第2話 それから数年~子爵領の教会にて
そんなことがあってから数年後。
「…ごきげんよう、シスタークレア」
「ええ、よくいらっしゃいました、マリア令嬢様」
今日は例のアルヴァート王子がけがをした後運び込まれる教会に来ていた。
幸い、フリージア家の領地内の教会であり、シスターとも旧知の間だ。
…というか、時間が巻き戻った後領内すべての教会と懇意にして、準備はしていた。
「シスター、今日は図書室で調べ物をさせていただいてよろしいですか?」
「ええ…と言ってもほとんどがフリージア家やマリア様からの寄付のものですので、ご自由にご覧下さい」
そういって妙齢のシスターは微笑む。
この方は、もともと男爵令嬢で、一度は婚約したものの相手の男性の不貞で婚約破棄になり、そのまま人生をはかなんで修道女になったようだ。
相手の男性は子爵令息だったようだが、今では家から追放され、噂では鉱山労働でシスターの実家への慰謝料を払い続けているとか。
私はシスターの許可を得ると、図書室に向かう。
調べ物、と言っても急ぎではないものがいくつかある程度なので、ゆっくりと本を読みながら進める。
今の私の目的はあくまで第一王子様の怪我を直し、その後の第二王子の策略に注意をするよう促すことだ。
「…」
一刻ほと経った頃か。
遠くのほうで急ぐ馬車の音が聞こえた。
「(来たわね)」
バタバタ…と図書室の奥にある応急処置室に誰かが運び込まれる音がする。
その中に若い女性の声で「お兄様、お兄様!」と叫ぶ声が聞こえた。
私はそれを聞いて、すぐに処置室に向かった。
「どうなさいました?」
「あぁ、マリア様…お騒がせしました。
実は、けが人が運び込まれまして…ここは病院も遠いのでここでとりあえず安静にしていただいて、お医者様を呼ぼうかと…」
ベッドの上にはけがをした王子様とそれによりそう彼の妹、第一王女のカトリーヌ様の姿があった。
「…シスター、私回復魔法が使えますわ。
以前、一度だけ使ったことがあります」
「それは本当でございますか!
では一度見てくださると助かります…どうやらひどいけがでして…」
「わかりました…失礼いたします、王女様」
「あ、あなたは…」
到底医師には見えない小娘が王子に近づこうとしたのが気になったのか、カトリーヌ様がふっと警戒した。
「彼女はこちらの領主のご令嬢です。
回復魔法が使えるとのことですので、応急手当をお願いしました」
「そうですか…ではお兄様をお願いします」
そういってカトリーヌ様がアルヴァート様から離れる。
それを見届けると私はアルヴァート様の手を握り、心の中で「神よ、この者を救い給え」と唱える。
スゥーっと傷が消えていく…前世では助けられなかった彼を助けたような気になっているが、彼の死因はここでの怪我ではなく、ほかでもない婚約者と弟に盛られた毒なのだ。
「…これでもう大丈夫です…あとは…えっ!?」
「あ…あなた何者なんですか!?」
シスタークレアも、カトリーヌ様も信じられないという顔をしていたが、カトリーヌ様は更に化け物でも見るような顔でこちらを見ていた。
「…か、回復魔法を…」
「並みの回復魔法ではあのような重傷は治せません!
それにここまで私が使える中級の回復魔法を何度もかけましたが、まったく言えなかった傷が…なぜあんなに簡単に!?」
カトリーヌ様は王家の中でも魔力が強い方で、回復魔法などはお手の物なのだが、今回はあまり効果がなかったらしい。
アルヴァート様を助けたんだけどなぁ…なんでこんなに非難するような目で私を見てるのかなぁカトリーヌ様は…。
「…えっと…」
「…マリア様…あなた、何か隠しておいでですね?
