第16話 いざ、森の中へ

 屋敷を出ると、貴族紋がない単なる黒塗りの箱馬車に乗るように案内される。箱馬車の周りには、お父様が雇ったと思わしき護衛がわりの男の冒険者が数人、女性の冒険者も少ないがいる。それに箱馬車の中にはお付きのメイドが二人乗っていた。他に用意された箱馬車にもお世話係として、数名のメイドが乗っているらしい。

「は~本当に行くのね」

 そう呟くと、対面に座るメイドがこっちを睨んでいるのに気付く。

「あなた、名前は?」

「アンナと申します」

「そう、あなたはなんでこの旅に同行することになったの?」

「さあ?」

「え? なにも聞いてないの?」

「ええ、先日いきなりご当主に言われました」

「は~そうなのね」

 まだ、誰が味方で敵なのか分からない状態では込み入った話は出来ない。私は出来るだけ、冒険をお願いした不遜なお嬢様でいなければならない。あ~気が重い。私はそんなキャラじゃないのに。


「オリヴィア! どこだ?」

 お兄様の声が聞こえる。そう言えば、さっきメイドがお兄様が見送りに来てくれると言っていたのを思い出す。

「お兄様! ここです!」

 箱馬車の扉を開け、下りるとお兄様が、こちらへと向かってくる。


「間に合ったな。どうしても行くのかい?」

「ええ、どうしてもです」

「さっき、オリヴィアが森へ行く理由が分かった。でも、今の私には止めることが出来ない。だから、なにがあってもここへ。この家に戻って来て欲しい。無理なお願いだとは思うが……」

「いいえ! お兄様。私はお兄様がそう言って下さるだけで十分です。もう、この家には戻れないかもと思っていたので」

「そうか。今の私にはなにも出来ないが、オリヴィアが戻って来る頃には、私も少しは成長しているだろう。だから……」

「はい、私も頑張ります。お兄様も気を付けて」

「ああ、分かっている」

 そこへ、メイドの一人が寄って来て声をかける。

「そろそろ、お嬢様の出立のお時間です。お嬢様は馬車の中へお戻りください。

「分かったわ。お兄様、お気を付けて」

「ふふふ、それは私が言うことだよ。必ず戻って来るんだよ」

「はい、必ず」

 そう言って馬車へ乗り込むと、すぐに御者が馬車を走らせる。


「行ったか。本当に無事に帰って来てくれよ」

 そう言葉を残すと屋敷の中へと戻っていく。


 馬車の中では相変わらず、アンナと名乗るメイドに睨まれ続ける。

 もう、私のせいじゃないのに……でも、遠因は私か。あのクソジジイ! 絶対に生きて帰って来てやる!


 パレードで賑わう正門までの道を抜け、いよいよ森へと続く街道を走る。

 私が乗る馬車の周りには護衛代わりの冒険者が馬車を囲むように小走りで並走している。

「疲れないのかな」

 外の冒険者を見ながら、そう呟くと「はぁ」と嘆息する声が聞こえた。

 ここで反応してしまうと、色んなことを話してしまいたくなる。そうなると自分が原因で、この冒険が仕組まれたことまで話さなきゃいけなくなる。そうすれば、森に着くまでに口封じのために全員が処分される可能性がある。だから、それは出来ない。今は不遜な冒険好きのお嬢様を演じなければいけない。少なくとも森に入るまでは。


 そんなことをお見ながらも馬車は街道を進み、森へとだんだん近付いて行く。それと気のせいと思いたいが、だんだんと男の冒険者の本性が露わになっていっている気がする。私のお付きのメイド達に軽い嫌がらせから、極端に体に触ったりするようになってきた。

 現場を目撃した時にはなるべく声を掛けやめさせているものの、奴らもだんだんと巧妙になり私の目の前での行動は謹んでいるが、夜になり私が寝入った後に無理矢理に行為しているらしい。

 そして、数日して森の端に到達するが男の冒険者の指示で、しばらくは森の入り口で慣らしてから、森の奥へと進むらしい。

「じゃあ、しばらくは楽しめるな。ははは」

「そうだな、ふふふ」

 男の下品な笑いが響く。

 メイド達が思いっきり嫌な顔でこちらを見るが、私になにを期待すると言うのだ。私がなにを言っても力では敵わないし、あいつらは父母に雇われた冒険者だ。私を森の奥に放置する役目を担っている。

「すまない」

 私に出来るのは、見ないふりだけだ。そう思い呟くだけだ。

 そして、また今夜もメイド達が弄ばれる。


 次の日、男の冒険者の一人から、声を掛けられる。

「お嬢さんも、そろそろ慣れといた方がいいだろ。おい、誰か! その辺のゴブリンを連れてこい! 多少は痛めつけとけよ」

「「「へい」」」

 そう返事すると数人の冒険者が森に入って行き、しばらくするとロープで縛られたゴブリンが私の目の前に連れてこられた。

「おう、こいつはちょうどいいな。ほれ、お嬢さん。グサッとやっちまいな」

「え? これを? 私が?」

「なんだよ。冒険譚に憧れての今回の話だろ。ほら、サクッとやっちまいなよ」

 そう言われ、腰の剣に手を伸ばし、鞘から剣を引き抜き目の前に両手で構える。が、剣を持つ手が震え、足が震えて、目の前のゴブリンをちゃんと見据えることが出来ない。

「しょうがねえな~」

 冒険者のリーダーらしい男が私の背後に回ると、後ろから私の剣を掴む。

「ほら、お嬢さん。よく覚えておきな。こうやるんだぜっと」

 後ろから掴んだ剣をそのままゴブリンの胸に吸い込ませる。肉を裂く感触とゴブリンの断末魔が周りに響く。

「ダメだよ、お嬢さん。ちゃんと一思いにやらないと。今の叫び声で仲間が呼ばれちゃったじゃん」

「え? でも、それは私のせいじゃ……おぼっ」

「ああ、ダメだったか。まあ、最初はそうなる奴もいるから気にすんな。ほれ、手の空いている奴は今から来るゴブリンのお客さんをもてなすぞ!」

「「「へい!」」」

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