押しかけドラゴンと底辺宿屋のエトランジェ

黒い映像

第一章 竜と異邦人と底辺宿屋

1.ある日森の中ドラゴンさんに出会った(前)

地獄のような夜明けであった。


「ん……お兄ちゃん……♡」


全く眠れなかったのである。ホカホカの子供体温が憎いぜ。

そんなに早起きする予定でもなかったが、なんだかこのままでいるのにも飽きてきた。

ずっと腕に引っ付いて眠っていた少女を引っぺがし、代わりに枕を抱かせて、ベッドから抜け出すことにした。


カーテンを開けると人口太陽がこんにちはしていた。今日も眩しくて憎いぜ。

窓を開けるとスラムの腐った匂いがした。窓を閉じた。糞みたいな空気が憎いぜ。

憎しみだらけだこんちくしょうが。

さて、朝飯を作るか。



厨房で秘伝のスープに火を付けて温めていくぜ。

その間に昨日狩った殺人猪の肉で作ったチャーシューと、一緒に漬けておいた味玉を取り出した。

それっぽく作った麺を茹でて湯切りした麺を器に盛り付けて、仕上げに秘伝のスープを掛けまわす。

トッピングを乗せたらあの日の思い出の出来上がりだ。


無論味は遠く及ばないが、それでも美味いことには変わりない。

朝ラーメンは禁断の食べ物であるが、ファンタジー世界で健康を気にする意味もないのでどうでもよかった。

うーむ脂が濃厚だ。味玉も美味ぇ。


「いい匂いがすると思ったら旦那ァ! いいもん食ってんじゃないの旦那ァ!」


朝一から面倒な宿泊客に絡まれてしまった。


うるせぇ。食いたきゃ金払え。

ツケの宿泊費も含めて今すぐ払いやがれ。


「へっへっへ旦那ァ……! 今度の仕事が終わったら必ず払うんで見逃してくれよなァ……!」


お前の仕事は泥棒だろうが。綺麗な金を払えよな。


「懐に入っちまえば金に貴賤もあるめェよ!」


あるわ。めっちゃあるわ。

その金で俺が捕まったらどないしてくれんねん。


「だぁいじょうぶでさァ! 旦那がチンケな衛兵に負けるわけねェでしょう?」


捕まる前提がまず間違ってるのである。顔を洗って出直してくるのである。

そんなどうでもいい言葉の応酬をしていると、ガチャガチャと建付けの悪い扉が開く音がした。

数少ない宿泊客たちの目覚めの時である。


むさい男二人が食堂にやって来た。あらくれ1、あらくれ2である。華がねェ。

ちなみに眼前で俺のラーメンを見つめている盗賊を含めて、全員宿代を払っていない違法宿泊者共である。

盗賊、あらくれ1、あらくれ2のアウトロー三人組はうちの宿屋のブラックリスト三人衆であった。

クソが。者共金を払えィ。


「タナカの兄貴ぃ! 今日は朝から”らあめん”とは太っ腹だなぁ!」


誰だよ田中。俺か。そうだった今は田中だった。

とにかくお前も金払え。


「タナカの兄貴……今日のスープの仕込みも最高ですぜ」


なに勝手に味見してやがるお前も金払えってんだよ。

ぶっ殺すぞオイコラ。


「旦那ァ! この匂いを前にして黙っていられるわけがないじゃないですか!」


勝手によそいやがったコイツら。

まじありえん。高脂血症になってまえ。

もういいもんスープ全部飲んじゃうっ。


「亭主、おはよう。……今日も朝からお疲れ様」


鈴を鳴らすような声が俺に同情をくれた。

目を遣れば銀髪の麗しいお嬢様が朝も早くから姿を見せていた。

そうそう、こういうのでいいんだよ。朝一に見るならこういう美少女じゃなきゃな。


おい皆、我が宿の数少ない優良客のお出ましだ。

者共爪の垢を煎じて飲め。お嬢さん爪の垢ってある?


「なっ! こ、こんななりだが身体は清潔にしている! 馬鹿にしないでくれ!」


冗談は通じなかったようだ。

ごめんちゃい。まぁそれはそれとして朝食はいる? いるよね?


「あ、ああ……切り替えが早いな……。今日は、らあめんか……。これは酷く病み付きになるが、いかんせんカロリーが高いというか、うーむ……」


いいとこのお嬢さんとしてはカロリー高めは控えたいところらしい。

ヨシ分かった、ならばおにぎりでも食べんしゃい。朝食は一日の資本である。炭水化物を取れ炭水化物を。

今なら豚骨スープにチャーシューに味玉も付けちゃう。


「む……そ、それならば……!」


よーく食べて肉を付けるのだ若人よ……。

成長してムチムチになってくれ……!


「旦那ァ……もうそれ普通のらあめん一杯分と大して変わらないんじゃ」


シッ!!!




