第77話 ひっそりとした墓所

「あなた、突然何を?」


 先ほどまで怒りをあらわにしていたブレイズ卿が急に静かに感情を収めたかと思うと、思いがけない宣言に応接室にいた家族は皆驚いた。


「騎士団長の座を辞して、家督もダンゼルに譲る、もう私がこいつに教えられることは何もないからな」


「父上、ついに私の努力を認めてくださったのですね!」


 ダンゼルが晴れやかな声を上げる。


 父のあきらめにも似た感情を察することのできない息子に、彼は深いため息をついた。


「マローウィヤにブレイズ家の別荘があっただろう、そこで隠居生活をおくる」


 マローウィヤとは南隣の国の海沿いの町であり、温暖で風光明媚なところである。


「私についてくるかどうかはお前の自由だ、カティア。この家はお前が好きにするといい、ダンゼル」


 妻と長男にブレイズ卿は告げる。


 妻のカティアは、夫についてくるとなると最愛の息子と離れることになることに迷いが生じているようだった。


「ただし、コリンとセレナは連れていく」


「「連れて行くって……」」


 困惑するダンゼルやカティアをしり目に、次男のコリンに向き直りブレイズ卿は言う。


「貴族の子弟には学園に通うほかにも、外国の同等の教育機関に留学するという道もある。いつまでも引きこもっていてもしかたがないだろう。お前自身の将来のことも考えて、どうしたいか、別の場所でゆっくりと考えて決めるがいい」


「父上、コリンを学園に戻さない気ですか?」


 話しかけられたコリンより先に兄のダンゼルが声を上げた。


「お前が言うことではない。家督を譲ると言ったが、あの子たちの親権を譲る気はないぞ。兄弟はお前が都合よく動かせるコマではない!」


「……っ」


「では、話は終わりだ」


 待ってくれと制止する妻の声を聞かず、ブレイズ卿は応接間を出た。



◇ ◇ ◇



 ブレイズ騎士団長が引退するという知らせに王国騎士団の者たちは動揺を隠せなかった。


 四十代後半の働き盛りの男の突然の引退宣言。


 引き留めもあったが、彼の決心は揺らがなかった。


「ご長女である王太子妃の死がよほど堪えたのだろう……」


 そう予測する者がいる。


 他にも病気説や夫婦不仲説、これは妻のカティアが結局長男ダンゼルのそばに居たがり、ついていくのを拒んだことに由来する。


 それぞれある程度的を得ていながら、少しづつ外していた。


 引継ぎのための書類を片付けていたブレイズ卿は、ある差出人の名が書かれた封書が目についた。


 息子ダンゼルが殺した騎士の姉、ジェラルディ女伯爵からのものである。


 ダンゼルに殺されたジェラルディ家の嫡男リアムも騎士団に所属しており、例の事件では『事故死』という風に騎士団内では記録されている。嫡男に変わって跡を継いだジェラルディ伯爵は、弟が守ったセシルの無罪も証明された今、なぜ『事故死』のままにしているのか、と、異議を申し立てているのだ。


 国のため、あるいは力の弱い女性や子供を守るために死亡した騎士には『名誉の死』と記録されるのが騎士団の習わしだ。それに訂正しないのはおかしい、と、何度もジェラルディ伯爵は問い合わせをしていた。


「申し訳ありません、こちらで処理するべきものが混ざっていたようです」


 事務官が決まり悪そうに引退間近の騎士団長にわびる。


「どうして今頃……」


「まあ、何度もしつこいですね」


「何度も? 私は一度も聞いておらぬが?」


「ジェラルディの子息を『名誉の死』扱いすると、ご子息の立ち位置も微妙になりますしね。だから私どもで適当に……」


「握りつぶしていたというのか?」


 ブレイズ卿の問いに事務官は悪びれず、部下の忖度を評価してくれと言わんばかりの口調で、はい、と、答えた。


 ブレイズ卿は何も言えなかった。


 事務官が退出すると机の上で肘を建て、頭を抱えながら考え込んだ。


 命じてないとはいえ、そんな忖度をさせてきたのは自分自身だし、そんな忖度がまかり通る環境だからこそ、ダンゼルは自身が人を人とも思わない行為をしても反省しない人間になってしまった。


「カティアばかりを責めてはいられないな……」



◇ ◇ ◇


「しばらくは来られなくなるな」


 引継ぎをすべて終わらせたブレイズ卿は、次男と次女を先に出発させ、自分は邸内の後片付けを終えてからこの国を出るつもりであった。


 王宮内にある霊園。


 そこにステラも眠っている。


 意に染まぬ婚姻だったとはいえ王太子妃だった娘は王家の墓所に葬るしかなく、身内であっても王宮に届けを出してからでないと墓参りもできない。


 子の一人も産めず若くして亡くなった存在感のない妃では亡くなってからもさほど優遇されないのか、墓は敷地内の端のほうに設置されていた。


 墓の前には先客がひざまずいていた。


「リヨン君……」


 ステラの元婚約者のジョンティール伯爵家子息であった。


「お久しぶりです……」


 リヨンは立ち上がって義父になるはずだった男にあいさつをする。


「その、いろいろとすまなかった……」


 開口一番、ブレイズ卿はリヨンにそう告げる。


「何がですか? 謝罪でしたら、僕より先に言うべき人はいるのでは?」


「そうだな……」


 やんわりとした謝罪の拒絶が今のブレイズ卿には逆に堪えた。


「よくここに入れたな?」


「歴代の王族が葬られている墓所ですから、彼らに敬意を表する一般の参拝者も多くいます。身元がちゃんと保証され武器の携帯がなければ問題ありません」


「そうか……」


 そこで会話は途切れ、リヨンが先に墓所を後にした。


 ほどなくしてブレイズ卿はユーディット国を去り、爵位は嫡男ダンゼルが引き継ぎ、やがて軍のトップへとのし上がっていく。


 罪を問われて処刑された一番目の妃と、跡継ぎを産んだ三番目の妃に挟まれた二番目の王太子妃ステラは、やがて人々の記憶からも消えていった。


 だが、その命日には彼女を忍ぶ誰かの花が毎年供えられるのだった。



☆―☆―☆―☆-☆-☆

【作者あいさつ】

 今回で回帰前の「二番目の王太子妃編」終了。

 また、回帰後の話に戻ります。


 ☆や感想寄せていただけると嬉しいです。



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