第81話 ブレイズ家のきょうだいげんか
「いつまで騎士団に行かず引きこもっているのですか、兄上?」
五歳下の弟のコリンが生意気にも兄ダンゼルに詰問する。
その瞬間、ダンゼルの鉄拳がコリンのほほに飛んできた。
「お兄様、やめて下さい! こんな小さな子を……」
妹のステラが割って入ってきて兄のダンゼルを責めた。
「うるさい! お前だってあざ笑っているんだろう!」
ダンゼルは逆に妹を怒鳴りつける。
「ひどい! 自分が『役立たず』になったくせに!」
ステラは涙を受けながら猛然と抗議した。
「なんだと!」
「きゃあっ!」
ステラがコリンをかばいながら叫び声をあげたところで、使用人が入ってきて後ろからダンゼルを制止した。
すぐに火魔法を使って威嚇するダンゼルは、使用人にとっても扱いにくい存在だったが、今はそれが使えないので、大人の力で抑え込むことができる。しかし、別の意味で今のダンゼルは、家族にとっても、使用人にとっても扱いにくい存在となっている。
「何事なの?」
使用人の後に続いて母のカティアが入って来た。
「コリンやステラが生意気な言い方をするから!」
ダンゼルがいの一番に母に訴える。
「本当の事だろ!」
「すぐ暴力に訴える人に言われたくないわ!」
ステラとコリンが続けざまに反応する。
「ステラ、コリン、お兄様は今病気なのよ。それなのにひどい言い方をするあなたたちが悪いわ!」
ダンゼルの肩を持ち自分たちを責める母にステラとコリンは失望の色を強くした。
「引きこもっていることは事実でしょ。そもそもそれだって、自分が魔法を使えなくなってやり返されているだけじゃないの。私知ってるのよ、お兄様がいろんな人に魔法でひどいことをしてきたって!」
ステラは言い返した。
「ステラ、あなた何を!」
母カティアは絶句する。
「この前のお茶会でも、いろんな娘たちから兄弟や親戚の子がお兄様にひどい目にあわされたことがあるって聞かされて、私どう答えたらいいのかわからなかったのよ」
夫人同士のお茶会では招待客は子を連れてきて、子供は子供同士で遊んでいる。
しかし兄ダンゼルの行いのせいで、ステラやコリンがとばっちりを受けることも多かった。
「『役立たず』でいてくれた方が、僕たちにとっては役に立つんだ」
コリンも言い返した。
ダンゼルは弟妹達の言葉に身を震わせている。
「あなたたちいい加減にしなさいっ!」
甲高い声でカティアはステラとコリンを怒鳴りつけた。
「何をしている?」
ブレイズ卿が帰宅して、家族が怒鳴り合う声を聞き入って来た。
「お兄様が私とコリンに暴力をふるおうとしたの」
ステラが真っ先に父に訴える。
「どういうことだ、ダンゼル! 自分よりも小さい者に暴力など。ましてステラは女だぞ。騎士としての心得はどうした!」
「あなた、ダンゼルにも事情が……」
「事情があれば、暴力をふるってもいいというのか! お前がそんな風にするからダンゼルは……」
激高していたブレイズ卿だが、ここまで言うと急に口ごもる。
「あなた?」
妻カティアが不思議に思い声をかける。
「いや、いい……。三人とも自分の部屋に戻って反省していなさい。夕食まで外に出るのではないぞ」
ブレイズ卿は使用人に子供たちをそれぞれの部屋につれていくように言いつけた。
そして少し落ち着くと、妻から事の仔細を聞いた。
「あの二人がどのようなことを言ったにせよ、自分より弱い者たちに手を上げるなど、ダンゼルは卑怯だ。騎士の心得にも反するふるまいだ」
「ダンゼルが今大変な状態だっていうことをもうちょっと考えてあげてください」
「大変? ただ魔法能力がなくなっただけだろう。なくなったならそれをすっぱりあきらめて一から剣の修業をし直せ、と、私は言ったはずだ。にもかかわらず騎士団に通っていないのはあいつの弱さだ」
「そんな言い方……。能力がなくなったせいで、ここぞとばかりに虐めてくる子も多くいるらしいのですよ」
「ああ、聞いている。しかし、それもダンゼルが火炎魔法で他の子を脅したり傷つけたりしてきたことの結果だ。自業自得だ」
「それでも親ですか!」
夫の言葉を聞きカティアがいきり立った。
「そもそも、あんな異常な能力こそ、ヤツをダメにしてしまう元凶でもあった。あんな能力があったから、家の外だけではなく家族も平気で傷つけてそれで当然というような顔をする人間になってしまった。能力がなくなってしまったことこそやり直すための好機なのかもしれないぞ」
「わかりません、あまりにも残酷です」
「私にとってはお前の方こそわからぬ。ダンゼルは息子だが、ステラやコリンも私たちの子ではないのか? ダンゼルのせいで二人は常に傷つけられ人生を台無しに……、いや、未来において台無しにされようとしていることを何とも思わないのか?」
「台無しって……。ダンゼルのことでいろいろ言われるってことですか? 言ってくる子たちはダンゼルの能力をねたんでそうしてきたのでしょう。そんなの家族なんだし、我慢したらいいじゃないですか」
「ダンゼルのために二人がつらい目にあってもかまわないと?」
「だって家族なんですから」
ブレイズ卿はため息をついた。
妻カティアにとっての『家族』とは、傑出した能力を持って生まれた嫡男ダンゼルを中心に、彼のためなら他の成員たちは犠牲も甘んじて受けるのが理想的な形なのだろうか。
それから、わずか六歳と四歳ながら大人びた言葉使いをしたステラとコリンも気にかかる。二人もダンゼルと同じく前の時間軸のことを覚えているのだろうか?
確かめなければな、と、妻には聞こえないような小さな声でブレイズ卿はつぶやき、ソファから立ち上がった。
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