ryoji's birth story 〜父親編

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修二の視線から見た誕生の日の物語。長男ver.

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何を選ぶのが正しいのだろうか。

何年も願い待ち侘びた待望の子どもだから、あれもこれもOKしがちだったが、全てを受け入れていては流石にキリが無い。

それでも夫婦揃って意見が一致した物は喜んで受け入れたものだ。

我が家の息子と娘が産まれた病院は、陣痛による入院から出産までを専門スタッフが撮影してくれるという、人気のサービスがあった。

命産まれ出る場、記録に残るという事は幸福なシーンだけが残るわけでも無く、それは我が家の場合も例外では無かった。

勿論それらはオプションでかなりの価格がするのだが、誕生の瞬間を記録に残す事が出来るのだからそれは人気だろう。



何とか漕ぎ着けた亮二の出産。

桃瀬も俺も初めて経験する事だらけでマタニティライフは心配事ばかりだったが、だいぶ早かったものの我が家に誕生した愛しい存在。

今では発達は平均より遅く、まだまだ小さいながらも元気いっぱいに育ちここまで成長した事。

それは奇跡だと思う。

そんな息子は、もうすぐ三歳になる。


ある日、仕事から帰宅すると、あの頃はまだ一緒に暮らしていた義妹の歩美ちゃんが、ダイニングで桃瀬の腰をマッサージしていた。

それはただ腰痛改善のマッサージではなく、それに桃瀬の表情も苦痛で歪んでいた。


そもそも初期の頃から、お腹が痛いだとか悪阻で寝込んだりとか、そういう事も度々あったものだから、このタイミングで陣痛がやってくる事も心の何処かでは覚悟はしていた。


「はぁ、はぁっ、はっ…何でこんなに痛いの?痛いっ…う゛ぅ」

「産まれるからだろ?だが、だいぶ早いな。旅行で無理しすぎたか…」


つい昨日まで行っていた職場の職員、旅行に夫婦揃って参加していた。




どうして連絡をよこして来なかったのか問うと、それは普段から感じていた腹痛だと思っていたらしい。

何を言っているのだろうか。

顔を歪ませ、冷や汗が出ると言いながら呼吸を乱す程の腹痛が今までにあっただろうか。

痛みというもの、こればかりは本人にしかわからないのだ。


「強くなってきたか?」

「…うんっ、あのさ、痛み来たら腰、押して欲しいの。押しながら強くさする感じ…」

「こんな感じで大丈夫か?」

「んっ…こんな痛いなんて聞いてない!」


口にはしなかったが、桃瀬が今感じている痛みは、きっとこれから更に強さを増すに違いない。

こんなに力を入れて大丈夫なのかと思う程、言われた通りにマッサージするが、本人にとってはそれが良いらしい。

妊娠八ヶ月、まだまだ予定日までは早く、少しでも長く母体に留まり育って欲しいと思いながらも、心のどこかではこのまま産まれてしまうのだろう、そんな覚悟も抱いていた。



病院に連絡を入れると、そのまま来るよう指示を受ける。

マンションのエントランスへ降りるだけでも一苦労で、痛みに苦しむ桃瀬をフォローしながら向かう。


「車、持ってくるからここで待ってられるか?駐車場まで歩く?」

「ここで待ってていいかな…あっ、待って、痛いよ…」


その場で足踏みをし、痛みを逃す桃瀬。

お尻周りを摩ると楽らしく、言われた通り力を込めながら摩る。


「違う!もっと…下!」


桃瀬にしてはキツイ言い方だと思ったが、そんなことは気にしていられないし本人もそれどころではないのだろう。

ワンピースを着ていると、お尻は結構は下の方にあるものだ。

壁に手をつき、腰を突き出す姿勢の横で再び摩るが俺も腕が痛い。

しかし、そんな事は言えるわけもなく、何よりこれから命を産み出す本人の方が更に痛いに決まっている。


「あの…大丈夫ですか?救急車、呼びましょうか?」


同じマンションの住民なのであろう女性が声をかけて来た。


「ありがとうございます。でも大丈夫です。その、陣痛で…」


女性は『ハッ!』とした表情を見せると頷き、『頑張って』と笑顔で一言残しエントランスへと消えて行った。

大急ぎで駐車場へと向かい車へ乗り込むと、一度深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

いよいよ誕生する息子。

そして長く願ってきた父になる。

