第2話 ハナちゃんの正体
「帰る場所、わからないの?」
ハナちゃんは小さくうなずいた。
ツキが横にいるものの、見知らぬ場所へ来て少し不安なようだ。ツキの服をぎゅっと握っている。
それを見たフウは、笑ってみせた。
「私はフウ。ツキの幼なじみ……えっと、つまりうーんと小さい頃からの友達よ。あなたの名前、教えて」
「ハナちゃん」
「ハナちゃん?」
「あ、違うよ、それ。ハナちゃんっていうのは、ぼくが勝手につけた名前なんだ。ハナちゃん、さっきぼくに言った名前の方、もう一度フウに言って」
ハナちゃんはまた、ツキが聞き取れなかった長い名前を口にした。フウもわからなかったらしく、目が点になっている。
「フウ、わかった?」
「わかんないけど……わかった気がする」
「フウにはわかるのか。やっぱり人間のぼくじゃ、無理なのかな」
フウは「
彼らは人間とほとんど変わらない姿を持っているが、必要な時にはその背に白い翼が現れる。魔法は人間と同じように鍛錬した者にしか使えないが、翼で飛ぶことは誰にでもできるのだ。
その翼をねたんだ人間に騙され、殺されかけた彼らの先祖が、人間が簡単に来ることのできない山頂に村を作って住むようになった、と言われている。
その話が事実かどうかはともかく、白翼人はそのほとんどが山頂に住んでいるのだ。
たまに人間の街に隠れ住んでいる者もいるが、その時は少し尖った耳をプラチナブロンドの長い髪で隠す。それさえ見せなければ、人間に紛れることは造作もない。
村では隠す必要がないので、小さいが上部が少し尖ったフウの耳も今は見えている。この村で白翼人でないのは、ツキとネマジだけだ。
「私が考えたことが当たってるかどうか、まだわかんないわよ。ねぇ、ハナちゃん。あなた、もしかして竜……その姿からして
ハナちゃんは首をかしげる。
「とう様がそれっぽいこと、いってたかなぁ」
ハナちゃんのその言葉に、フウが息を飲む。
「ツキ、ハナちゃんを見付けた場所へ早く連れてって。大変なことになるかもよ」
「え、あの、フウ?」
急に立ち上がったフウに腕を掴まれ、目を白黒させながらツキは再び村を出たのだった。
☆☆☆
花竜は、地竜に属する種族だ。他の種族とひとくくりにして、地竜と呼ばれることもある。
花の蜜や生気で生きると言われ、妖精の生態にも似た、しかしれっきとした竜だ。
彼らは結界を張り、その中の別次元で暮らしていると言われるが、姿をほとんど見せることがないので正確なところは定かではない。
特に人間を嫌っている、ということではないらしいが、その辺りもあいまいだ。 フウも花竜を見たことはない。だが、人になった時の姿がどのようなものか、聞いたことがある。
まさに、今のハナちゃんみたいな姿だ。美しいという言葉を形にしたような姿らしい。
ハナちゃんは小さいので、きれいと言うよりはかわいい。しかも、ものすごーく。
あの聞き取れない名前も、竜独自の言葉なら納得できる。ハナちゃん自身は自分が何者かを認識していないようだが、さっきの言い方だと十中八九、間違いないだろう。
「フウ、ハナちゃんが花竜だとして、何が大変なことになるのさ」
「白翼人にしろ、人間にしろ、自分の子がいなくなったら焦るし、心配もするでしょ。竜だってそれは同じ。知らなかったとは言え、今は花竜の子を連れ去った状態なのよ。花竜の親が怒って村に怒鳴り込んで来たら、大変じゃないの。穏やかだって言われる花竜だって、子どものことに関してはそうじゃないだろうし、万が一にも仲間を引き連れて村へ来たらどうなるかわかったもんじゃないわ」
「なるほど……」
竜の姿を見たことはないが、ツキにもさすがに大変そうだ、ということは理解できた。
「だけど、ハナちゃんを見付けた場所へ行くだけで、何とかなるのかな」
「それは何とも言えないけど。たぶん、近くに結界の入口みたいなのがあるんじゃないかしら。その辺りにいれば、親が出て来るかも知れないでしょ」
