするように指示した。


 指名された同級生は、「この後に自己紹介をするのかよ」という空気のなかで、半ば緊張しながら名前を述べる。


 自己紹介の流れが再開した。やがて、張りつめた空気が和らぎ始めると、今度は小さくクスクスと笑う声が聞こえ始めた。田舎者である明心あけみのことを嗤っていることは、すぐに分かった。


 一時は、青ざめていた先輩たちの表情も、徐々に苦笑へと変わっていく。そのうちの一人は、「可愛そうに」と明心あけみを哀れみの目で見ている。今年の夜掴やつか帆澄ほすみの生贄はあの子かぁ、と。洗礼を浴びちゃって可哀想だなぁ、と。誰もそうとは口にはしないが、目がそう語っていた。



(出身地……言わなきゃよかったのかな?)



 明心あけみは俯きながら、一人思う。実際、明心あけみが自己紹介を終えた後には、誰も出身地を明かさなくなった。



(駄目だ。言わなかったとしても、方言でバレる? それともやっぱ雰囲気がいけなかったとか?)



 いずれにせよ、とんだ貧乏くじを引かされてしまったものだ。でも、これが後輩いびりであることは、良識のある人が見れば明らかだ。少なくとも、目の前に並んでいる先輩たちはそれが分かっていて、このイベントが終わった後には「夜掴やつか、やりすぎだぞ」なんて駄弁るのだろう。優しい人がいれば、終わった後に「悪いね、うちの夜掴やつかがさ」なんて声をかけてくれるかもしれない。



(あれ? 私、悪いことしてないよね?)



 ふと、明心あけみがそう考えた時、ふつふつと胸に込み上げてくるものを感じた。そして、脳裏に浮かんだ「どうして私が?」の七文字が、明心あけみの拳を握らせた。田舎育ちも都会育ちも関係ない。いまは、入学試験を通って、同じ場所に立っている同級生だ。それなのに……。


 いいや。

 だったら――



「――倒してやる」


「……? おい。なんか言ったか?」


 

 ギロリと向けられた夜掴やつか帆澄ほすみの氷の視線。それを打ち返すように、明心あけみはキッと睨みつける。そして、帆澄ほすみに向き直ると、ビシッと指を突き付けた。



「改めまして、私は相村さがむら明心あけみといいます! 天ノ峰学園ここに来るまでは、憧れてる〈幻身うつしみ使つかい〉になりたいくらいしか思ってませんでした。さっきまではね! けど、いま目標ができました。――夜掴やつか帆澄ほすみ! あなたを倒します!」



 短い間ですが、宜しくお願いします!


 そんな捨て台詞を吐いて、明心あけみは回れ右をすると、スタスタと寮へ向かって歩き始めた。慌てふためいた様子の先輩数人が、制止の声を投げて来るが、もう知ったことではない。


 そっちが帰れというから帰っているのだ。

 いまさら戻るわけがない。




 *****




「私のばかああぁぁぁぁぁああ! あほおぉぉぉぉお! 黙ってれば、それで済んだ話じゃあああん。なのに、なのにぃ……」 



 グラウンドを離れ、普通科棟の辺りまで来た明心あけみは、頭を抱えてその場にうずくまった。いまさらグラウンドに戻るわけがない。戻れるわけがない! やらなくてもいいのに、啖呵を切ってしまった。喧嘩を売ってしまった。



「終わった……。何もかも……」



 平穏な学園生活の終了を告げるかのように。

 あるいは、開戦のゴングかのように。

 授業の鐘が鳴り響いた。








 

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