***




今日も今日とて宿の経営はほったらかして金と食材を稼ぎに行く。

多少放っておいても客はいつものしかいねぇし、子供店長が店番してくれるから何も問題はない。


冒険者ギルドで近場の迷宮の討伐依頼を探して受けた。

食材探しついでにこなすには丁度良いクエストである。


「タナカさん、知ってますか? 今アルゼット湖で怪物が出現したって騒ぎになってまして」


依頼を受けたら受付嬢の赤毛のチャンネーにそんな事を言われた。

何それ知らん。怪物?


「何でも、霧がかった湖の真ん中にとても巨大な影が佇んでいたとか……!」


……佇んでただけ?


「ええ、幸い怪物からは見つからなかったみたいで。それでも大きな影を見たっていう人は大勢いるみたいで、結構な騒ぎなんですよ?」


ふーん。大変だね。気を付けよ。


「タナカさん……このアルゼット湖って、タナカさんの依頼のクロライト迷宮に行く時、横切りますよね?」


確かにそうだった。大森林のど真ん中を突っ切るから、中央にある湖を横切るんだよな。

よし、危ないし迂回するか。


「タナカさん! お願いがあるのですが!」


ヤダ! もう先が見えてるからヤダ!


「ちょっとだけ! ちょっとだけ様子を見て頂くだけ構わないんです! ねっ!? ちょっとだけですから!」


そんな先っぽだけみたいに言われてもおじさん困っちゃうよ……。

依頼出して他の人に頼めばいいじゃん。


「明らかに巨大モンスターと分かってて頼めるような人は、ウチにはタナカさんしかいないんですよぅ!」


なんでさ。ほら、あの名無し組とかいるじゃんA級の。


「……実は『ネームレス』のお二人、失踪したらしいんですよ。クロライト迷宮の依頼実行中に消息不明になってまして」


えー……。

あのバケモンみたいな二人組がやられるようなのが、今から行く迷宮に住み着いてんの……?


