7.新婚初夜(仮)
「さっきのにんげんたちがおまえのことをタナカってよんでましたが、おまえのなまえはタナカなのですか?」
それは正解でもあり不正解でもある。
単に今は田中と名乗っているだけだ。ちょっと前までは佐藤だった。
「ぎめいですか? おとのひびきからおまえのまなではないきがしたのです」
まなって……真名? 本当の名前ってことか。
聞いただけでそんなのまで分かるんかい。便利なこっちゃな。
「おまえのほんとうのなまえは、だれもしらないのですか?」
……ああ、そうだよ。面倒臭いことになるからな。
もう長い間自分の本名なんか名乗っちゃいない。
「……それは、さびしいことじゃないですか? ほんとうのじぶんをしってるひとがいないなんて……」
……そうだな。寂しいことだ。
今更どうしようもないから諦めたけどな。
「……だいじょうぶです! なーちゃんがずっとおまえのそばにいてあげますからね!」
……そうかい。ありがとよ。
不慣れながらも出してきたバブ味が心に染みるぜ。
「えへへっ」
嬉しそうに笑うドラゴン少女の髪を洗ってやっている。
人間態の身体は汚れないという便利な設定らしいが、やってくれとおねだりされたので仕方ない。
「! ああっ……そこっ、そこはだめですっ……! あっ……あんっ」
うなじに手が当たった瞬間、喘ぎ声が飛び出てきた。
おいおい、急に艶めかしい声を出すんじゃない。
変な雰囲気になるだろ。
「だって……んっ、くびのそこはじゃくてんなんですもんっ。しょうがないですっ」
首? ……ああ、もしかして竜の逆鱗ってやつか?
あれって触ったら怒って暴れ狂うんじゃないのか?
「すごくびんかんなのでっ、さわられると、おこるやつもいますねっあんん」
なるほどぉ感度3000倍だから触られたくないってわけね。
「あんんっあっ、あんまりっいたずらしちゃっ、ダメですよっ、んんっ」
おいおい、そんな言い方だと男の子としては余計にイタズラしたくなっちゃうだろ。
よかったな俺がジェントルマンで。
「ふぅ……ふぅ……こ、こんどはなーちゃんのばんですっ!」
あっダメダメ、股間に手を伸ばさないのっ。
「おおっぐにゃぐにゃしておもしろいです!」
こらこら男のエレファントなところを弄ぶのはやめなさいお嬢さん。
割とマジでお前のパワーで遊ばれたら冷や汗もんだからな?
「なら、なでなでしてあげるのです。どうですか?」
クラッ!! それ以上やったらR-18指定かかるからやめろっ!
*
「はふぅ……あったかいみずあびもわるくないですね」
ドラゴンガールにも風呂の気持ちよさは分かるようだ。
人間の姿でしか味わえない贅沢は沢山ある。
これからこの少女は様々なことを経験していくことだろう。
「あの、ひとついいですか?」
なんだ?
「なーちゃんはおもいのほか、にんげんのせかいのじょうしきについてしらなかったみたいです」
だな。それでも生まれたての赤ん坊にしてはよく知ってると思うぞ。
「ですが、これではおっとにめいわくをかけてしまいます。もっとべんきょうしたいのです」
良い心掛けだ。俺はお前の夫ではないが、ここまで連れてきた責任は取ってやる。
まずは人の生活に慣れていくことだ。さすればお前も立派なレディになれるだろう。
「はいっ! なーちゃんがんばります!」
ざぱんと立ち上がって水滴が滴る神々しい裸身が露になった。
うむ、やはり少女の裸は美しいな。
草原一つない無毛地帯が実に素晴らしい。
だが俺は生えてるのも好きだ。自然な感じがして興奮するからな。
***
風呂を上がってから、着替えを持ってくるのを忘れていたことに気が付いた。
だって汗だくだったしさっさと入りたかったんだもんっ。
仕方なくタオル一枚腰に巻いて行動を開始する。
こらっベイビーちゃんもタオルを巻きなさいっ。
「あつくてへろへろです……。すずみたいのですが……」
どうも熱さに弱いらしい。
どれ、この魔導具を使いなさい。
隅に置いてあった魔導具のボタンを足でポチっと押すと、丸い筒状の物体から冷風が出てきた。
向こうの世界でいう扇風機みたいなもんだ。いや、冷風を出すからポータブルクーラーと言った方が正しいか?
