世界の影で生きる魔法使いの話。
火属性のおむらいす
『魔女』
「私の相棒になってくれない?」
その言葉が、全ての始まりだった。
✩*.゚
化学が発展し、誰もが確かなエネルギーを頼りに豊かな暮らしを手に入れた世の中で、摩訶不思議で奇妙な魔法の力は『穢れたモノ』として扱われるようになっていた。魔力持ちは当然のように虐げられ、忘れ去られたような場所に追いやられる。街に出られるのも、誰もが寝静まるような夜更けばかり。
それでも都合良く、仕事だけは与えられていた。
それは、「この国の脅威を排除すること。」
魔力は強く、不確かで、酷く不安定だ。それ故、時々魔力に「呑まれる」者が現れることがあった。魔力に呑まれた者は自我も忘れ、ただ目の前のものを排除しようとするだけの怪物に成り下がってしまう。それらの脅威に、普通の者では立ち向かえない。だからこそ怪物を食い止めることこそが、「魔力持ち」の役目となっていた。怪物の魔力は人であった時の数倍にも膨れ上がることがあり、命の危険はあるが...『穢れた力』を持つ魔法使いに、それ以外の道は許されなかった。ほんの僅かでも逆らえば、自我があろうと怪物みなされ、他の魔法使いに『討伐』されてしまう。だからこそ誰も異を唱えなかったし、この役目を疑うこともなかった。
しかし...
「そんなの、やってらんない。」
まだあどけなさの残る1人の少女は、そう言って役目を放り出した。
魔力持ちもそうでない者も関係無く、彼女は自らの魔法を使い気まぐれに他人から物を奪って生きていた。切れかかったランプだけが頼りのような、暗い、誰も居ない路地裏で、今日もただ自分が生きる為だけに力を使う。勿論直ぐに怪物だと判断され討伐の仕事を受けた魔力持ちがやって来たが、外の世界と努力によって鍛えられた彼女の力に勝てる者は居なかった。
(私は、私の為だけに生きる。敵対する者は全員やっつける。私が自由でいるために。)
それだけが彼女の信念だった。
__そうしてまた、自分を討伐する為の魔力持ちが送られてくる。
月も星も見えないような暗い夜。気休め程度に設置された切れかけのランプが虚しくまたたく路地裏で、彼女は足音を立てないように物陰に隠れて侵入者の様子を伺っていた。
(また討伐の人?最近多くなって来てる。
...私はかなりの脅威だと見なされているんだろうな。)
1度目を閉じて、静かに深呼吸する。
辺りにぴりぴりとした緊張が満ちた、その時。場違いなほど間の抜けた声が響いた。
「こんにちはー...えっと、誰か居ますか?」
(あれ...討伐に来た魔力持ちじゃ、ない?)
その声に彼女は少し狼狽えながら、声のした方を覗き見る。そこには彼女と同じくらいの白髪の少女が、たった1人で立っていた。
(髪の色に特徴有り...魔力持ちに見えるけど...)
__人は魔力を持ったその瞬間に、普通の人間ではありえないような速度で体のどこかに異常が起こる。目や髪の色が変わったり、獣の耳になったり、羽が生えてきたり...異常に規則性は見られず、人によって規模も特徴も様々だ。彼女自身も髪の毛の先と瞳の色が変異しているし、路地裏で1人立っている少女もまた魔力を持った時に髪の色が変わったのだろう。
(とにかく...討伐に来たんじゃないならこのまま隠れていよう。何か奪えるようなものを持っているようにも見えないし...。)
彼女が小さくため息をつきながらそんなことを考えていると、また少女の声が聞こえてきた。
「誰かいるんでしょ?出てきてくださいよー。さもないと__」
次の瞬間、彼女の視界から少女の姿が掻き消えた。
(居なくなった!?一体何処に...)
