第3話 状況整理~第一王子婚約者への違和感

 

 どうやら賊に襲われたとはいえ、御者や護衛は軽傷だったようで私がアルヴァート様を治療している間に、ほかの回復魔法が使えるシスターに治療してもらったようだ。

 そして馬車に乗ると、途中で私の家に寄っていただいてカトリーヌ様から事情を話してもらい、私が王城に行くことを告げると、両親と兄は「名誉なことだ、行ってきなさい」と送り出してくれた。

「…」

 少し冷静になった私は、状況を整理してみた。

 今回、アルヴァート様襲撃事件はいろいろ不可解だ。

 というのもアルヴァート様が重傷を負っているのに護衛が軽傷…つまり、第二王子の手のものが賊を誘導しているのではないかと私は考えた。

 護衛の中に第二王子派のものがいるのか…いや、それとも…。

 しかしそんな考えの最中…。

「…さて、マリア嬢。

 聞かせてもらおうか」

「…え、あ、はい…」

 思考を停止させたのは、アルヴァート様の説明を求める声だった。

 私はカトリーヌ様に説明したことをアルヴァート様にも包み隠さず答える。

「…なるほど、ダイナムとバレーナ…やはりか」

「お気づきだったのですか?」

 カトリーヌ様が意外そうな顔でアルヴァート様を見る。

「ああ…バレーナは俺とうまくいっていない…というか俺も王家派の公爵家との関係で婚約しただけで、バレーナはダイナムを気に入っていたのはわかっていた。

 しかし、それで俺を殺すとはな…そうすれば惚れているダイナムが国王に…。

 ダイナムには婚約者もいないし…バレーナはすでに王妃教育も済ませた第一王子の婚約者だ…そのままダイナムの妻として王妃になるのは容易だ…しかも婚約者である第一王子を殺された悲劇の令嬢として。

 しかしバレーナ…そこまで俺が嫌いなのか…」

 そういうとアルヴァート様は俯き考え込んでしまった。

 

 しかし私には何か違和感があった。

 実はバレーナ様とは前世の王家でお会いする前に数回お会いしたことがある。

 私が聖女に目覚める前…それこそ今世では経験しなかったくらいの幼いころだ。

 私から8つほど年上の公爵令嬢として、とあるお茶会でお会いしたことがある。

 そのころのバレーナ様は、美しいだけじゃない…気品にあふれ、将来の王妃としての風格をすでに備えていた。

 確かにダイナム様のことは当時から気に入っていたようで、のちに婚約者となるアルヴァート様よりもそのそばで…こういっては何だけれど、いたずらばかりしていたダイナム様を窘めることに忙しいようなお人だった。

 だからこそ、一回目の人生で王城に聖女として行ったときは、バレーナ様に再び会えることが楽しみの一つだった。

 しかし、そのころにはすでに今のような冷たい目で私を見ていた…考えれば確かにダイナム様を愛しているバレーナ様からすれば、聖女という肩書を持っているとはいえ、自身の愛する男を搔っ攫った悪女、と思ったかもしれない。

 ただ、それだけではなく、何かもっと根深いものがあるように思った。

 そうでなければ、しつこく使用人を使っていじめたり、時には殺されそうなことをされたこともある。

 …私が聖女でなければすでに死んでいた、くらいのことはされている。

 何度かはダイナム様に言いつけられたお使いの最中に刺客に襲われたこともあった…幸い、カトリーヌ様が一緒にいて、そちらの護衛に守っていただけたこと、そして傷つけられた護衛も私を信用してくれていたことで事なきを得たが、前世ではアルヴァート様が亡くなってから私への攻撃はエスカレートするばかりだった。

 

「…あの、アルヴァート様」

「なんだね、マリア嬢」

 そんなことを思いながら、考え込んでしまったアルヴァート様に私は声をかけた。

「バレーナ様は、以前かこのようなことを考える方なのですか?」

 私はそれがどうしても納得できないことだった。

「…いや、幼いころからバレーナのことは知っていて…ダイナムのほうが気に入っていることは確かだ。

 しかし、そのころは俺のことも普通に慕ってくれていたように見えたな…」

 懐かし気な顔でアルヴァート様が遠くを見る。

「…お兄様。

 …やはりバレーナ様のことは…」

「そりゃな…私が見初めた婚約者だ。

 俺のほうが王太子だし…幸せにする自信はあった…いや、今でもあるんだが…」

 疎ましがられていることはわかりながらアルヴァート様は、それでもバレーナ様のことは愛しているらしい。

「…お兄様…」

 それが不思議なのである。

 バレーナ様は王子二人と幼馴染で、「彼女が婚約した人が王太子になる」といわれていた。

 …もしバレーナ様がダイナム様を王太子にするのであれば婚約の時にダイナム様をご指名することもできたのでは?と思う。

 それでもアルヴァート様を選んだということは…ダイナム様は王の器ではないとバレーナ様も分かっていたのではないかと思っているのだが…。

 なんだろう…このモヤモヤした感じは…。

 