フウとしても、確実なことは何一つ言えない。
ただ、起こるかも知れない親の襲撃を村で待っているより、ハナちゃんを見付けた周辺にいた方が、最悪の事態は避けられる。花竜側も、見付けやすいはずだ。
ツキをはさんで右にハナちゃん、左にフウが並び、ハナちゃんを見付けた場所へ急ぐ。
「ねぇねぇ、ツキもハナちゃんのおうちに来る?」
「え? 花竜の棲む場所なら、行ってみたいと思うけど」
「ツキ、不用意なことは言わないのっ」
言いながら、フウはツキの耳を引っ張る。
「まだ花竜と決定した訳じゃないのよ。万が一、ハナちゃんが魔物だったりしたら、あんたは魔物の巣に招待されることになるんだからねっ」
ツキの右側にいるハナちゃんには聞えないよう、フウはツキの耳元で恐いことをささやいた。
「……気を付ける」
だが、ツキにはとてもハナちゃんが魔物とは思えない。
ワンピースと同じく、ふわふわと表現したくなるようなかわいい女の子が、魔物ということがあるのだろうか。
……そうやって、魔物は人間を騙して喰うのだが。
「村へ戻る前も、ハナちゃんのお父さんかお母さん、いませんかって周りに声をかけたんだけど……ハナちゃんって言ったんじゃ、向こうはわからないよね」
「一番原始的な捜し方をしてたんだ……」
せっかく学んだ魔法の力を、どうしてそういう時に使わないのだろう。
フウは魔法を使えないのでわからないが、何か別に方法があったのではないか、と思ってしまう。
「あ」
ハナちゃんが小さく声を出した。
ツキとフウが前方を見ると、背の高い人がふたり、周囲をきょろきょろと見回している。
ややくせのある長い金の髪は、ハナちゃんとよく似ていた。顔は遠目でも整っているな、というのがわかる。
この場でこういう姿の人が、偶然に現れるとも思えない。ハナちゃんの関係者だろう。
だとすると、彼らも花竜なのか。そんな相手に、どう声をかけたものだろう。
彼らに「ハナちゃんの家族の方ですか」と言ったところで、そうであっても通じるはずがない。
悩んでいるうちに、向こうがこちらの気配に気付いた。
「……様!」
何やら長い単語が出たが、さっぱり聞き取れなかった。
たぶん、ハナちゃんの名前を口にしたらしい。ハナちゃんが言っていた言葉に何となく似ていた……ような気もする。
金髪のふたり組は、二十代前半くらいの若い男性だった。見た目の違いがほとんどないので、双子だろうか。
やはりその容姿はとても整っていて、近付かれると
「お前達が……様をさらったのかっ」
「ほら、やっぱり誤解された!」
相手の言葉に、フウが怒りの矛先をツキに向ける。ツキは慌てて否定した。
「違いますっ。たまたま近くを通りかかって、連れて行っただけです」
「……バカ」
これでは頭に血がのぼりかけている相手に「さらった」と取られても仕方のない言い方だ。横ではフウが、ツキの表現の下手さ加減にあきれている。
「……様を傷付けようとする者は容赦せん」
「ちょーっと待って!」
似た顔立ちの美形ふたりに迫られ、ちょっと圧倒されてしまったが、ここでおとなしくしていたら何をされるかわかったものじゃない。
彼らの手に武器らしき物はないが、相手が本当に竜であれば、そんな物に頼る必要はないのだ。
ツキはあてにできないと判断し、フウが説明した。
「この子が迷子になって帰り方がわからないって言うから、彼は保護してとりあえず近くの村へ連れて行っただけ。だけど、この近くに親がいるかも知れないからって戻って来たのよ。さらったなんて、言いがかりもいいところだわ。そんなに大切なお嬢さんなら、迷子にならないようにちゃんと世話してあげなさいよっ」
どう見ても、目の前のふたりはハナちゃんの両親には見えない。少なくとも母親ではないはず。それに、呼び方が様付だった。