「__こちらから襲いかかっちゃいますよ」
「っ...!?」
突然、真後ろから声が聞こえてきて彼女は飛び退いた。視線を向けると先程まで彼女が居た場所には鋭いレンガの破片が深く突き刺さっており、一瞬でも飛び退くのが遅ければ、彼女がどうなっていたかは容易に想像できた。
(ちょっとまずい...かな。)
先程の一撃で、少女がかなりの力の持ち主だと悟った彼女は、自身の魔力で出来た剣を構えながら相手の隙を伺う。
人それぞれに異常が出るように、魔力の量や性質も人によって違っている。魔力は魔力持ちにとって生命力の1部であるため、どれだけ多く魔力を持っているか、どれだけ魔力に優れた能力があるかはそのまま自身の強さを意味していた。例えば、彼女の魔力は「全てを切り裂く力」。剣や槍...様々な形で体外に魔力を放出することで発動し、対象に物理的な傷を負わせる能力だ。魔力量も人よりは多い為、これまでは相手に勝つことが出来ていたが...。
(...今だ!)
一瞬の隙を突いて、彼女は少女に斬りかかった。容赦無しの、素早い一撃。...しかしそれを見て、少女は動揺もせずに少し首を傾げながら手をあげただけだった。
__頭上に大量の刃物が出現する。
「なっ...!?」
「おかしいなー。私は魔力に呑まれた怪物の討伐を依頼されてたんだけど...。」
少女が手を振り下ろす。ほぼ勘でこの大量の刃物が落ちてくると悟り、彼女は全力で後ろに飛んだ..が。
『追尾せよ』
少女がそう呟いた瞬間、1度は地面に打ち付けられた刃物が、まるで生きているかのように一斉に此方へ飛んできた。
(これだけの物を操っておいて顔色ひとつ変えないなんて...)
刃物自体を斬り、それでも全く止まない攻撃に狼狽しながら彼女は少女を睨む。
(斬った瞬間に再生している?何とかあいつに一撃入れないと...。でもどうすれば...。)
彼女は頭を全力で回転させる。少女は何もせず、むしろ楽しそうにこちらを見ていた。
(間合いは詰められない。ならいっそ魔力を大きく使って剣の間合いを伸ばす?...いや、それだと刃物の処理が追いつかない。多分、これは斬ってもすぐ回復してる。道を作ることも不可能だ。なら一度逃げて...駄目だ。刃物は後ろからも飛んできてる。退避は出来ない。)
__一体どれくらい時間が経っただろうか。じわじわと体力が削れていく。冷や汗が滲み出る。...それでも、彼女は思考を止めなかった。
(どうしてあいつは何もしないんだろう。今私は動けない。さっきみたいに、私の頭上にレンガを落とせばすぐ倒せるのに...いや、)
「...なかなかしぶといねー、君。」
そう言う少女を一瞥して、彼女は少女もまた額に汗を流し始めている事に気づいた。
(動けないのかな...意識を逸らしたら攻撃が出来ないのか、一度に2つの物体は出せないのか...。殆ど賭けのようなものだけれど、もしそうなら対応できるかもしれない...!)
刃物の追撃は止まらない。このまま相手が疲れるのを待っていれば、きっと彼女の方が倒れてしまう。
__やってみるしかない。
彼女はそう決意して、大きく剣を振った。周りの刃物が分断されて、1度地に落ちる。再生までの、ほんの一瞬の間。そこを見逃さず、彼女は魔力の形を短剣に変えて、少女に向かって思い切り
「...!」
彼女が一度に形作れる武器の個数は1つ。
振るう武器を無くした彼女に、目の前から襲ってくる刃物に対抗する術は無い。
彼女の魔力が少女に届くのが先か、彼女が少女の魔法に殺されるのが先か__。
決着は、一瞬でついた。
彼女の目の前まで迫っていた刃物が全て消失する。長く続いた緊張状態から解放され、彼女は地面にへたりこんだ。
(助かっ...た?)