「…ハンナといいます…」

 王城に到着後、最初に連れていかれたのはカトリーヌ様の居室で、「体調不良」で休みを取るという侍女の元だった。

「マリアです…どうぞよろしく…」

「…ハンナの留守は彼女に任せるわ。

 きちんと休んでらっしゃい」

「…はい…ですが…私本当に…」

 ハンナさんは何やらごにょごにょとつぶやいている。

「あの…」

「あぁ、お仕事の引継ぎね…ハンナお願いね」

「…はい…」

 それから私はハンナさんから、カトリーヌ様の侍女としての仕事を教えてもらった。

 そのあと、ふと先ほど何を言いたかったのかを聞いてみることにした。

「…私じゃない…私じゃないの…」

 それは、その言葉から始まったハンナさんの懺悔のようなものだった。

 数日前、ハンナさんはなぜかダイナム様から呼び出しを受け、珍しいなと思いながら部屋へと向かった。

 そしてそこにはバレーナ様もいて、そのバレーナ様に見つめられた瞬間からしばらく記憶がないらしい。

 そして気を取り戻したのは、カトリーヌ様と食事中のアルヴァート様に向けてナイフを振りかざしている最中だった…。

「…」

「そんなこと私がするはずない…大切なカトリーヌ様のお兄様、王太子様なのに…」

 そういってハンナさんはうつむいてしまった。

 その時、ふとハンナさんの影に、何か黒いものが見える。

「!!」

 私はそれを逃がさずすぐに聖女の力で処理した。

「(…なるほど)」

「…私じゃない…私じゃないのに…」

「ハンナ…それでもあなたのやったことは私も見ている…ただ幸い、その場面を見ていたのは私とアルヴァートお兄様だけだった…だからしばらく王城から離れてほしいの」

 ハンナさんは悲しそうな顔でカトリーヌ様を見る。

 そして小さくうなづいてとりあえず自室へと戻った…明日実家の男爵家に一度帰省するらしい。

「…カトリーヌ様、よろしいでしょうか」

「…何かしら、マリア?」

「…ハンナさんは何かに操られていたことは間違いありません…先ほどその残滓のようなもの、おそらく瘴気のかけらと思われるものを処理しました」

「…仕事が速いわねマリアは…で、操っていたのは…」

「バレーナ様…以外ありませんわね、ハンナさんのいうことを全面的に信用するなら、ですが」

「…はぁ…大きな話になってきそうね…それにしても」

 そこでカトリーヌ様はため息交じりにつぶやく。

「バレーナ様はアルヴァートお兄様のことを好きだと思っていたのだけれどねぇ…」

 

 ハンナさんからの引継ぎを受けて翌日から私はカトリーヌ様の侍女代理として、気分的には数年ぶりの王城に戻ることになった。

 カトリーヌ様の侍女の仕事はそれほど厳しいものもなく、慈悲深いカトリーヌ様のお相手をすることが一番のお仕事なので楽しく仕事をすることができた。

「そうだ、お父様にご報告しなければ」

 カトリーヌ様の朝のお仕度中に、カトリーヌ様はがそんなことを言い出した。

「え? 国王様にですか?」

「ええ…ハンナの代理が見つかったこと、まだ報告していなかったわ。

 アルヴァートお兄様も最近はお忙しくてお父様にはご報告していないでしょうし…。

 そうと決まれば…マリア、今日は特に予定はないわね?」

「あ、はい…ないです」

「では、離宮に向かいましょう」

「…か、かしこまりました!」

 

 王城には離宮があり、国王陛下は王太子のアルヴァート様に実務のほとんどをお任せして病気療養中である。

 なぜか看護師の経験のある王妃様がつきっきりで看病している。

 王妃様に看護師の経験があるのは、侯爵令嬢だった頃に浮気者だった婚約者と婚約解消し、職業婦人として生きていこうととある医院で看護師の仕事をしていた時期があるためだ。

 しかもそも仕事をしているときに、近くに所要があって寄っていた国王様が日射病で運び込まれ、王妃様のいた病院に運び込まれ、そこで療養している際に見初められたというのが、異色の経歴につながっており、現在でも国王様の健康管理は侍医と王妃様が共同で務めるほどだ。

 

「…父上、母上、失礼いたします」 

 離宮に着くと、国王様が療養している部屋に、アルヴァート様、カトリーヌ様、私の順に入る。

「…アルヴァート、カトリーヌ。

 よく来たわね…そちらは?」

 応対してくれた王妃様はまず私を見ながら身元を尋ねる

「あぁ、私の侍女が体調不良でしばらく休養しておりまして、臨時で来てもらった侍女のマリアですわ、お母さま」

「王妃様、お初にお目にかかります、カトリーヌ様の侍女を臨時で務めさせていただいている、マリア・フリージアと申します」

「そう…ありがとうね…王妃のテレーザよ…今はロータス…国王がしばらく体調が思わしくなくてね。

 できる実務はアルヴァートにまかせて、半分隠居しているのよ」

「…そうでしたか…」

「母上、父上はいかがですか?」

「変わらないわ…見ていく?」

「…はい。

 お兄様、マリア…来る?」

「僕はいいかな…母上と少し話すよ」

「私は行きます…ご挨拶できれば…」

 そういって、カトリーヌ様と私は国王様のいる部屋に入ることにした。

 

