ひとり焼肉 いちぼ4枚目

 ネオンが光り輝く、通路を抜けると

 今度はガチャガチャとパチンコの

 音楽やパチンコ玉が落ちる音が響く店舗の

 横を歩いた。


 時刻は、夜の8時過ぎたところだった。


 やっと自分の時間ができたと安堵した。


 あるお店の自動ドアが開いた。


 消毒液のポンプと、体温計を丁寧に

 測って、中に入る。


 威勢のいい店員数名が大きな声で


 「いらっしゃいませ。」

 と叫んでいた。


「空いてる席にどうぞ。」


 ちょうど入っていた時間帯は

 お客さんがいなかったため、

 希望通りの席に座れた。


 ここはひとり焼肉専門店『極み』

 それぞれパーテーションで

 区切られている。


 オレンジ色のおしゃれな模様が

 描かれている七輪が各テーブルに

 置かれている。


 割り箸は、竹で出来ていた。


 トングは先が丸くドーナツのように

 なっていて、つかみやすい。

 

 お肉だけじゃなくて、おつまみも豊富。

 さきいかや、枝豆など数え切れない。 

 もちろん、お酒の種類も多い。

 ビールや、酎ハイ、芋や麦焼酎

 日本酒、ウィスキー、ハイボール、

 女性も嬉しいカクテルもあった。


 もっぱら、瑞季は、麦焼酎を頼んで、

 ひとり焼肉を堪能していた。


 ここのおすすめは店長イチオシの

 ネギ塩牛タンにんにくしょうゆだれ。

 白い麦ごはんとともに食べるのが

 絶品だった。


 希少部位のイチボやザブトンも

 捨てがたい。


 A5ランクの牛カルビも、忘れずに

 いただく。


 ひとり焼肉専門店ということもあって、

 気兼ねなく、ジュージュー焼けるし、

 マイペースでできるのが

 瑞季にとっては合っていた。


 焼き加減に争わないということで

 カップルや夫婦も訪れているようだった。


 2人で来ても、

 1人専用の七輪が置かれているのだ。

 人間、好みが違うし、

 それぞれ焼き加減も決めたいという人には

 時代に沿った店なんだと思う。


 女性1人でこの店に入るのは

 珍しいのか店員にジロジロと

 見られていたが、

 そんなことを

 気にせずに黙々と焼いては食べ、

 ご飯を頬張る。


 焼いていくうちに肉汁がじわじわと

 溢れ出てくる。


 焼肉のタレの浸った白ごはんの味が

 なんとも美味しい。



 仕事でむしゃくしゃしたときや

 ストレスがたまったときは

 ここの焼肉屋でひとり満喫するのが

 瑞季にとってのストレス発散方法だ。



「はぁ、美味しい。最高。」


 箸を箸ふくろを折り紙のように作った

 箸置きに置いて、両手で頬を押さえた。 

 

 カウンターに座っていた瑞紀は目の前で

 お肉を準備している店員に

 気づかなかった。

 ハッと恥ずかしいと思って

 下を向いた。


「いつもご利用いただいてますよね。

 ありがとうございます。」


 店長の長谷川凉太はせがわりょうたは、瑞季に声をかけた。


「あ、はい。

 覚えてましたか?

 ここの牛タン目当てで来てるんです。

 とても美味しいです。」


 両脇にサラリーマンに囲まれた中での

 会話だった。


 瑞季の2つ席離れたところに

 30代くらいの男性が

 店長の会話を横目に

 肉を頬張りながら

 聞いていた。


 かけていたメガネをかけ直す。

 危なく、七輪で焼いていたカルビが

 焦げるところだった。


 慌ててトングでひっくり返す。

 焼き加減を確かめて、

 タレにつけて、味わった。



「これ、おすすめのお塩なんです。

 岩塩って知ってますか?」


「ヒマラヤピンク岩塩?」


 瑞季は店長の長谷川から渡された

 透明な可愛い小瓶に入った

 裏メニューのお塩をマジマジと見た。


「そうなんです。

 高級なお塩なんですけど、

 お好きなお肉にタレをつけずに

 その塩をつけて召し上がって

 みてください。」


 何故だか特別感があって嬉しかった。


「んー! 美味しい。

 シンプルだけど、味わい深い。

 お塩なのに!

 ありがとうございます。」


「常連さんにだけのサービスです。」


「あ、本当ですか。

 そしたら、また絶対来ます。

 その岩塩、また出してくださいね。」


 瑞季はテンション高めに

 皿に残っていたお肉をお塩で食べ切った。


 両手を合わせて、丁寧に


「ごちそうさまでした。」


 店長の長谷川にぺこりとお辞儀をして

 退席した。


「お客様、お帰りです。」


 バインダー伝票を会計に持っていこうと

 すると長谷川がスタッフ全員に声を

 かけた。


 全員が


「ありがとうございました!」

 

 と叫んでいた。

 


 いつもと違う接し方に困惑したが、

 嬉しかった。


 気分良く、お店を出る。


 自動ドアを出て、

 スマホの画面をチェックすると

 不在着信が入っていた。


 すぐに緑の通話ボタンを押した。



「もしもし?」



『瑞季、今、どこ?

 俺、時間できてさ。

 会えないかな?』



「え、駅前のひとり焼肉店にいた。」


『は?1人焼肉?俺も誘えって。

 そうやって、全部1人で行くんだから。

 薄情なやつだよな。』


「そう言うけど、あんたが暇な時なんて

 把握してないよ、こっちは。

 私とあんたは都合の良い関係

 ですから…。」


 小さな小型犬が耳を小さくするように

 申し訳なさそうな態度で答える。


『ごめん、悪かったよ。

 でも、仕方ないだろ。

 色々あるから。

 今の関係の方がいいって

 瑞季が言ったんだろ?』



「それはそうだけどね。」



『んじゃ、居酒屋行こう。

 チャンジャとモツ煮が美味い店

 あるんだよ。』


「あー、個室がある居酒屋だよね。

 『福々』でいい?」


「そうそう、そこ。

 んじゃ、現地集合ね。」


 一瞬で通話終了となった。

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