安楽椅子軍師の公爵令嬢、婚約破棄と追放で無双する

悟房 勢

第1話 ぺてん


「アナ・アルナルディとの婚約はなかったものとする!」


この国では婚期前の若者が夜通し騒いでもいい催事さいじがあります。収穫感謝日を祝うパーティーです。


婚約破棄はその場での出来事でした。王太子ラウールと伯爵令嬢マリエット・ワトーが壇上に立ち、大勢の貴族令息令嬢の前で私との婚約を破棄したのです。


音楽が止み、会場は静まり返っていました。全出席者の視線が私に集まっているのを感じます。


マリエット・ワトーはけなげを装い、グッと口を結んでラウール王太子に身を寄せ、その手を握っています。とんだ食わせもんです。腹では笑っている。


私としてはこのまま帰ってもいいのですが、アルナルディの名誉にかけてどうしても言っておかなければならないことがある。


「先のいくさの論功行賞で我がアルナルディ家は王家との繋がりを持つことを許されました。王太子殿下はそれを反故ほごにしようとしているのです。いかなる理由でございましょうか」


私の異議申し立てに会場が騒然となりました。


引き籠りがちで大人しいと思われている私が大勢の前で王太子殿下を正そうとしたのです。マリエット・ワトーの取り巻き連中じゃなくとも私を口汚く罵りました。


「静まれ。今日は特別だ。よかろう。アナ・アルナルディよ。答えてつかわそう。おまえが王太妃にふさわしくない理由はこの私を正そうとするその性根だ。先のいくさでアルナルディは名を上げたのをいいことに王家をないがしろにしている。私に付き従わないばかりか私の行動を冷ややかに見、口を開けたと思ったらどこかで聞きかじった過去の者の言葉を使って私に意見する。それに比べてマリアットはかいがいしくも私に寄り添い、何をしようが私を認め、いつもその手助けをしようとしてくれる」


そんな理由で約束を反故ほごに? 陛下はこのことをご存じなのでしょうか。


「ふん。またその顔か。俺のことを馬鹿にしているな。だが、これは俺だけの一存ではない。むしろ我が父ブリンケン王陛下のお考えだと言っていい。なんなら行って聞いてみるがいい」


そういうことでしたか。ならば、しかたありません。私は退出することに致しましょう。


私が去ると会場からは幾つも笑い声が漏れ聞こえて来ました。後で聞いたことによるとワトー卿は莫大な持参金の他に、先のいくさの論功行賞で得た土地と都市をブリンケン王にお返しするらしい。


考えてみればよくできた話です。もしかして、その土地と都市はお父様に与えられるものだったのではないでしょうか。それをワトー卿が入れ知恵した。ワトー卿の狙いは王統に繋がること。


私の婚約は、我がアルナルディ家の領土や財力をこれ以上増やさないようブリンケン王らが考えた悪だくみ。始めから私の落ち度を理由にこうするつもりだった。アルナルディ家には最初から何も与える気はない。


当然、私はお父様にこのことを報告致しました。そして、善後策も上申しております。お父様からは心置きなくやるがよいと返事を頂きました。


この日に至るまで、お父様は私の結婚式のために多額の持参金とパーティーのための服や布地、それに食材、豚八十頭、牛肉三十五キロ、ベーコン二十キロ、タマゴ六百個、山ほどのパンなど様々なものをご用意して頂きました。


それだけではありません。それを運ぶ多くの荷馬車を護衛する騎士五百人にも晴れの舞台に見合った防具を新調なされました。


その荷馬車はすでに荷物を積んでアルナルディ領カストを発ち、王都ラミデスに向かっていると言います。


私は王都ラミデスを追い出されると古郷カストには向かわず、お父様の重臣ジャン・バランドと合流し、髪を切って男子を装い、荷馬車の道中である王都の衛星都市クレスに留まっていました。もちろん、私の替え玉はすでにカストに入っていることでしょう。


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