第17話 見たくない……
私が止めを差し切れなかったばかりにゴブリンの断末魔の叫びによって、近くに潜んでいたゴブリン達を呼び寄せることになってしまった。
だが、このくらいの数ならばとリーダーらしき男の冒険者の号令により、ゴブリンを迎え撃つ準備を進める冒険者達。私の様な戦えない人間は一箇所に固まって、隠れているようにと伝えられる。その際には側にいたアンナや他のメイド達が私を睨む。まるで「お前のせいだ!」と目で訴えているようで、すぐに具合が悪くなる。だが、今この場で私を案じてくれる人はいない。
「ほらほら! どうした! お前達ゴブリンはこの程度か~」
「そうだぜ! ほら、もっと楽しませろよ!」
「もう準備運動にしかならないぜ! ヒャッハ~」
程なくして、ゴブリンの屍がそこら中に転がり、血の匂いで咽せ返る。
「うぷっ」
「チッなんだよ、嬢ちゃんはまだ慣れないのか? なら、もう少し先に進んでみるか。この辺りも血の匂いで色んなのが集まってくるだろうからな。ほら、お前ら、すぐに出るぞ」
「「「へい」」」
「また、あのお嬢さんのせいで……」
「もう、これ以上奥に入ったら帰れないんじゃ……」
「なんで? なんで、森に入るの? いやよ! 私は行かない!」
「チッうるせえな~まあ、お前が着いてこないのは勝手だが、一人でどうするんだ?」
「一人? なんで、私だけなの? ねえ、一緒にここから逃げよう。なんで、こんなお嬢さんに着いて行くの? ねえ!」
アンナが逃げようと騒いでいたメイドの一人に近付き諭すように語りかける。
「ねえ、あなたは逃げたいと言う。でも、逃げてどうするの? 街に帰るの? 帰ってどうするの? もし、逃げて帰ったのがバレたらどうなると思う? あの領主様が許してくれると思うの? そういうことを全部考えてみたの?」
「え? なんで? だって、無理よ。このまま森の中に入るなんて無理じゃない。それで逃げたからって、別にいいでしょ? なんで、そこで領主様が出てくるの? ねえ、分からないよ。教えてよ!」
「ハァ~いいかい? 私達はなにがあろうとお嬢様を守りなさいと言われてここにいるの。それなのにお嬢様を放り出して、自分が可愛いから逃げ出して来ましたって言ったら、どうなると思うか分かるでしょ?」
「……でも」
「『でも』じゃないのよ。もし無事に街に帰ることが出来たとしても、あの領主様がタダで許してくれることはないでしょうね。よくて奴隷落ちか娼館行き。悪ければ……」
「悪ければ、なによ?」
「なんらかの理由をこじつけて、家族諸共処罰されるでしょうね」
「ハァ~なんで、そこで家族が出てくるの? おかしいじゃない!」
「あなたは今まで、あの家にいたのだから、そういう理不尽はいくらでも見てきたでしょ?」
「それは……そうだけど……」
「それにここから街まで無事に辿りつけると思っているの?」
「え? それは街道に出ればなんとかなるんじゃないの?」
「ここまで何日歩いて来たか、どの道を歩いて来たのか覚えているの?」
「え? それは……」
「覚えていないのね」
「……」
「あ~もう、いいか。俺達は森の中に入る。お前は嫌なら、好きにすればいい。それだけだ。じゃあな、今まで楽しませてくれてありがとうな。お嬢ちゃん。ほら、お前らも礼を言わねえか!」
「「「へい」」」
「いや~もう、お嬢さんに会えないのか、残念だな。でも、よかったぜ。達者でな」
「へへへ。寂しくなったらいつでもいいぜ。まあ、お嬢さんが生きてればの話だがな。あばよ」
「な~んだ、俺も結構気に入ってたのにな。でも死にたいってのなら、止めるのも失礼だよな。じゃあね」
冒険者の男達が好き勝手なことを言って、メイドに別れを告げる。
「なによ! なんで私が死ぬって決めつけるのよ! バッカじゃないの! ふん」
「おう、威勢はいいな。だがな、身を守る術もなく水も食料もなしで、どうやって行くってんだ? 誰がどうみたって死にに行くって言っているようなもんだろ。おっ準備が出来た様だな。じゃあ最後にお嬢さんから言ってやんな」
言われて、騒ぐメイドの前にと立たせられる。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめん……」
言いながら、涙がポロポロと溢れ出てくる。
「な、なんで泣くのよ。泣きたいのはこっちなのに……」
そう言いながらメイドもボロボロとその場で泣き崩れる。
「よし、挨拶は済んだな。じゃあ行くぞ。ほれ、お嬢さんも」
リーダーの男に促され、手を引かれたまま森の中へと入っていく。
いつまでも泣き崩れるメイドを一人残して。
それからどれだけ、そのメイドが泣いていたのか、気がつくと周りには誰もいなくなり、陽も翳り辺りは薄暗くなっている。
森の中からは時折、草が揺れ枝が擦れる音がする。
「誰?」
森の中に声を掛けるが、返答はない。ひょっとしたら誰かが仏心を出して、迎えに来てくれたのかと期待したが、そんなことはなく代わりに出て来たのは、緑色の異臭を放つゴブリンだった。
「な、なによ! あんた一人くらいなら私だって……」
そう言って、その辺に落ちていた棒切れを構える。すると、前のゴブリンがニヤリと笑ったように見えた。その瞬間、ゴブリンの背後から何かが飛び出してきた。
あまりの数の多さに最初は分からなかったが、それはゴブリンの集団だった。
「え? なに? 私をどうするつもりなの?」
その問いかけに一番手前にいたゴブリンがニヤァと笑うと、周りのゴブリンが一斉にメイドに飛びかかる。
「いや! なにするの! 離してよ!」
両手両足の自由を奪われたまま、抱き抱えられると、ゴブリンの集団が、その場から立ち去る。
メイドの叫び声だけを残して。
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