「…!!」

 国王陛下の療養している部屋では、国王様一人が静かに眠っていた。

「…マリア?」

 私の表情が変わったことに、カトリーヌ様が気づいたようだ。

「…カトリーヌ様、少し下がってください」

「…え、ええ、わかったわ」

 私は、それを見て国王様に近づき、改めて瘴気を見つめる。

「…ふっ…!」

 そして私が聖なる力を使い、その瘴気を払った。

「…マリア、まさか…」

「ええ、瘴気ですわ、カトリーヌ様。

 ハンナさんにあった瘴気のかけらと同じ…おそらく」

「ダイナムお兄様、もしくはバレーナお姉さま…」

「そういうことです…」

「んっ…誰かいるのかい、テレーザ?」

「お父様! カトリーヌですわ!」

「カトリーヌか…」

 そういって今までほとんど意識不明状態だった国王様がふっと体を起こした。

「お父様!! 大丈夫なのですか!?」

「…ああ…体が軽いんだ…」

「マリア! ありがとう!!」

 そういってカトリーヌ様は私に抱き着いてきた。

「国王様…私は、カトリーヌ様の侍女、ハンナさんの体調不良の間、侍女の代理をしております、マリア・フリージアと申します。

 御加減よさそうで安心いたしましたわ」

「…ああ、よろしく頼むよ」

「お父様! お父様の体調不良の要因、間違いありません、瘴気ですわ」

「…なんだって? なぜそれがわかったんだ、カトリーヌ?」

 だいぶ回復した国王様が眉を顰める。

「…マリアは、瘴気を払う聖女の力があります。

 アルヴァートお兄様にナイフを向けたハンナにも同じ瘴気の残滓がありました…。

 おそらく…」

「ダイナムか…バレーナ、どちらかだな」

 そういって国王様が考え込む。

「あ、マリア、忘れていたわ、お母様とアルヴァートお兄様を…」

「なんだ、アルヴァートも来ているのか?

 それなら話は早い…心配事を話そう」

 

「父上!」

「あなた!」

 マリアに呼ばれた王妃様とアルヴァート様が驚いた顔で入ってきた。

「ああ、お前たち、マリア嬢のおかげで、どうやら治ったようだよ」

「マリア、助かった! ありがとう!」

 アルヴァート様は私を向いて手を取った。

 やめて! イケメンに手を取られるとかドキドキしちゃうからやめて!

「私からもお礼を…ありがとう、マリアさん」

「恐縮です、アルヴァート様、王妃様…」

「いや、儂からも礼を言おう。

 マリア嬢、助かった…そして聖女の力を持つものを見つけられなかったのは私たちの失敗だったようだな…」

「…もったいないお言葉です」

 聖女の力は通常、子供のころにうっかり使ってしまって見つかることが多いので、聖女の力を使わないようにすれば見つからないようになるのが今回の人生で分かったことだった。

「…父上…マリアはですね…」

 そういって私がアルヴァート様に説明したことを、アルヴァート様とカトリーヌ様から国王様、王妃様に説明していただいた。

「なんと…つまり時が巻き戻る前にはダイナムが私とアルヴァートを殺害し、カトリーヌを国外に嫁がせたのち、婚約者だったダイナムから婚約破棄をされたと…」

「…はい。

 おそらくアルヴァート様の亡きあと、婚約者のバレーナ様を娶り自分が国王になろうとしたのでしょう」

「…なるほどな」

 国王陛下は考え込むことにした。

「…よろしいでしょうか、陛下」

 私は意を決して声を上げた。

「マリア嬢、なんだね」

「この後陛下は、職務へ復帰されるのでしょうか?」

「そうだな、この体調なら休む必要はない」

「…もし陛下が職務に復帰されたらダイナム様は怪しむでしょう、そして陛下に対しても何かの手を打ってくる可能性があります。

 それもありますので、陛下は引き続きご療養中、しかるべきタイミングで公務に復帰ということでいかがでしょうか」

「…なるほど。

 アルヴァート、それでよいかね?

 あぁもちろん、この部屋でできる仕事があれば持ってきてくれて構わない。

 テレーザもいるから、アルヴァートだけでなくカトリーヌのテレーザに回せる仕事も、回してくれ…大丈夫だね、テレーザ」

「もちろん…カトリーヌ、わかったわね?」

 王妃様も優しくうなずく。

「…マリア…いろいろありがとう。

 こうなれば俺もいろいろな調べものを再開できる…」

「いえ…王家の方々の助けになるよう動くのが使用人の仕事ですから…」

 そういって私はカーテシーを作る。

「マリア、もはやあなたは使用人などではないわ…王家にとっての恩人。

 本当にありがとう」

 カトリーヌ様が深々と頭を下げてきたので、慌てて「カトリーヌ様、おやめください!」といったのだが、国王様、王妃様、アルヴァート様はほほえましそうな顔でこちらを見ていた。

 …前回はダイナム様の婚約者として家族だったはずなのに、それほどかかわれなかった方々と、家族になれない今回のほうが絆が深くなったのがすごくうれしかった。

 

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