6.白足の黒猫亭(後)

ところ変わって食堂へ。

とりあえず冷えたエールをグイッといって落ち着きを取り戻す。

爽快感がたまらないぜ。

俺は相変らずパンイチのままだ。

爽快感がたまらないぜ。


「あ、あの……それでその子は……?」


口火を切ったのはシンママだった。

今日の晩飯を配膳してくれながら、恐る恐るといった様子で聞いてきた。


おいベイビーちゃん。自己紹介できるか?


「はい。わたしのなまえはめりゅじーなっていいます。このにんげんのおよめさんになりました」


くいくいと俺の腕を引っ張ってアピールしてきた。

今日の煮物も絶品だねママ。


「きょうからこのやどのおかみとしておせわになります。いたらぬところもあるとおもいますが、よろしくおねがいします」


みんな。聞いての通り、ちょっと頭が弱い子なんだ。

可哀想な子だから仲良くしてやってくれると嬉しい。


「まァた旦那の悪い癖が出ちまったみたいですねェ……」

「タナカの兄貴はすーぐ年端のいかない子を手込めにすっからなぁ」

「度し難い性癖……まさに鬼畜の所業ですぜ」


うるせぇぞブラックリスト三人衆。

人の性癖ヘキを好き勝手言いやがって。


「お兄ちゃん……。お嫁さんってどういう事……?」


ん? 勝手に言ってるだけだよ。

俺は誰とも結婚する気はないんだぜ。


「そっか。そうだよねぇ、良かったぁ」


ストンと俺の横に座った子供店長が安心したように腕に抱きついてきた。

おいおい、食べにくいったらありゃしないぜ。


「わたしが食べさせてあげるっ!」


言うが早いか、箸を引っ手繰られ、餌付けのように煮物を口に運ばれていく。


「はいっあーん」


全く女の子はごっこ遊びが好きで困るぜ。

あーん。


「どうどう? 今日はわたしもお料理手伝ったの!」


ああお袋さんの味だ。どこに出しても恥ずかしくない出来だよ。


「……おまえ、これはどういうことですか?」


ひやっとしたオーラが俺の背中を撫でた。

横に立っていたドラゴン少女が俺を睨みつけている。

どうしたっていうんだベイビー。何怒ってるんだぜ?


「つまのめのまえでほかのおんなとイチャイチャするとかありえないです! ほんとうにしんそこしんじられません!」


目が座っている。ゴゴゴゴゴッという効果音が聞こえてきそうな迫力だ。

おいお前。ボロが出るような真似はしないんじゃなかったのか。


「ときとばあいによります! だんながとられるのをだまってみてはいられないのです!」


俺はお前の旦那じゃねえと言うとろうに。


「ちょっとお兄ちゃん、この子新顔の癖に生意気じゃない?」


子供店長が俺の腕にひっついたまま不満げに口を尖らせた。

いかんな、女の子というものはすぐ縄張り意識を持ってしまう。


「おまえ! ほかのおんなとイチャつかないでください!」


反対側の俺の腕にドラゴン少女が引っ付いてグイグイと引っ張られてしまう。

おいおいモテモテだぜ。勝ちまくりモテまくりってか?

あっちょっと待って痛い痛い。本気で引っ張らないでっ。


「なーちゃんのだんなさまにてをださないでくださいこむすめ!」

「あんたこそわたしのお兄ちゃんに近寄らないでくれるかな? お兄ちゃんはあんたみたいにバカみたいな喋り方する子は嫌いなんだから」

「ばか!? なーちゃんがばかだと!? ゆるしがたいことばです!!」


君たち大岡裁きって知ってる?


「ひえぇっ……女ってのは怖いねェ」

「こんな年端もいかない子たちでも、ああいう女らしさを見せてくるんだなぁ」

「真に驚くべきは、年端もいかない子から女を引き出すタナカの兄貴だと思いますぜ」


やいブラックリスト三人衆。冷静に分析してる暇があったら助けろ。


「もうっ! エウリィ、喧嘩しちゃダメでしょ!」


結局場を収めたのはシンママだった。常識人っぷりが身に付いてるな。

こんなスラムの底辺宿屋にはもったいない逸材である。

骨の髄までしゃぶりつくしたくなるぜ。


「ガルルル!」

「フシャッ! シャアアァッ!」


ガールズたちは少女らしからぬ声を出して牙を剥いて威嚇し合っている。

うむ、仲良きことは美しき哉。



晩飯をかっ喰らった俺はシャワーを浴びることにした。

日本人の名残が残っているからな。皆と違って一日一回は絶対に入らないと落ち着かないのさ。

この世界は結構発展してるがまだまだ衛生観念がなってなくて困るぜ。


この宿には幸いにして結構広めの浴場があった。

湯沸かしなどの設備も古臭いがまだ動いている。

ちなみにこの設備は剣と魔法のISEKAIらしく魔力で動く魔導具だ。

電力の代わりに魔力が広く普及しているというよくあるISEKAI SETTEIである。

もっと詳しく言うと、龍が生み出す龍気マナというエネルギーが大本にあるのだが……。


「みずあびですか。なーちゃんもはいります」


おっとぉ? 無垢で無知な少女がエントリーしてきたぜ。


おいベイビーちゃんここでワンポイントレッスンだ。

普通はな、男と女が一緒の風呂に入るのは良くないことなんだぜ?

ちなみにさっきは言わなかったが、全裸を軽々しくそこらの男に見せる行為自体がNGなんだ。


「そうなんですか。だからみんなふくをきてたんですね」


そうなんです。だからオイっ服を脱ぐんじゃねえ。


「ふうふははだかをみせあうものってなーちゃんはしってるのです。だからいまはだいじょうぶですよ」


夫婦じゃねえって言ってんだろ。

コラッ! 俺のパンツを脱がすんじゃありませんはしたないっ!


「おおっ。これがおとこの……! はじめてみました!」


キャーッエッチ! スケベ! 変態!

やめてっ見ないでっ。

男の子の恥ずかしいところ見ちゃダメっ。


「はずかしいんですか? どうして?」


そんな純粋な目で見られると俺がおかしいみたいじゃん……。

普通はね、裸を見せるのは恥ずかしいことなんだよ。


「でも、ふうふははだかをみせあうんですよね?」


うん、夫婦は裸でずっこんばっこんするんだけどね。

俺たちは夫婦ではないんだ。こういう事されちゃうと俺が困っちゃうんだよ。

分かるかい? 分かったら服を着て出ていくんだ。


「……いっしょにみずあびするだけです。ダメですか……?」


ンンンンンッ……!

こういう攻め方するとコイツは落ちるみたいな計算でやってるなら大したもんだぜ。

……だけどこのベイビーちゃんは天然モノなんだよな。


ああ、もう分かってるさ。

こいつはただ、人肌恋しくて俺に甘えてるだけなのだ。


「んっ……えへへっ」


上目遣いでお願いしてくるドラゴン少女の頭をつい撫でてしまった。

俺の負けだ。

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