「それがどうも、アルゼット湖の怪物と遭遇して、二人はやられてしまったのではないかと噂に……」


じゃあ増々ヤだよ。

あんな戸 呂兄弟みたいな二人がやられるようなモンスターとなんか関わりたくないわい。


「そこをなんとか! 大丈夫ですよ! タナカさんは本気出したらあの人たちよりも強いってことは分かってますので!」


なんだその信頼は……嫌すぎる……。

そもそも俺は宿の経営で忙しいんだ。他を当たってくれ。


「あんなボロ宿の経営なんか大して儲からないじゃないですか! 冒険者として稼いだ方が儲かってるんでしょ!?」


テメェ事実でも言っていいことと悪いことがあるでしょうが。

もうさっさと受付処理してよねっ。


「あっ! ちょっ! 待ってくださいタナカさん! タナカさーん!!」


迷宮通行証を無理やり引っ手繰って逃げた。

厄介事には関わらないのがこの世界と上手く付き合うコツである。




***




街から竜車を飛ばすこと一時間。クロライト迷宮に到着だ。

もちろんアルゼット湖は避けて通った。


うむ、ケツが痛ぇ。竜車ってマジで糞だな……。

もう慣れたけど、マジでそろそろこの世界の交通事情は発達してほしいと思う。

いつまでこんな前時代的な移動手段を使わないかんのか。

それかせめて魔法でビュンッってワープしたい。ビュンッって。

QOL爆上がりするだろうな。いつか見つけてやる。ワープの魔法。


「よう兄ちゃん。今日も来たな」


迷宮の入り口にいた門番から声をかけられた。


「相変らず手ぶらか。つえぇのは知ってるが、武器くらい買えよ」


いつものやり取りなので軽く挨拶をしながら手続きし、特に準備などはせずに迷宮へ入る。

男なら拳ひとつで勝負せんかい!! という信念などがあるわけでもなく、インベントリに装備を仕舞ってるだけであった。

あんまり見せびらかしたくない装備なんでね。



なんか色々倒して依頼も達成し、本日も無事に終わりました。

食材集めも捗ったので、インベントリも満タンである。

野菜が迷宮内に無秩序に生えてるのって割と意味が分からなくて好き。農家さんの苦労が偲ばれる。

さあて帰んべ帰んべ。


「おお、兄ちゃん丁度いいところに」


迷宮を出ると同時に門番に話しかけられた。

もうね、嫌な予感しかしませんわ。


「どうもこの冒険者たちが置いてた竜車の蜥蜴竜リザードが行方不明になったらしくてな」


途方に暮れてますと顔に書いてある二人組がいた。

なるほど、大方質の悪いところで竜車を借りたか。

そういうところの蜥蜴竜リザードは自ら紐食いちぎって元の場所に逃げていくんだ。

這う這うの体で帰ってきたら、今度は竜車を置いてきた罰金と蜥蜴竜リザードを疾走させた罰金を請求されるとかいう悪質極まりない行為が最近流行ってるのだ。

まったく、クズが多いのはどこの世界でも変わらないぜ。


そんで俺の竜車に相乗り希望ってわけね。

まあよくある話だ。


「話が早くて助かるよ。で、どうだ?」


若い男二人ね。駆け出し冒険者かな。


「突然の申し出ですみません。乗せて頂いたら金もお支払いしますので」


あらま近頃珍しい礼儀正しい子。おじさんそういうの嫌いじゃないよ。


「お願いできますか?」


いいよ。お金もいらない。

ただし運転はよろしくね。


「もちろんです。ありがとうございます!」


座って手綱を引くだけとはいえ、長距離運転はもうキツイ年齢なのである。

運転は二人に任せて荷台に寝転ぶと、世間話も早々にして俺は今更襲ってきた眠気に負けて眠りについた。

だって夜眠れなかったんだもんっ。




***




「──ああああぁぁぁっ!?!?」

「逃げろ逃げろっ!! あんなの勝てるわけないッ!!!」


……んお? おおおっ?


ガシャーンという景気の良い音と共に、俺は激しく身体を打ち付けられた。

痛ぇ。


何事かと寝惚けた頭を起こして周りを見渡すと、派手に散乱した荷台の残骸が目に入った。

うむ。ひでぇ。全損であった。借り物なのにNE。


っていうか自分の怪我の方が酷い。血まみれだった。

なんならデッカい木片が腹に突き刺さっていた。きゃっやだもうモツが見えちゃう。

雑に引き抜いて放り捨てると傷口が即座に塞がった。


もう何なの失礼しちゃうわ。

っていうかここどこ? 何があったの? Why?




『そこな人間よ』


何やら只ならぬ音声が頭の中に響いた。

空耳と思い込んでスルーした。


それよりも何があったかの方が気になるからな。

辺りにあるのは荷台の残骸だけだ。

運転席部分が無い辺り、俺を囮にして逃げやがったのか?

チクショウ許せねぇ、後で覚えてろ若造共。おっさんの恨みは割と深いぞ。


『そこな人間! 聴こえているのでしょう! 返事をしなさい!』


ヤダヤダ! だってなんか絶対面倒くさい気配を感じるもん!


『くっ、人間とはなんと我儘な種族なのか……! いいからこちらを向きなさい! これでは話ができないじゃないですか!』


バシュンという音がして、俺のすぐ横にあった木が消失した。

んほぉやだぁもう血の気が多いのぉ……。




観念して振り返ると、そこには大きな湖が広がっていた。

霧がかった湖の真ん中には、大きな、とても大きな影が佇んでいた……。


なるほどぉ、フラグは立ってましたね。アルゼット湖ですねここ。

運転は人に任せちゃダメってことですわ。


『ふむ……容姿はそこそこ……ステータスも……まぁいいでしょう。我が呼び声に応えた人間よ。お前に試練を与えます』


帰っていいすか?


『い、言う事を聞きなさい! 我が姿を前になんと無礼な!』


じゃあもう殺すか。めんどくさいし。

俺はインベントリから剣を取り出した。


『な、な、な……! なんという愚か者!! 我を目の前にして武器を取り出すなど! まさか矮小なヒト如きが我に楯突こうというのですか!?』


俺もあんまり面倒な事はしたくないんですわ。

でもあんたに付き合う方がもっと面倒くさいことになりそうなんでね。


『……いいでしょう。身を弁えぬ下等な存在に、格の違いというものを教えてあげます』


なんだかブワッといやーな空気が漏れ出してきた。

……あー、これは、アレだ。

貧弱な人類が手を出しちゃいけない系のヤツだ。


その認識を裏付けるように、久方振りに聞いていなかったレイドクエストの開始音声が鳴り響いた。




$ ◆ $ ◆ $ ◆ $ ◆ $ ◆ $ ◆ $ ◆ $


【──DranCohnia・Online──】


【ドランコーニア・オンラインからのお知らせです。】


【人類に敵対する存在が出現しました。】


【其は倒さなければならない存在。人類が克服すべき脅威。】


【分類: . . . ドラゴン。 個体名:涙竜メリュジーナ。】


【オクテットクォーク:Ⅰ。シリアルナンバー:ⅩⅩ。】


【制限範囲 . . . リュグネシア王国、アルゼット大森林全域が設定されました。】


【制限時間 . . . 01:00:00に設定されました。】


【勝利条件 . . . 涙竜メリュジーナの撃破。】


【レイドクエストを開始します。】


【人類の皆さまにおかれましては、立ち向かうことをお勧めします。】


$ ◆ $ ◆ $ ◆ $ ◆ $ ◆ $ ◆ $ ◆ $




『矮小な人間よ。身を以て知りなさい。お前たちの想像が及ばぬ世界の理を』


霧が晴れたその向こうに、透き通るような蒼色の輝きを放つ、ドラゴンがいた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【$あとがき$】


読了頂きありがとうございます。

少しでも面白そう、期待できそうと思っていただけましたら、

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https://kakuyomu.jp/works/16817330661764303232/reviews

また、小説フォローや♡応援、感想など頂けたらとっっっても励みになります。


完結まで頑張りますので、よろしくお願いいたします(o_ _)o


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