第27話 知ってたのなら言ってくれよ

 翌朝、カレンの様子に変わったところは見られずアンナや回りの女性陣がどんよりとしていた。

「説得は失敗か」

「シン……そうね、失敗よ。もう、どうしたらいいのか」

「そうだな、こうなるとアンナ達の記憶を改竄するより他はないだろうな」

「もうそれしか私達の家族を救う手段はないのね」

「ああ、それでも最低限だな。チャーリーの気分次第でどう転ぶかは誰にも分からない。だが、家族のことを覚えていなければ悲しむこともないだろ」

「そうね、それはいいわね」

 とりあえず、カレンの様子を見に行くと体育座りで近付いた俺に気付いたようで睨んでくる。

「なにしに来たの?」

「いや、心変わりはないのかなと思ってな」

「ふん」

 取り付く島もないってのはこういうことをいうのかと思ったが、まあ様子は確認出来たので他の子の様子を見に行くと、こちらはこちらでなぜカレンが分かってくれないのかと、想像していた悪い方へと爆発寸前の状態だ。


「アンナ、ちょっといいか」

「いいわよ、なに?」

 アンナに記憶の改竄を提案し、今日の内に済ませ、ここを出て行くことを提案する。


「そう、分かったわ」

「そうか、なら準備をしてくれないか」

 そう告げてアンナから離れようとしたが、アンナが俺の服の裾を掴んで離さない。


「なんだ? 話はもう終わったはずだが」

「違うの。私の記憶はそのままにしておいて欲しいの。消さないで欲しい」

「理由は?」

「そんなたいした理由じゃないわ。ただ、私だけ覚えていてもいいんじゃないと思っただけよ」

「だが、覚えているだけでも苦痛じゃないのか?」

「そうね。それも考えたわ。全部、忘れた方が楽になれることも分かっている。でも……でもね、なんとなく覚えていたいの。ダメ?」

「いや。ダメってほどじゃないが、アイツらと話を合わせることは出来るのか? それに記憶の改竄や、記憶の一部を消去すると言っても完全に消せる訳じゃない。なにかが原因で記憶が復活する場合もある。だから、記憶を残したままの状態だとカレン達に気付かれないようにしなきゃいけないということは分かるか?」

「そうなんだね。でも、それでも覚えていたいの。ダメかな?」

「アンナがそうしたいなら、俺はなにも言わない。ただ、危険性だけは理解していて欲しいだけだ」

「分かった。じゃあ、いつするの?」

「そうだな、今からやるか」

『アリス、オリヴィア以外の四人を眠らせてくれ』

『あら、急なのね。でも、いいわ。やってあげる』

 その返事を聞くと同時にオリヴィアの短い悲鳴が聞こえる。

「きゃっ! シン! アンナ! 大変よ!」


 オリヴィアはメイド達が急に倒れ横になったのを見て、軽いパニック状態だ。


「心配しないでいい。俺が眠らせただけだ」

「え? シンが眠らせた? なんで?」

「なんでって、カレンの意思が変わらなかったからな。ここは記憶の一部を消して改竄することにした。他のメイドもいつかは気に病むだろうからと、ついでだな」

「ついででやっていいの?」

「良くはないだろうな。だが、いつかは誰かに聞いて欲しいと思ったりするかも知れない。そうなると、お前の兄、チャーリーの耳にいつか届くかも知れないだろ? なら、そんな記憶はない方がいいだろ」

 オリヴィアに説明しながら、アンナとフクに協力してもらいメイド達を床に並べる。


「これでいいな」

『アリス、頼む』

『は~い、ここから先はアリスちゃんにお任せあれ! 『記憶調整』……はい、これで終わり。あとは眼が覚めるのを待つだけよ』

『ありがとな』

『どうも。でも、さっきシンが言っていたように完全に消すことは出来ないのよ。ちょっとした切っ掛けで記憶が蘇ることもあるからね』

『そこまで、俺も責任は持てないよ』

『それもそうよね』


 その後、目を覚ました彼女達は自分達の名前はもちろん生い立ちから今までの記憶が消されていたが日常生活の習慣ともいえる記憶については残っていたので全ての記憶が削除された訳ではない。


 眠りから覚め、混乱している彼女達の世話をアンナに任せる。

「アンナ、あとのことはお願いね」

「え? 私一人だけで説明するの?」

「だって、俺達は彼女達の過去は知らないわけだし」

 アンナは俺が話したことに気付き嘆息すると一言だけ呟く。

「分かったわ」

「じゃ、あとはお願いね。オリヴィアはこっちにね。邪魔になるから」

「邪魔って……」


 アンナ達メイドだけを残して、洞窟から出る。


「あ~あ、とうとう、ここから出るんだね」

「なんだ、嫌なのか?」

「そうじゃないけどさ、やっと自由になれる? 出来る? 場所だったから、離れるのがなんとなく切なくなるというかね……」

「まあ、そういう意味じゃ彼女達も生まれ変わった場所ではあるな。でも、ずっとここにいてもこれ以上の発展はないだろ。お前だって、年相応にやりたいこととかもあるだろ? それこそ、自由になった訳だしな」

「年相応?」

「そう、年相応にな」

「急にそう言われても分からないわよ。ずっと屋敷に閉じ込められていたんだし」

「そうか。なら、これからが楽しみだな」

「これから?」

「そうだ。これからお前が見ること、体験することの全てはお前にとってほぼ全てが新しい知らないことだろ?」

「そうね。こんな洞窟でも私にとっては私が私の意思で初めて歩き出す場所になるのね」

「そういうことだ。今日の内に洞窟を離れるつもりだったが、アンナ達の様子じゃ今日は無理だな。お前も彼女達の記憶が落ち着くまでは、顔を隠しといた方がいいかもな。『創造』」

