第9話
冀州広宗。呂布を総大将にした并州騎馬隊は黄巾と官軍の最前線に到着する。鉅鹿を本拠地として蜂起した黄巾は既に鉅鹿から追い出され、広宗に追いやられており、ここで籠城戦を繰り広げていた。
呂布と高順は陣営の設営を張遼に一任し、冀州方面の黄巾討伐の総大将である盧植への挨拶に向かった。
「兄弟、盧植とはどういう漢か知っているか?」
「詳しくは知らぬ。丁原殿からは幾度か叛乱を沈めた男と聞いているが……それより、呂布殿。気づいているか?」
小声になった高順に呂布も声を小さくする。
「無論だ。中央の軍の連中のはずなのに、俺達と同じ気配を出す連中がいる」
呂布達と同じ気配を出す者とは常に異民族と戦う者の気配のことだ。そしてそれを証明するように異民族の格好をした兵士の姿もある。
「盧植とやらは異民族を手懐ける男か?」
「それだったならば丁原殿が我々に知らせているはずだ」
「それならば何故連中がいる」
「わからぬ」
呂布も高順も戦場で生きる男だ。そのために中央の政治には疎い。だが、中央の武官や文官達が辺境で生きる自分達の存在を見下していることは知っている。
だから迎撃軍に我が物顔で居座る自分達と同じ存在に強い違和感を感じる。何せ呂布と高順は着陣と同時に死兵として戦場に出される覚悟も決めていたのだ。
そこから二人は総大将の証である牙門旗が翻っている天幕へと向かう。そして入口の衛兵に所属を告げて中に入ると、そこには数人の男達がいた。
呂布と高順は中央にいる男に拱手をとった。
「并州刺史丁原が麾下呂布と申す。貴殿が盧植殿でお間違いはないか?」
「お間違いだな」
呂布の問いに中央にいた男は不機嫌そうに返す。その反応に元来気の短い呂布も不機嫌となる。
「そうなると官軍の牙門旗の天幕に居座る貴殿は何者か? 場合によってはその首を飛ばさせてもらうことになるが」
呂布の言葉に周囲にいる男達の手が腰の剣に伸びる。それに反応して呂布と高順も腰にかけていた剣に手が伸びた。
しかし、それを止めたのは中央にいた男だった。男は面白そうに呂布と高順の顔を見比べるとゆっくりと口を開く。
「私は董卓。字を仲穎という。中朗将としてここの軍を預かっている」
「ここの総大将は盧植殿とお聞きしているが?」
呂布の言葉に董卓は鼻で笑う。
「盧植殿は更迭された。中央の役人に賄賂を拒んだがゆえにな。そして代わりに私が派遣された」
董卓の言葉に呂布と高順も流石に鼻白む。中央の役人に賄賂を拒んで更迭される。それは純粋な武人である二人には理解できないことであった。二人には戦場で生きて戦場で死ぬという願望がある。もし二人が盧植の立場であったなら即座に国に反旗を翻すであろう。しかも盧植は負けていたならまだしも勝ち続けていたのだ。その無念は如何程な物か。
「貴殿達も中央の愚者の連中の尻拭いなど御免であろう」
「愚者の連中の尻拭いなぞ御免ですが、戦場があるならば斬り込むのが并州の漢。戦場を指定していただければそこの連中は鏖殺しますが?」
呂布の言葉に愉快そうに董卓は大笑する。
「流石は名高き赤騎兵の隊長よ。隣にいるのは黒騎兵の隊長であろう? よい。ここの敵は辺境の猛者ではなく、農民崩れの雑魚にすぎん。そんな連中を相手に貴殿達のような猛者を使う必要はない。私の麾下も最前線に出してはおらぬゆえ、貴殿らも後方で中央の弱兵ぶりを見物するがいいだろう」
董卓の言葉にさらに反論しようとする呂布を高順が止める。高順や呂布にも相手が農民であることに少なからず反発心は持っているからだ。
最後に二人は拱手してから董卓の前から去る。
ある程度の距離を離れ、董卓の陣営から離れたところで呂布は不満そうに口を開いた。
「何故止めた、兄弟。俺達は戦の見学に来たのではなく、敵を殺しに来たのだぞ」
「呂布殿とて今回の敵を敵と見做せてはいないだろう」
高順の言葉に呂布はさらに不機嫌そうに鼻で笑う。
「当然だ。俺達の武勇は并州を守るために鍛え上げられた物だ。それを中央の連中の失敗の尻拭いに使うなぞ論外よ」
「私も同意見だ。だから呂布殿を止めた。せっかく総大将が戦わなくてもよいと言っているのだから、我らはそれに従わせてもらった方がよかろう」
呂布は高順の言葉に納得はしたのだろうが、不満そうに足元の石ころを蹴飛ばす。
「つまらぬ戦になりそうだ」
「最初からわかっていたことだろう」
高順の言葉にようやく呂布は笑顔を見せるのであった。
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