第76話 【飛翔魔鎧】飛行の姉

 車内で俺は黒い魔導鎧を見つめている。


 魔導鎧はは俺達を空に連れて行ってくれる翼だ。

 機械槍と同じく旧文明魔導兵器のコピー品で、背中や脚部にある魔導スラスターで飛行可能。自立思考してスラスターの制御や装着の補助までしてくれる便利装備だ。


 魔導鎧はバックパック型の待機状態で俺を待っており、車に固定していたベルトは既に外してある。


 いつも着ている豪華な黒マントを脱いで小椅子状の装着待機場所に座ると、展開された魔導鎧が俺のことを包むように装着されていく。


 自動で降りてきてしまった多目的バイザーを上げる。


 黒マントを羽織り直してから車の壁に固定された鏡を見ると、そこにはちょっと背の低い黒髪黒目の俺が黒鎧に黒マントを付けた姿で立っている。


 革鎧装備から出世したものである。

 兜の側面から通信用のアンテナが伸びているところと、脚部と背中には魔導スラスターが存在を主張しているところが普通の鎧とは違う。


「クロ〜! 早く倒してお昼にしよ〜!」

「今行くよ」


 おねえちゃんが呼んでいるので素早く機械槍を肩から下げ、転がっている槍を立てかけておきハッチを開いた。


 外で待っていたおねえちゃんは暗い青色の魔導鎧に身を包んでいて、腰に手を当ててやる気十分だ。


 ローズも赤色の魔導鎧を身に纏い可動域を確かめるように体操している。


 二人の機体は俺のと違って両腕の装甲に物騒な砲口があり、背中のバックパックから細い副腕が伸びている。

 砲口はアームキャノンという魔導鎧の主兵装で、貫通力のある砲弾を連射可能な強力な武器だ。

 背中の副腕については新しく導入した装備なので詳しくは知らないが、ガッシリ機械槍を掴んでいる様子を見ると何となく想像は出来る。


「今度は僕も行くよ! ドラゴンが出たんだって? 車は隠すから安心して!」


 急にドラゴンが出たので元気になったエルフが居る。

 起き上がってすっかり元気になっているアルテは空色の目を輝かせた。銀に近い金色の髪はサークレットで纏められていて、白いコートの上に俺と同じ黒マントを羽織っている。背中には大きな黒い弓を背負っていて準備万端だ。


 俺が魔導車から降りてハッチを閉じると、彼女は素早く草木が張り付けられた大きな布をかけて隠してしまった。


 外からは草木の付いた岩にしか見えない!


 綺麗にカモフラージュされた魔導車を見て頷いたアルテは、両手を振り回して俺達の事を急かす。


「早く行こう! すぐに行こう! 空飛ぶドラゴンは逃げ足が速いぞ!」


 彼女はガルト王国に例外を除くと四人しかいないレベル十四以上の存在、ドラゴンキラーだ。


 ガルト王国にはレベル十三相当の強力なドラゴンが定期的に飛来していて、その脅威に対抗するために東西南北にドラゴンキラーが配置されていた。


 彼女の担当は元々東だったのだが、最近俺達が大陸の南東にあるドラゴンの湧きだすダンジョンをブレイクしたので、完全に自由の身。


 元々好き放題に飛び回っていたが更に自由になったアルテは、俺達の開拓を見物する手土産として魔導車を借りてきてくれたのだ。


 ドラゴンの専門家の話を無視するわけにはいかないので、早速飛ぼうと思った俺にローズから待ったがかかる。


「クロ! ここはガルト王国内だから十メトル以上の飛行は基本的に禁止されているわ」

「そういえばそうだった……。何か手はないのか?」


 ガルト王国はドラゴンが飛来する関係で、高空での飛行は禁止されている。

 ドラゴンは空を飛ぶものなら鳥や小さな虫にさえ対抗心を持って挑みかかっていく迷惑な生き物なので、空を飛ぶとドラゴンを引きつけてしまうからだ。


 俺の質問にニヤリと笑ったローズは法の抜け道を教えてくれる。


「特措法の一つで崖を乗り越えるときに『跳ぶ』することは許されているわ」

「崖を飛び越えるのは大丈夫なのか」

「飛び越えて行こ~!」

「行こう! 行こう!」


 おねえちゃんの号令に頷いた俺達は魔導鎧の多目的バイザーを下ろすと五メトルほど浮上し、魔導スラスターの推力で地面と平行に飛行する。

 一人だけ魔導鎧を付けていないアルテは、驚くべきことに木の枝を飛び跳ねることで俺達に並走して涼しい顔だ。


 高レベル者の理不尽さを横目に眺めつつ、丸い板状の魔道具を握りしめたローズの先導で俺達は深い森に再突入する。


 #####


 俺達は深い森の中空で木を縫うように飛んでいる。


 五メトル程度の高さなので木の間をすり抜けるような飛び方になっているが、地形をある程度無視できるから歩行で移動していた時よりもずっと速い速度で元居た場所までやってきた。


 両端を崖で囲まれた地形だが、この崖を『跳躍』してしまえばドラゴンの逃げた方向へ直行できるはずだ。


 魔導鎧に搭載されている無線機を使ってローズが俺に頼んでくる。


 =クロ、アルテを運んでもらっても良い?

 =了解だローズ。


 兜の右側についたアンテナのお陰で通信の感度は良好だ。


 俺は崖の下で昆虫をつついて遊んでいるアルテをひょいと担ぐと、地面を蹴る事で一気に加速して崖を急上昇する二人を追う。


 二人も崖を蹴ることで加速しているのですぐに追いつくことは出来ないが、俺の機体は砲の無い分機動力が高いので、アルテを担いでいてもだんだんと二人に迫っていく。


 二人に追いつく前に崖が途切れて、目の前に広がるのは周辺に何もない岩山の頂上だ。


 岩山の上は見晴らしが良く巨大な河の流れと、その更に向こうには遠くからでも形の分かりやすい王都アルテミスの王城が見えた。


 王城は魔導兵器その物で、大地に設置された超巨大な弩弓の形をしている。


 着陸してその地形を軽く見まわしたローズは、鎧を着ているのに軽い足取りで岩山を跳ねていく。俺達はレベルアップを繰り返した大戦士なので、身体の出力は重機並みなのだ。


 俺の魔導鎧に昆虫を着陸させようと頑張っていたアルテを降ろして、ローズの後に続く。


 おねえちゃんは岩山を飛び跳ねながら、先を行くローズに聞いた。


「ローズぅ! ドラゴンが見当たらないけど、どこに行ったの~?」

「この近くに大きな洞窟があるのよ。多分ねぐらにしているのね。……ここよ」


 答えながら立ち止まったローズが見上げた先には岩の割れ目が有り、そこから風が吹き抜けているのでどこかに繋がっているみたいだ。


 差し込んでくるわずかな光を頼りにして人が通れる程度の岩の割れ目に踏み込んでいく。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る