 オリヴィアの顔を覆うための仮面を作りオリヴィアに渡す。


「これはなに?」

「見ての通りの仮面だ」

「それは分かるけど、なんで顔を隠すの?」

「お前な。彼女達がこうなった原因はお前だろ。だから、彼女達の記憶が定着するまは変に刺激を与えるのは不味いと思う。だから、お前はこの仮面で顔を隠せ」

「分かったわ。でも顔を隠せても声はどうするの?」

「その辺は抜かりなくだ。とりあえず、着けてみろ」

「分かった……これでいい? あれ? ねえ、私の声が違って聞こえるんだけど、気のせいかな?」

「気のせいじゃないぞ。その仮面を着けている間は声は加工される。だから心配することはない」

「そう……あれ? ねえ、取れないんだけど?」

「ああ、俺の許可がないと取れないようにしている」

「なんでよ!」

「それくらいしとかないとすぐに外そうとするだろ」

「でも「待て、お客だ」……え?」

「アンナ、どうした?」

 洞窟からアンナが一人で出て来た。説明疲れからかやたらとぐったりしている。


「なんとか説明したわよ。記憶喪失も盗賊に襲われたショックということにしているわ。それで、オリヴィアはどうしたの? 仮面なんか着けて」

「あ~それはだな……」


 アンナにオリヴィアの立場から顔は出さない方がいいだろうということを説明し、顔を隠す理由も盗賊の襲撃でひどい怪我をしたからということで落ち着いた。


「なら、名前も変えといた方がいいんじゃないの?」

「ふむ、オリヴィアはどう思う? おれは変えた方がいいと思うが」

「なら、シンが付けて」

「俺が?」

「そうよ。ここまでのことをしたんだもの。それくらいついでじゃない」

「ついでにするようなものじゃないと思うがな……どんな名前でも文句は受け付けないぞ」

「いいわよ。でも、名付けの責任はとってもらうからね」

「分かった、分かった。そうだな……『ミラ』だな。今からお前は『ミラ』だ」

「うん。私の名前はミラ。今から私はミラになる」

 オリヴィア改めミラが名前を承諾した瞬間にミラの雰囲気が変わる。

『あ~やっちゃったわね』

『アリス、やっちゃったってなにをだ?』

『そこのお嬢さん。ミラを鑑定すれば分かるわよ』

「ん? なら『鑑定』……え?」

「どうしたの、シン?」

「なにかあったの?」

 アンナとミラが心配そうに見る。

「ミラ、自分でステータスは見られるか?」

「ステータス? 見ればいいのね。あれ?」

 ミラが驚くのも無理はない。俺は名前を付けただけで、名前を変えた訳じゃない。だが、ミラのステータスボードには『オリヴィア』の名前はなく『ミラ』に変更されている。

 おまけに『従属』という項目も追加され、従属しているのが俺……『シン』になっている。

「へえ、こうなるんだね」

「オリ……ミラはこうなるのを知っていたのか?」

「従魔と契約する時に相手が承諾することで、従属されるのは本を読んで知っていたわ。人でもそうなるとは思わなかったけどね」

「と言うことは、お前は俺が名付けた名前に対し、承諾したことでこうなったと言う訳か」

「そうよ。よろしくね。私のマスター」

「待て! それだと俺が隷属させていると思われるじゃないか」

「でも、従属も隷属も変わらないでしょ?」

「いや、違うだろ。隷属は奴隷扱いだが、従属はミラを従魔と同じ扱いをしている様に思われるし、どちらも不味い」

『そうなると、ミラに『隠蔽』を覚えて貰わないとね』

『覚えるって……』

『簡単よ。ミラに『隠蔽』をコピーすればいいんだから』

『コピーか。で、どうやるんだ?』

『それはね、ミラの心臓に近い位置の左胸を思いっきり鷲掴みにして……』

『嘘だろ?』

『嘘じゃないわよ』

「まあいい。ミラ、ちょっと俺に背中を向けてくれ」

「いいわよ。こう?」

 ミラが背中を向けたので、その左側の位置、心臓の裏側に手を当て、『隠蔽』を貼り付ける。


 ミラを鑑定し『隠蔽』があるのを確認してから、ミラの向きを変え、ステータスを確認するようにお願いする。


「また、ステータスを見るのね、いいわよ。あれ? なにか増えてる。シン、これ「今は言うな」……あ、うん」

「その新しいスキルで『従属』を消したいと願うんだ」

「え? いいじゃん。私は気に入ってるんだけど」

「お前が良くても俺がダメだ。と言うかだ、世間が許さないだろうな。だから、旅を安全にするためにも使ってくれ」

「どうしても?」

「どうしてもだ」

「ふ~ん、シンが困るんだ」

「ああ、困る」

「なら、このままでもいいかな~」

「確かに俺は困るが、どこかのお節介がお前と俺を引き離そうとしてくるぞ。それでもいいなら、そのままにしとけばいいさ」

「あ~するする。すぐにするから……う~ん、出来た。これでいい?」

 ミラを鑑定すると『従属(シン)』が隠蔽されていることを確認出来た。とりあえずはこれでいいかと安心する。

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