流石の彼女も今回ばかりは死の危険を感じていた。胸に手を当て、早鐘を打つ心臓の音を聞いて安堵する。
「し、死ぬかと思った...」
彼女が思わず情けない声を上げた瞬間。
「それはこっちのセリフだよ〜...」
背後から少女の声が聞こえてきて、彼女は素早く振り返った。
そこには、肩を反対の手で抑えながら笑う少女の姿があった。
(避けられた...。かなり全力で投げたのに)
再び少女の攻撃に備えようとして、座り込んだ体制のまま立ち上がれなくなっているのに気付く。認識した瞬間にどっと疲れが押し寄せてきて、かなり消耗していることが分かった。
(流石にこれ以上は...戦えないかな)
一瞬、
「...降参、です。」
そんな彼女を見て、少女は屈託なく笑った。
「私ももう戦えないよ。...こう見えて結構消耗してるんだよね。」
少女は彼女の方へ歩いて来た。思わず彼女が座ったまま後ずさると、何もしないから、と少女に笑われる。少女は彼女の傍まで来ると、彼女と目線を合わせるようにしゃがんだ。
「あーあ。私は自我のない怪物が人を襲ってるーって聞いてたんだけど。普通に自我あるじゃん。しかも可愛い女の子。やっぱ国の情報なんて当てになんないや」
「えっ...と」
「それにさぁ!」
少女は目を輝かせ、彼女と距離を詰める。
その勢いに戸惑って、彼女は思わず仰け反ってしまった。
(...人と友好的に話したの、何年ぶりだろう)
ふとそんな事を考える。__気づけば、少女への警戒心は自然と無くなっていた。
「君強いねぇ!あたしびっくりしちゃった!!なに、あれ。魔力で剣作ってんの!?かっこいい!」
「え...あ...えっ、と...」
彼女が言葉を返す暇もなく、少女は言葉を続ける。
「あたしさー...、魔法は強い方だと思うんだけど持続して出すのには集中が必要でさぁ...一度に色んな攻撃に対応出来ないんだよねー...1個の動きに集中してたら2つの物とか出せないし...それも君に見破られちゃったし...報酬が多かったから張り切って来たのに...」
「え...ごめんなさい」
彼女が思わず謝罪すると、少女は驚いたように目を丸くした後、何か思いついたように彼女の手をとった。
「じゃあさ!お詫びも兼ねて、ひとつお願い聞いてくれない?」
「お願い...?」
「そ!あたしを不機嫌にさせたお詫びに!」
なんだそれ。理不尽じゃないか、と言わんばかりに少女を見れば少女は、謝ったのはそっちでしょー!?と言い返してきた。
「それはそう...だけど」
「でしょ?だからさ、お願い聞いてよ」
「...。」
(まあ、いいか。ここで揉めても勝てないし...)
少し考えて、その結論に至った彼女は黙って頷いた。すると少女は子供のように目を輝かせて彼女の手をとった。
「やった!言ったね!?もう取り消せないからね!?」
「う...うん。」
(何を要求されるんだろう...)
命で罪を償えとか言われたら逃げようと身構えながら、彼女は少女の言葉を待つ。
しかし...少女のお願いは、彼女が予想もしなかった物だった。
「じゃあさ__私の相棒になってくれない?」
「相、棒」
その言葉に、彼女は思わず目を丸くする。
(組みたいってこと?...私と?)
理解が追いつかず、彼女は少女に助けを求めるように視線を送った。少女にそれが伝わったのか、伝わっていないのか。再び少女は話を始めた。
「そ。...この世の中には、魔力に呑まれた怪物たちがうようよしてる。その中でも1番、脅威になっている存在を私たちは『魔女』と呼んでいるのだけれど...ここまでは知ってるよね?」
「うん。」
(人と接する機会はほぼ無いから記憶が曖昧だけど...)
彼女は遠い記憶を探りながら、少女の言葉に曖昧に頷く。
__確か『魔女』というのは、魔力を持たない者はおろか、魔力持ちの精鋭が何人集まっても倒せない大きな力を持ち、気まぐれに暴れてはひとつの街を滅ぼすという...最早災害のような強大な力を持った怪物の事だった筈だ。
「...ほら、私たちってさ、虐げられてるじゃん。魔力があるせいで、恐れられて、こうやって夜にしか外に出られないようにされてる」
「...。」
「でもね、思ったの。魔女を倒せば、この国が平和になる。街は滅ぼされなくなるし、人々は怯えなくて済むようになる。私たち魔法使いがそんな活躍をすれば、皆感謝して、魔法使いは怖くないって思ってくれるかもしれない」
「そう...かな」
「そうなの!そしたら、故郷を離れちゃった魔法使いもまた幸せに暮らせるようになるかもしれない。皆が手を取り合えるようになるかもしれない!!__私は、そんな景色を夢見てるの。」
「...」
「でも、1人じゃとても倒せない。他の人にも声をかけてみたけど、無理だ、かなうはずがないってみんな馬鹿にする。だからさ...私たち2人で作ろうよ!魔女を倒して、皆が幸せに暮らす景色を。」
「...」
無理だ、と思った。人の認識なんて簡単に変わるわけが無いし、そもそもあんな化け物を倒せるはずがない。
(でも...)
