第10話

 并州騎馬隊が着陣してから三日。董卓は言葉通りに呂布達を後方に下げたまま前線に出そうとはしなかった。戦陣にいながら戦をしないことで兵士達に弛緩されては困りもののために呂布と高順はそれぞれの副長に部隊の訓練を一任し、黄巾と官軍の戦を見物するために小高い丘に騎乗しながら登っていた。

「弱い弱い。士気が高いとは言え、あの程度の敵も潰せんのか。中央の連中は」

「確かに官軍が弱いところは気になるが、それ以上に気になるのが董卓軍の指揮官だ。連中、わざと負けているのではないか?」

 呂布の呆れたような言葉に高順が続ける。

 眼下では黄巾の軍に押し返される官軍の姿があった。一度は広宗に押し込んだものの、敗北を重ねて押し返されたのだ。

 呂布と高順の護衛も兼ねて青騎兵と共にやってきている張遼も不審な表情を隠さない。

「董卓軍の連中の闘気は并州軍に似たところがあります。それが後方で大人しく黙っているのが不思議でなりませんな。郭嘉殿は何かご存知か?」

 黄巾の討伐に并州騎馬隊に従軍している郭嘉は拙い馬術を見せながらも口を開く。

「董卓殿は最初から勝とうとしていないのかもしれません」

「どういう意味だ?」

 郭嘉の言葉に高順は不機嫌そうに問う。高順にとって戦場で勝とうとしないなど考えたこともないからだ。

 郭嘉は董卓軍を指差しながら説明を始める。

「董卓殿が麾下で連れてきたのは確認できる範囲で三名です。前線の旗印に樊と徐の字があることから、おそらくは樊稠と徐栄。二人とも董卓麾下において戦上手で知られる二人です。ですが、董卓軍の武の象徴である華雄と郭汜の姿が見えません。董卓軍本営の近くに配置されているのも張の旗印からおそらくは張済。この人物は戦場の猛者ではなく一軍を率いる将に近い。そして私は涼州にて樊稠と徐栄の戦を見たことがありますが、あの二人が本格的な指揮をとればこんな醜態は晒しません。そして最前線にいるのが董卓麾下の兵ではなく、中央の兵士ということを考えると、董卓殿は自分の手勢を温存しつつ、中央の軍を削るためにわざと負けていると考えられます」

 郭嘉の説明に呂布は呆れたようにため息を吐く。

「わからんな。何故董卓は中央の軍を削るような真似をするのだ?」

「おそらくはこの叛乱が終わった後のためでしょう」

「叛乱の後だと? そんなものまた涼州に戻って異民族の連中と喧嘩だろうに」

「涼州は異民族だけでなく、豪族達の叛乱が絶えぬ地。呂布殿の言葉も間違いではないでしょうが、董卓殿はさらに別のものを見ているかもしれません」

「なんだそれは」

「即ち群雄割拠の乱世への突入」

 冷たい風が呂布達の間を駆け抜ける。

 群雄割拠の乱世への突入ということは漢という国が滅びるということだ。

 呂布と高順と張遼にとって漢という国は冷笑の対象ではあったが、流石に滅びるまでは考えたことがない。

「今回の黄巾の叛乱はただの民衆の叛乱ではありません。民衆が国に対しての不満が弾けた結果の大叛乱です。ここで黄巾という芽を摘んだとしても、土壌には不満が残り続けます。それを利用、又は担ぎ上げられる形で漢の全土で群雄達が立ち上がるのでしょう。形式的には漢を助けるという名目を持って」

 かなり大胆な発言をしている郭嘉に呂布達は何も言わない。中央の学者達は漢という国を後生大事に抱えている思考しかしていないと思っていただけに、郭嘉の言葉が新鮮だったのだ。

「滅びるのか、この国は」

「滅びの道を歩んでいる途中なのです。高順殿」

 高順の呟きに郭嘉も小さく呟き返す。

 護衛の青騎兵の兵士達は離れたところにいたので会話を聞かれた心配はない。だからこそ郭嘉もここまで告げたのだろう。何せ郭嘉の発言は聞く人物によっては投獄、もしくは処刑されてもおかしくない発言だ。

 だが、それが郭嘉の本音なのだろう。

 しばらく無言であったが、呂布が呆れたようにため息を吐きながら口を開いた。

「そうなると董卓はこの後の大乱世に向けて手勢を温存しつつ、敵となる兵士を殺しているということか。なんとも上手いことをやる漢だ」

「私が涼州を旅している時、涼州の民は董卓によく懐いているようでした」

「地盤はしっかりと作っているということか」

 張遼の言葉に郭嘉は頷く。

「郭嘉、お前は何故旅をする」

 呂布の問いに視線は黄巾と官軍の戦を見ながら、だが、実際にはどこか遠くを見ながら郭嘉は口を開く。

「私は戦の全てを知り尽くしたい。そして智謀の限りを尽くして戦いたい。そのような欲があります。一つの戦が終われば次の戦のことを。永遠に続く軍略の道を行きたいのです」

「終わりなき道だ。そして決して報われぬ道でもある」

 高順の言葉に郭嘉は苦笑する。郭嘉の瞳は理解しているが別の道は歩むことができないと言っている。だから高順もそれ以上は追求しない。

「……三人は乱世に何を求めますか?」

 郭嘉の問いに呂布は笑いながら、高順は無表情に、張遼は挑むかのように口を開く。

「最強の証明」

「唯強さを」

「武の頂き」

 三人の返答に郭嘉は声を出して笑うのであった。

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