第3話 甘かった

***


 アステールの星の巫女としての仕事は二つある。

 一つは、先ほどのように民の困りごとを占星術で解決すること。

 そしてもう一つ。こちらがより大切なのだが、「他の星との交友関係を保つこと」だ。

 星の力を借りている星の巫女にとって、他国ならぬ他星との友好的な関係は大切なものである。関係を星座のように繋ぐことで、アステールはまた星の力を借りることが出来るのだ。例えば星の間で戦争が起こったりなどすれば、忽ちに星と星の連携は失われ、アステールに何かを示してくれることはなくなるだろう。

 よってアステールにとって関係を築くことは最重要事項だった。

 最も、彼女に人格で結ぶ関係は望めないので、やはりというべきか、利害関係の一致で関係を続けてきたのだが。

「スバル様!」

 アステールは無礼も構わず客室の扉を開け放つ。

 その奥から、「ああ!」と高らかな声が飛んできた。

 ソファに腰掛ける長身の男。長い脚は組まれ、ゆったりとした体勢だった。アステールを認めて柔らかく細められた瞳は、左は髪色と同じ漆黒の色。まるで宇宙を閉じ込めたような……対して右は美しい金の色をしていた。爛々と光るそれを見ていると、何だかこちらまでくらくらしてくる。両目で昼夜を治めているようなその男は、アステールを見るなり立ち上がった。

「アステール様! 会いたかった!」

「私は会いたくありませんでしたわ。おかえりください」

「ちょっと! それはひどくありませんか!?」

 わぁわぁと騒ぎ始めるスバルに頭を抱える。

 スバルは、昨日初めて出会った隣星・レアディス星のアケボシ伯爵家子息だった。隣星であったにもかかわらず「初めて」出会ったのは、レアディスが長らく孤立星としての立場をとっており、他星と全く関わりを持たなかったからだ。数十年ぶりとも言える鎖国の開放に、最近の話題は持ちきりだった。

 星の巫女であるアステールとしても、隣星レアディスは注目すべき星であり、ぜひとも関係を結びたいとも思っていた……のだが。

「昨日申し上げたでしょう? 私は、貴女のことが気に入ったのです。君自身と仲良くなりたい」

「私も昨日言ったはずです。そんな関係は不要だと」

 なぜだか、めちゃくちゃ好かれていた。

 不可思議である。これが、長年他星との関係を断っていた国の貴族? アステールはもう少しお堅いものと想像していたのに。

 まさかこんな……犬が尻尾を振るように懐かれるとは。

 しかしこんなことでたじろぐアステールではない。凛と背筋を伸ばし、真っ直ぐとスバルを見つめて、告げる。

「私は、友人としての友好的な関係を望んでいません」

 そんなものは柔く、そうして裏切られる可能性だってある。

「貿易やその他……利害が発生することで関係を結びたいのです。私とスバル様、個人間で仲良くなったとして何の利がありましょう」

「とっても辛辣」

「私の国、ひいては星がが何かを提供し、またスバル様の星でも何かを提供してもらう……それこそが最上の礼儀、信頼となると私は思っております」

「うーん……それでも良いよ。良いんですけど」

 悩まし気にスバルは視線を逸らす。その憂いがまた、スバルの瞳の美しさを引き立てていた。

「それとは別に、やっぱり私は貴女と関係を結びたい」

「……お言葉ですが。関係を結びたいという言い方は語弊を生みますのでそれだけでもお止めいただきたく……」

「そうですよ。私は貴女に婚姻を申し込みたいんだ」

「……は?」

 思わず一言、それだけが漏れてしまう。

 今、この男は何と?

「結婚だよ。私は貴女を、私の妻にしたい」

「なッ……冗談はよしてください!」

「冗談じゃないよ」

 すっ。

 静かに、静かに。スバルから音が、体温が、引いていく。ただ涼やかな温度が、スバルの周りに立ち込めて、アステールは息を飲んだ。

 そのまま動けずにいると、スバルが一歩こちらに踏み込んでくる。

 そうして、「失礼」という言葉とともに、腰を引き寄せられた。押し返そうにも、押し返すことが出来ない。しっかりと抱かれ、まるで踊りでも始めるかのような軽やかさで、スバルは微笑んだ。


「分かっているでしょう」


 ──甘かった。


『こんばんは、アステール様。お初にお目にかかります。』


 そう言った男は。


 次の瞬間、自分の手を取り唇を落とした。


 ──甘かった。


 昨晩の甘さを思い出して顔が熱くなる。自分は、甘くない関係を望んでいるのに。

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