どんな身分か知るところではないが、ハナちゃんは人間で言うところのお嬢様で、彼らは世話係といったところ。
相手が親だとしても言うことは言っただろうが、とにかくフウは自分達の正当性をしっかり訴えた。
「……様、本当ですか」
ツキの右手を両手で握っているハナちゃんに、ひとりが尋ねる。
「うん」
にっこりと、まさに花が咲いたような笑顔でハナちゃんは答えた。
「事情も伺わず、失礼をいたしました」
「……様を保護してくださったこと、感謝いたします」
ふたりの男性は、上品に頭を下げて無礼を詫びた。
「いえ、わかってもらえたらいいんです。あの、ハナちゃんやあなた達は花竜、ですか?」
「ハナちゃん?」
フウの質問に答える前に、ふたりは聞き慣れない名前に首をかしげた。
「あ、ごめんなさい。何度聞いても聞き取れなくて、ぼくが勝手にわかりやすい名前を付けたんです。ハナちゃんもいいって言ってくれたので」
大切なお嬢様に何て名前を付けたんだ、とクレームが来るかと思ったが「そうですか」とあっさり納得されてしまった。
「我々の名前はあなた方の発音とは違うので、聞き取れないのでしょう」
「確かに、我々は花竜です。……様、あなた方の言う『ハナちゃん』は、我々の大切な方の愛娘。目を離したわずかの間に姿を消してしまわれ、お捜ししておりました」
状況としては、予想通りといったところだ。
しかし、本当に花竜に会えるとは思ってもみなかった。わずかな時間ではあるが、花竜の子どもと一緒にいた訳だ。貴重な体験である。
ネマジに言ったらどう言うだろう、と考えたツキだが、寝ぼけてたんだろう、というあっさりした答えが返ってきそうな気がした。
「……様、戻りましょう。みな様、心配なさっていらっしゃいます」
「やだ」
かわいい声で「はーい」と返事するかと思いきや、ハナちゃんはきっぱり拒否した。
「……様、わがままをおっしゃらないでください。戻らないとおっしゃるのであれば、これからいかがなさるおつもりですか」
「もっとツキとお話する。ツキと一緒がいーの」
ツキの手を握りながら、ハナちゃんはツキの後ろに隠れた。
「え……あの、ハナちゃん? おうちにはちゃんと帰った方がいいよ。ぼくと話がしたかったら、またさっきの村へ来ればいいんだしさ。ぼくはあの村に住んでるから」
「だって、行っちゃダメって言われるもん」
「おうちに帰りたかったんじゃなかったの? 最初に会った時、おうちがわからないって泣いてただろ」
竜でも子どもだと泣くんだな、とツキは今更ながらにそんなことを考える。
「ツキと会ったから、もういーの。帰らなくてもへーき」
「あらあら。ツキってば、ずいぶん懐かれちゃったわね」
そんなにハナちゃんの気に入るようなことをした覚えはないのだが、ハナちゃんはツキにぴとっとくっついて離れようとしない。
世話係のふたりは、困った顔をしている。それを見て、ツキも困った。
「花竜は結界の中の異次元で暮らすって聞いたことがあります。ハナちゃんは、そこから外へ出てはいけないって言われてるんですか?」
結界は、外からの侵入者を防ぐ。だが、中から外へ出ることは容易だ。それが竜自身なら、なおさらだろう。
せっかく滅多に会えない花竜に会っているのだし、この状況が状況なので、フウは聞きたいことをはっきり聞いてみた。
「……様はまだ幼いので、まだ単独では。成長すれば、自由に行き来できます」
モザの村でも、子どもが一人で村の外へ出るな、と言われる。
白翼人は人間と違って何かあれば飛んで逃げられるが、子どものうちはまだその翼も未発達。逃げ切れずに獣などに襲われるかも知れないので、禁止されるのだ。
単なる村と竜の結界を一緒にしては怒られるかも知れないが、似たようなものだろう。未熟な子どもが外へ出るにはまだ早い、といったところだ。
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