それも大好きな、一度は離れた相手との子。

会えるその瞬間が楽しみで仕方ない。


「待たせたな。乗れるか?」

「今、無理…待って…」


腰を左右に揺らしていたかと思えばしゃがみ込み、既に十分間隔ではないであろう陣痛が終わるのを待つ。


「もう大丈夫…」


一度車を降り助手席の扉を開けて乗せると、リクライニングにしたいとの希望で横向きになりながら車を走らせた。

痛みには弱い方であろう桃瀬が、終わりの見えないこの痛みを早く終わらせてやりたい。

数分毎にやってくる、車内の唸り声と乱れた呼吸音を気にしながらもまずは安全運転第一だ。


「あっ!ちょっ、破水した…!!」


出産では先に破水することがあると情報を得ていたし、そういう事も想定していたが、実際その時を迎えてみると思考と行動が追いつかない。

破水したら、すぐそこまで赤ちゃんが来ているということなのか?

俺がここで取り上げるのか?

隣に視線を向けると、桃瀬の姿勢は横を向いたまま、脚を開こうとする様子もなくどうやら赤ちゃんが出てくる様子は無さそうな気がする。


「まさかもう出てくるとかじゃないよ…な?」

「それはないでしょ、破水しただけだもん。」

「バスタオル、バッグに入れてあったよな。待て、今出すから。」


取り出したバスタオルをお尻の下に敷き、再び走らせる。

痛みの逃し方もコツを掴んだらしく、声を上げる事なく落ち着いて逃せているようにも見えた。


「そろそろ着くぞー?」

「…うん」


裏口になるべく近い場所に駐車し、荷物を持ち院内の産科のナースステーションへ向かうが遠く感じて仕方ない。

途中、痛みを逃して到着すると早速内診をするという。

赤ちゃんは元気に動いていて、子宮口は四センチらしい。

元気に動いているということは、まだ産まれないらしく出産に近づくにつれて胎動が少なくなってくるとのこと。


妊婦姿の桃瀬も結構魅力的で、裸で抱き合っている時なんかはその大きなお腹を気にしながらもメチャクチャに愛したい思いでいっぱいだった。

何日か前にもその衝動に襲われ行為に及んだが、それが妊婦姿の桃瀬との最後のセックスになってしまったのは残念で仕方ない。

しかし陣痛中の妻の前で、こんな事は決して口にできるわけないし今は心の中に留めておく。



あんなに辛そうにしていたのに、目の前にはベッドで横になりながら俺と談笑している桃瀬がいる。

お腹にはモニターを付けトクトクと鳴り響く赤ちゃんの心音が室内に広がると、いよいよその時も近いのだと再認識させられる。

笑顔でいると思えば、顔を歪ませ苦しみ出す姿にどうするべきなのかわからず戸惑う。


「んあぁっ!もう、痛いっ。痛すぎる」

「頑張れ、少し早いけど赤ちゃん元気に動いてるってよ。」


最初のうちは痛みを訴えていたのが、時間が経つにつれて力を込めるように呻き声をあげながら痛みに耐えている様子に不安を抱き看護師に問う。


「これ、大丈夫なんですか?」

「段々陣痛も強くなってくるんですけど、お産が近づいてくるといきみたい感覚が自然に出てくるんですよ。奧さんもその段階に入ってきたので自然なことです。ちょっと内診してみましょうか。」


額に滲む汗をタオルで拭き取ると、ペットボトルのミネラルウォーターを求める桃瀬に手渡す。

既に着替えている出産着の胸元がはだけ、胸元どころか乳輪までチラチラと見えるが今はそれどころでは無く、さりげなく直してやるとキツく手を握られ、そして力のその強さに驚いた。

助産師によると、今は子宮口が全開になるまで待って赤ちゃんが降りてくるのを待つしかないらしく、出産をする女性が一番辛いと思うが付き添う方もなかなかの体力勝負なのだと今になって知るのだった。


「無痛にすれば良かった…私が死んだら赤ちゃんの事お願いね。」

「訳のわからん事言うなよ。」


痛みに弱い桃瀬が喘ぎながら耐えるその声は、あの場では言えなかったが俺を興奮をさせた。



母体を何度も襲う痛みの合間に休息を挟みながら時間を過ごしていたが、ふと気付くと寝息を立ていた。

あんなに騒いでいたのに、陣痛の痛みは大丈夫なのだろうか。

助産師が進行の具合を確認すると、陣痛が弱まっているという。


「賀城さん、陣痛弱まってる?」

「痛み、弱まってる気がします。」


そして驚いた事に、そんな俺ができることは『桃瀬のとある場所を刺激してやる事』らしい。

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