第5話 立食パーティ
煌びやかな服装が踊り、装飾が揺れ、豪勢な料理が香ばしい香りを漂わせる大広間。大きな窓の外では、夜空を彩るが如き星々が瞬いていた。「あそこに見えるのが私の住んでいる星です」「まぁ、あんなに遠い場所から」……等々、話題の種にもなっている。
アステールは一人、場の全体を見回しながらも、時折話しかけられては対応していた。
「こんばんは、アステール嬢」
ふと話しかけてきたのは、黒色のスーツに緑のネクタイを合わせた大柄な男性だった。
彼の星とは、「漁業の技術」を提供してもらっている代わりに「アステールの星の巫女の力」を与えている。何か彼の星で困っていることがあれば、何時でもアステールを呼び寄せることが出来るというものだ。
アステール星からは、アステールの力を提供することが最も多い。それこそがアステール星の生んだ「最も有効な駆け引き道具」であり、他の星にとっても特別な力だからだ。
アステールの負担が大きくなると言う国民もいるけれど、それは一向に構わないと思っている。
「あら、こんばんは。いい夜ですわね」
「えぇ、とても。これも、星の巫女としての貴女様の力が宇宙を包み込んでいるからなのでしょうね」
「それは言い過ぎですわ。広がる宇宙を作っていらっしゃるのは、個々の星の努力ですのよ」
「またまた」
朗らかに、男性は笑う。
一口ワインを呷って、彼は上機嫌に言った。
「そんな個の星々の関係を結んでいるのは、貴女様ではありませんか」
「それは、星の巫女としての力に影響が出るからですのよ」
「それでも、です。貴女は素晴らしいお方だ」
酔っているのだろう。彼の顔は赤らんでいた。
ここまで褒められてしまうと、流石のアステールも居心地が悪い。自分はただ、本当に自分の力のために関係を築いているに過ぎないのだ。宇宙平和などという大層な願いを持っている訳でもない。
窮屈さを感じ始め、アステールははっと気が付く。
「私のことなどよりも。……アケリーに挨拶していかれてはいかがでしょう。姉は私なんかよりも、立派な令嬢でございますわ」
「あぁ、アケリー嬢! 彼女も立派に成長されましたな。では、一言挨拶を申し上げに行きましょう……」
男性は、大きな体を左右に揺らして去っていく。アステールは小さく息をついた。このことが知られたら、後でアケリーに散々なことを言われるだろうが、元々仲の良い姉妹ではない。
アステールも一口、グラスを傾ける。心地いい熱が喉元を通り過ぎ、成人してから一番にお気に入りのお酒を楽しんだ。
そうしている間にも、周りからの視線を感じる。
「星の巫女様だ、お美しい……」
「私の星に、もう少し力を授けてくださらないだろうか」
「おい、星の巫女様の力の占有は許さないぞ。あのお力は貴重なもので、平等に振るわれるべきものだ」
「そんなことを言うが、貴方の星は少々お力を貰いすぎではないか? 先日もあの方に訪問していただいたと言うじゃないか」
「あれは必要な機会だった! 欲深くお力を欲したのではない」
「どうだか」
「ちょっと、お止めなさいよ……」
……さて、どうするか。
ああいった「星の巫女の力」を巡った小さな諍いは頻繁に起こる。その度にアステールが諫めに向かったり、上手く立ち回ったりするのだが。
力とは、有り難いが厄介なものだ。人間同士の小さな火種は戦争にも繋がり得る。星間の関係を結びたいアステールにとっては避けたい事象だ。
あれを止めるために次は誰に挨拶しに行くべきか、と思ったその時、誰かに足を踏まれた。
「痛ッ!」
「やぁ姉様。こんなところでお一人ですか?」
皮肉めいた声色と言葉に、はっと顔を上げる。
金色の短髪に、アステールと同色の青の瞳。人を小馬鹿にしたような態度が、姿勢にも表れている男。彼はスピカ家三姉弟の末っ子であり、アステールの弟である。
「アルベルト」
「贅沢なものですね。星の巫女サマの大好きなお酒、大好きな食べ物、大好きな場所がそろった、巫女サマのための巫女サマ主役のパーティだって言うのに、こんなところでお一人? 何をぼーっとしていらっしゃったのでしょう」
「……先ほどまで人と一緒にいた。近くにいたのなら見ていたのでは?」
「あぁ見ていましたよ! 面倒な客人だと思って、アケリー姉様に押し付けるところまでしっかりとね」
アステールは苦い顔をした。面倒な人間に見られていたものだ。
あははっとアルベルトは笑う。彼は姉である自分とは違い、よく怒りよく笑った。最もその笑みは、嘲笑であることが多いけれど。
「別に言いふらしたりしませんって!」
「何の用? 貴方も挨拶するべき人が沢山いるのではなくて、アルベルト」
「あーあーうるさいな。姉様がいなければこんな面倒なパーティなくなるのに」
体を伸ばし、コキコキ首を鳴らす。
人当たりは良いのだが、姉に対してはいつもこんな調子だった。
(弟がこんなに歪んだのも私のせい……か)
心の中で溜息をつく。だから利害関係を結べない人間など信用が出来ないのだ。彼とは当然姉弟なので、他星の者と同様な関係の結び方が出来ない。
心と心で繋がった姉弟、なんて、そんなものにはなれやしなかった。
それを悲観はしていない。
アルベルトだとて、アステールと仲良くしたいとは思っていないだろう。
「じゃあ星の巫女サマもしっかりね。ま、姉様の場合は自分から行かなくても人から勝手に寄ってくるか」
ひらひら。手を振ってアルベルトも去っていく。
嫌味を言いに来ただけらしい。困ったものだ。
俯き首を軽く横に振って。
(! 踏まれた部分が汚れている……!?)
自分の靴の爪先が、茶色にくすんでいることに気が付いた。
見ると、弟の歩いてきた軌跡を辿るように、泥の跡がついていた。どうやらここに来るまで爪先に泥を付着させ、それをアステールの靴に全部押し付けたらしい。
(やることが幼稚なんだあの弟は)
こめかみを抑える。
しかしアルベルトの言う通り、このパーティはアステールが主役なのだ。前に立つ者として、このような不潔はあってはならない。
(靴を履きなおすか)
幸い、今アステールは誰にも見られていないようだ。先程まで口喧嘩していた辺りを見やる……周りの者が既に鎮火してくれている様子。離れても問題ないだろう。
あと三十分後には皆の前で星降りの儀式──星の力を一身に受け、その場にいる客人に親交の証として授ける「星の巫女」としての儀式だ──をしなければならないが、それまでには戻ってこられるだろう。
アステールは、静かに会場を後にした。
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