「んわああああすずしいですうううぅぅぅ」
ガバッとタオルを広げて大股開きで冷風を浴びる少女の姿がそこにあった。
気持ちは分かるけどお行儀が悪いのでやめようね。
なんとかドラゴンガールを冷却してタオルを巻き付けた後、事務室兼俺の寝室へと移動する。
書類の束やらが積み重なっており、自由なスペースはほぼない。
いる書類といらない書類の分別すら付いてないから片付けられないのだ。
多分全部いらないんだろうけどな。こういうの捨てられない性分なのでしてよわたくし。
「ここがふうふのあいのすですか。……ちらかってますね。しょうがないだんなさまなのです」
ふふん? と腕を組みながら値踏みをされてしまった。
ここは俺の部屋だからね。君は服を着せてから宿部屋へ案内してあげるからね。
「ふんふん。すこしにおいますよ。ちゃんとおふとんはほさないととだめですよ?」
もうベッドに潜り込んでやがる。
ベッドインまでが早すぎんよ。これがエロゲだったら星一だと思え。
「でものうこうなおまえのにおいがしますっ。えへへっ、ふうふのねどこはいいものですね」
はいはい君のベッドじゃないからね。
ほらっこのシャツと短パンをやるから着なさい。
「……それをきたらいっしょにねてくれますか?」
布団を顔の半分まで被ってうるうるした瞳で見つめてきやがった。
もうね、俺こういうの嫌いなのよ。
ペットショップとかでもさ、じっと見つめてくる系の犬や猫がいるじゃん?
ああいうのされたらもうダメ。飼ってあげたくなっちゃうのよね。
結局俺は負けてしまった。
*
負けた俺に成す術はない。
早々にベッドインを決めてふて寝するに限る。
ちなみに宿の仕事などする気は無い。
夜は宿を閉めているし、客のいざこざも基本自己責任でお願いしますというスタンスだ。
ちなみにブラックリスト三人衆は念入りに分からせているので、金を払わない以外の不祥事は起こさない。
いやまず金を払えよって話だけど。残りの宿泊客は女性なので至って平和である。
「えへへっ、しんこんしょやってやつですね」
結婚してないけどね。
俺は紳士だからベイビーちゃんにベッドを譲って他の場所で寝るということもなく、そのままベッドに押し入った。
だって俺のベッドだもん。そしてシングルベッドだから狭ぁい。
必然的に密着して寝ることになってしまう。
「こうやってぎゅうっとくっついていると、なんだかすごくきもちがいいですね」
少女の柔肌がむにゅっとした感触を伝えてくれる。
ひんやりしてて確かに気持ちいいかもしれんな。
ちなみにベイビーちゃんは全裸である。結局服は着てくれなかった。
「ふくはちょっとにがてですね。ゴワゴワしていわかんがあります」
まぁドラゴンさんは服なんて着ないよね。
でも人間として暮らすならそういうわけにもいかないんだよ。
「おまえいがいのまえではがまんします。はずかしいことだとおぼえましたからね」
そっか。俺の前でも恥ずかしいことだと気付いてくれるのに期待するよ。
「……んふふ。たのしいですねっ。なーちゃんはこういうのにあこがれていたのです」
すりすりと頬擦りしてくる最強種。その無邪気な姿はまるで子猫のようでもあった。
ペットを飼うことになったと考えれば可愛いものかもしれないな。うん。
「もうねますか? おやすみのチューがまだですよ?」
なんてませた子だい全く!
最近の子は性の乱れが著しくておじさん困っちゃうっ。
「ん~」
はいはいチュウチュウ。
額にぶちゅちゅうとかましてやると、きゃあきゃあ喚いてはしゃいでいた。
*
暫くすると、自称お嫁さんは寝息を立て始めた。
ドラゴンでも普通に寝るんだな。
……なんだか改めて妙な気分だ。
パーソナルスペースに入り込まれても、不思議と不快に感じない。
それはコイツが普通の人間ではないからか。
長い間彷徨ってたけど、こんな気分は初めてかもしれない。
……その日は不思議とよく眠れた。
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