すべてお話しください…」
シスタークレアも少し非難するような顔でこちらを見ていた。
もちろん「なんでもないですよ、テヘペロ☆」と言っても許されそうな空気でもなく、私は俯きながらこう答えることにした。
「…すべて、お話しします…。
ですが、これはすべてご内密にしていただきたいことなのです…」
アルヴァート様が目が覚めたら伝えるようにとカトリーヌ様の護衛の騎士の方(前世でも見たことがある、カトリーヌ様に最後までついていく忠誠心の高い騎士だった)に任せ、私はシスタークレアに連れられ、カトリーヌ様とともに応接室へと向かった。
「…ここならほかの方には聞かれません…ではお話しください」
有無を言わさぬシスタークレアに促され私はすべてを話した。
前世では聖女として第二王子の婚約者だったが、婚約破棄され逃げる途中におそらく絶命したこと。
その最中に時間が戻ったらしく、聖女として認められる前に来れたこと。
第二王子には婚約者ながら大切にされたなかったため、第二王子には関わりたくないこと。
そして第二王子が第一王子の婚約者と結託して、第一王子の暗殺とカトリーヌ様の国外への婚姻を画策していること。
さらに第一王子は、自身の婚約者と第二王子に毒殺される運命であること。
「…以上でございます…聖女の力は今世でも問題なく使えましたし…アルヴァート様の怪我を直せばこのことを聞いていただけると思っておりました…」
まさかあんな非難めいた視線で問い詰められるとは思わなかったが。
「…私はどうなっても構いません…これが嘘だとお思いなら処刑してください。
それでも…ダイナム王子が国王になり、国がなくなっていくのが耐えられないのです…」
そういって最後に私は頭を下げた。
「…どう思いますか、シスター」
怪訝そうには思っているだろうが、先ほどとは打って変わって優しい口調で、カトリーヌ様はシスターに意見を求める。
「…私には何とも。
ただ、昔からマリア様とは懇意にさせていただいておりますが…嘘をつかれるような方ではないことだけは保証いたします」
シスターの声も非常に柔らかないつもの声に戻っていた。
「…わかりました。
にわかには信じがたい話ですが…ここで起こったことはすべて内密にしましょう。
「…そうしていただければ…」
「ただし!!」
そこでカトリーヌ様は人差し指を立てて、白魚のような手を私の前に突き出す。
「少なくともしばらくは私の近くにいてもらいます。
アルヴァートお兄様の危機をあなたなら救えますわね?」
「…は、はい…」
有無を言わさないカトリーヌ様に、私はたじたじとなりながら答える。
「…ちょうど私の侍女が体調不良で長期休暇に入ります。
その間私の侍女代理として、私の…いえ、アルヴァートお兄様のそばについていてください」
未婚女性にとって代理でも王宮で勤務するというのは名誉なことだ。
今の王家であれば、国王夫妻、アルヴァート様・ダイナム様に並んでカトリーヌ様付の勤務は限られた者しか携われない職でもある。
しかも、最も女性が働きやすいといわれるカトリーヌ様付侍女とあれば、やりたいものが列をなしてやってくる立場だ。
「…私でよろしければ、お受けいたします」
「…よかったわ。
あなたに断られたら、アルヴァートお兄様をお助けすることができなくなりそうだったし…」
断らせないような、有無を言わさぬ圧があったと思うのですが…そんなことはおくびにも出さず…。
「いえ…そんな…」
と、そんな話をしていた時、部屋がノックされた。
「どうぞ」
シスタークレアが返事をすると、アルヴァート様についていたカトリーヌ様の護衛の騎士が部屋に入り、「アルヴァート殿下が目を覚まされました」と報せに来た。
「行きましょう、シスター、マリアさん」
「…ええ」
カトリーヌ様、シスタークレアとともに私は処置室に戻る。
「お兄様!」
「…あ、ああ、カトリーヌ…ここは…」
「フリージア領の教会ですわ…お体は…?」
「え、ああ…あれだけの怪我をしたのに、なぜかすごぶる快適なんだ…痛みも、それ以外の体の重みも全く感じない」
「…よかったですわ…あ、こちらが教会のシスター、クレアさんです」
そういってカトリーヌ様はシスターを紹介する。
「…そして、今回回復魔法をかけていただいた、フリージア家のご令嬢、マリア様ですわ」
「…君が、今回の回復魔法を…?」
アルヴァート様が驚いたような顔をする。
「…はい、かけさせていただきました」
「…いや、しかし…あの怪我で…しかもこの体の軽さ…」
不思議そうな顔でアルヴァート様は考え込む。
「お兄様…マリア様は、私について王城に来ていただきますので、後ほど馬車の中で…」
カトリーヌ様がそういって私に目配せしたので、うなずいておいた。
「そうか…わかった」
アルヴァート様も不思議そうな顔でうなずいた。
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