第19話

 旦那さまのお部屋以外にまともに残っているものと言ったら、肖像画くらいだろうか。

 あれは流石にのけることを憚られたため、残してある。それに、あれは唯一厨二病チックではなく綺麗なものであり、額縁も一切いじられていなかったためにそのままでよかったし、そのままがよかったのだ。


「旦那さまのお帰りです」


 情報収集を任せていたサファイアさんが音もなくわたしの後ろに立ち、状況を説明してくれる。わたしは明けられる大きな扉の前の中央に立ち、深々と頭を下げた。


「おかえりなさいませ、旦那さま」


 頭を上げる際にはしんどくて早く上げるという印象を与えないように、ものすごくゆったりと。

 頭を上げた瞬間には、ほっと溢れたように花が綻ぶような笑みを。

 そして、声を出す際にはちょこんと首を傾げて口元に揃えた手を添え、優雅に見えるように。


 わたしの持つ礼儀作法の全てが、高位貴族を相手に闘う宝石商で身につけたもの。

 ケチなんてつけさせるものかと息巻くわたしは、足の指先から手の指先、頭のてっぺんに至るまで全てに神経を行き渡らせ、ギャフンと言わせるために全てを取り繕う。


 わたしが微笑んだ先、その先に優雅に立っている3にわたしは一瞬息を詰めた。


 1人は、漆黒の髪にデマントイドガーネットの瞳が美しい非常識な旦那さま。

 1人は、王家の象徴たる黄金の髪に神秘的なロードライトガーネットの瞳を持つ中世的な男性。

 そしてもう1人は、王家の象徴たる黄金の髪に神秘的で蠱惑的なロードライトガーネットの瞳を持つ気位の高そうな女性。

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