彼女は一度、真っ直ぐに少女を見る。
見返してくる彼女の綺麗な瞳は、嘘も偽りもない純粋なものだった。
(真っ直ぐで、力強くて、希望に溢れていて...この人と居たら、私も希望を持てそう。)
その思いは、決断するには充分だった。
彼女はしっかりと頷く。
「...分かった。協力する。」
「ほんと!?...やったー!!ありがとう!!」
少女は突然立ち上がって、大きくガッツポーズをした。..よほど嬉しかったらしい。その顔を見て、彼女は思わず微笑んだ。
(笑顔が似合うな...)
少女の顔を見ながらそんなことを考えていると、ふと少女が思いついたように彼女の方を見て問いかけた。
「ねえ君、名前は!?」
「...ライラ。」
その言葉を聞いて、少女は嬉しげに笑った。
「ライラね!いい名前じゃん!私はリッタ。よろしくね、相棒。」
「リッタ...。」
その名前を噛み締めていると、ふと手が差し伸べられた。
「帰ろう、ライラ!明日から忙しくなるよ」
「...うん。」
手をかりて、彼女は立ち上がる。その手の温かさにどこか安堵を覚えながら、彼女はリッタの隣で微笑んだ。
「__あれからもう3年も経ったのか。」
そう呟きながら、彼女はリッタの隣に立つ。
すっかりリッタの相棒となった彼女は、遂に『魔女』と対峙していた。
...あれから本当に色々な事があった。何度も傷つき、時に涙を流しながら、ただひたすらに支え合い努力を続け...ついに、ここまで来た。
「...ライラ」
「...ん?」
「ありがとね。」
『魔女』を捉えたまま、リッタが呟く。
「...そういうのは終わってからにしてよ」
何時も通りの口調で言葉を交わしながら、彼女は前を向く。正気を失い、体の中で魔力が肥大化した魔女は、おどろおどろしい気配を放ちながら今にもこちらに襲いかからんとしていた。
「...行こう。」
彼女が静かに告げたその言葉を合図に__
歴史に残るような、激闘が幕を切って開けた。
(...見たこともないような魔力の濃さ...攻撃の規模が桁外れだ。けれど)
「ライラ!まだまだ行けるよね!?」
「...勿論!」
...隣に
そして__
「...ライラ!ライラ!生きてる!?」
「...うん、生きてるよ。死にそうだけど」
辺りに満ちていた恐ろしい量の魔力の気配が消える。対峙していた魔女の姿が、跡形もなく崩れていく。それを見守りながら2人はぼろぼろの体で、泣きながら抱き合った。
「ついに倒した...!本当にありがとう!ライラのおかげ!」
「ううん...私はリッタのお陰で、あの暗い路地裏から出てこられたんだよ。...ありがとう。」
朝日が昇る。辺りが明るくなってきて、戦闘の音がしなくなった事に気付いた街の人々が、恐る恐る避難所から出てきた。
今回の戦闘の地...都会街の外れの一角で、彼女は出てきた人々に呼びかける。
「魔女は私たちで倒しました。もう心配は要りません。脅威は去りました。」
その声を聞いて、人々はざわめいた。
「魔女が倒れた...?まさか」
「しかし、確かに姿が見えないぞ」
「本当なのか...?魔女を倒したって」
「とにかく生き延びられて良かった...」
その声に胸を張りながら、リッタが声をあげた。
「聞いてください!!私たちは...魔法使いは貴方たちに危害を加えるつもりはありません!皆、平和を守る為日々戦っているのです。魔女が去った今こそ、皆で手を取り合って生きていきませんか!?」
辺りが静まり返る。
リッタの顔は、これまでに見た事が無い程に緊張と希望に満ちていた。
__ふと、1人の青年の声が響く。
「嘘をつけ!!そうやって僕らを騙すつもりだろ!魔法使いなんか信じられるものか!」
「え...」
リッタが数歩、後ずさった。顔から希望の色が消える。しかし青年の声を合図に、人々は騒ぎ出した。
「そうだそうだ!魔女を倒して俺たちにつけ込むつもりなんだろ!」
「とっとと帰れ!穢らわしい!!」
「お前たちなんか誰が信じるか!!」
リッタが大きく目を見開いたまま、口を手で覆った。
「うそ...なんで...」
