第55話 ティム・オブライエン『本当の戦争の話をしよう』

 今日書いたのは2000W。

 じょじょにクライマックスが近づいて緊張の日々である。



 間もなくイスラエル軍がガザに本格的に侵攻するとニュースで盛んに報道している。

 おそらくハマスとの地上戦になるだろうが、自分がかつて読んだ小説でもっとも優れた地上戦、というか戦闘描写はティム・オブライエンの『本当の戦争の話をしよう』(文春文庫)に納められた短編「ゴースト・ソルジャーズ」にある。



「撃たれるという経験をすると、人はそこからささやかなプライドのようなものを得ることができる。マッチョっぽいことを言っているわけじゃない。私が言いたいのはそれについて話ができる・・・・・というそれだけのことである。まるでこぶしで叩かれたような銃弾のばしっという鈍い感触や、それが当たると体から空気がすうっと失せて咳き込むことや、銃声がその十年くらいあとから聞こえてくることや、目の眩むような感覚や、自分自身の匂いや、その直後に思い浮かべたり言ったりやったりすることや、自分の目が白い小石や草の葉に焦点をあわせ、ああこれが俺の最後に目にするものなのか、この・・小石が、この・・草の葉が、と思って泣きそうになってしまったりすることなんかを」(村上春樹訳)



 ベトナム戦争に従軍したオブライエンが、実際に撃たれた体験を元に綴った文章である。

 「銃弾が当たると体から空気がすうっと失せて咳き込む」とか「銃声が十年くらいあとから聞こえてくる」といった一文は当事者にしか書けない異様な名文。

 戦争をモチーフにした文章としてはヘミングウェイや、わが国の大岡昇平のそれより優れていると思う。

 無名の一般市民としての矜持や節度やユーモアが全編にあって、マッチョ的な美学やインテリのプライドで文章が曇っていない点に好感を持つ。

 戦争という異常な状況で、こういうクールな態度はなかなか保てない。



 もうすぐ戦争が始まりそうなので、この名著を思い出した。

 ひさしぶりに読み返そうと思う。


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