震えた、絶望と悲しみの入り混じった小さな声を聞いて、ライラは思わずリッタの手を取る。
(これ以上リッタに聞かせちゃだめだ。)
「行こう、リッタ。」
「ライラ...で、でも」
「行こ、今は疲れを癒さなきゃ」
半ば強引に手を引っ張り、彼女は余った力を振り絞って駆け出した。朝日が照らす街は明るい筈なのに、夜よりも景色が見えづらい。疲れのせいだと思い込みながら、足を止めることなく進み続けた。人々の声が少しずつ遠ざかる。やがて魔法使いが暮らす寂れた街が見えてきて、やっと彼女は立ち止まった。
「ライラ...ごめん...私のせいで」
リッタに、いつものような元気は無い。その顔は俯いていて、よく見えなかった。
「リッタ...。」
___こうなることは分かっていた。それでもリッタの抱える夢に、彼女もどこか希望を見出してしまって...。何も言わぬまま、ここまで来てしまった。
「そう...だよね。私たちは恐れられるべき存在で、それは何をしたって変わることじゃないし、変えられない。当たり前だった。」
「...。」
「...あーあ。台無しだなぁ。こんなに頑張ってきたのに。毎日毎日、沢山沢山傷ついて...」
「無駄...だったのかな。ぜんぶ」
「...私は!」
少しの静寂の後、彼女は繋いでいたリッタの手を強く握って、相棒を真っ直ぐに見た。
「貴方に救われた!暗い路地裏を離れて、貴方のおかげで色んな景色が見られた。貴方が隣に居てくれたおかげで__!」
「...もういいの」
手を振り払われる。
(リッタ、泣いてる...)
初めて見るリッタの涙に何も言えず、彼女は口をつぐむ。リッタは頬を涙で濡らしながら、彼女の方を見て微笑んだ。
「あはは...私、何のために生きてるのか分かんなくなっちゃった」
「リッタ...?」
...様子がおかしい。彼女は辺りに魔力が満ちはじめていることに気づき、青ざめた。
「リッタ!待っ...」
「ごめんね」
濃い魔力が、辺りに満ち始める。
リッタはもう、こちらを見てはいなかった。
何度呼びかけても、何度肩を揺らしても返事が返ってこない。虚ろな表情で虚空を見つめるばかり。
「どうしちゃったの!?ねえリッタ。リッタってば!!」
魔力が強くなっていく。疲弊した彼女は魔力にあてられ、目眩を覚えながらも彼女は相棒の名前を呼び続けた。その声が届いたのか、リッタは無表情のまま彼女の方に視線を向け…
「!!リッタ...ねえ、どうしちゃったの?」
リッタが反応してくれたと喜んだのも束の間。
__空一帯に大量の針が出現した。
「...っ!」
針が雨のように降り注ぎ、あちらこちらから悲鳴が聞こえてくる。
「なんだ!?空から針が__」
「おい!外に出るな!危な...」
「駄目だ、建物が崩れるぞ!!おい!早く!まだ動ける者は地下へ!」
「誰、か...助け...」
とめどなく降り続ける針から咄嗟に身を守りながら、彼女は力なく声をあげた。
「やめて...リッタ...これじゃまるで」
__『魔女』みたいじゃないか...。
そう言おうとして、言葉を飲み込む。
(そんなわけないじゃない...。だって彼女はさっきまで、隣で笑ってて)
「やめ...」
目の前で起こっていることを、何一つとして受け入れられないまま、最後の力を振り絞り、彼女は手に僅かに残った魔力を込める。目が霞んで、前がよく見えない。明らかに魔力の使い過ぎだ。それでも構わず、彼女はリッタに飛びかかった。
「やめて____!!」
ふと、時間の流れが遅くなる。針の雨で覆い尽くされた視界の先、避けようとしたリッタに刃が届くのを、彼女は確かに見た。
そしてそのまま剣を振り下ろし__
✩
1年前、『魔女』をたった2人で倒した魔法使いが居た。彼女達は非常に魔法に優れ、多くの魔法使いの規範となったが__片方はその後に魔力に呑まれ『魔女』となり、片方は魔力を使い切って死亡した。新しい『魔女』はその後姿を消し、今も突然現れては甚大な被害をもたらしているという。
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