第46話 魔王の過去
クラウスは、先程まで魔王が座っていた椅子にゆったりと腰を下ろした。
ティルはクラウスに何かを耳打ちをしてから私に少し微笑むと、またどこかへと行ってしまった。
「話より先に、まずは謝らせてくれ。魔王が心を読めること、俺たちが魔王殺しを計画していたこと、全て黙っていてすまなかった」
クラウスの表情には疲労の色がにじみ出ている。
こんな状況でも私を気遣ってくれるのはありがたいが、気にし過ぎないでほしい。
「謝らないでください。もし知っていたら平常心ではいられなかったでしょうし、正しい判断だったと思います。私がクラウスの立場でも黙っていたと思います」
「そうか、ありがとう。……もしあいつが次の魔王に俺を指名したら、平和に片づく話だったんだが……」
クラウスから語られたのは、魔王とクラウスと、とある人間の過去だった。
――――――――――
クラウスの生みの親であるレヴラノは、生まれながらに強力な魔力を持っていた。
だが魔界の政治には興味がなく、ふらふらと色んな所へ旅をしたり遊んで暮らしていたらしい。
その暇つぶしの一環で生み出されたのがクラウスだった。
「これが使い魔か……。よし、お前は今日からクラウスだ。よろしくな」
「はい、レヴラノ様」
生み出された当時、クラウスはエネルギーの摂取を必要とせず、レヴラノの魔力を分け与えられることで生きていたらしい。
レヴラノは魔力を持て余していたし、消費のためには丁度良かったのだろう。
そのうち魔界に飽きたレヴラノは、クラウスを連れて人間界で遊ぶようになった。
二人で性別や年齢を変えながら、色んな街を回っていた。
そんな時、変わった老人と出会った。
とある村の酒場で酒を浴びるほど飲んでいた二人は、珍しく悪酔いしてしまったらしい。上手く魔力が使えず魔界に戻れなくなっていた時、声をかけられたのだ。
「泊まるところがないなら、我が家へ招待しよう」
声をかけてきた老人は、見るからに品が良さそうな貴族だった。
辺境伯なのだというその老人は、二人が人間でないことを見抜いていた。
「悪魔も酒に溺れることがあるのだな」
二人を屋敷に連れ帰った辺境伯は、実に興味深そうにそう言ったそうだ。
「なぜ分かったんだ」
「そんなもの見ればわかるだろう。特に、そっちのお前、魔力が溢れているぞ。もう少し制御したほうが良い」
「……お前ではない。レヴラノだ。こっちは俺の使い魔のクラウス」
「そうか。わしのことはシノと呼んでくれ」
レヴラノが誰かに不手際を指摘されたのは、それが初めてのことだった。
そこからレヴラノがシノに懐くまでには、それほど時間はかからなかった。
「シノ! 今日も来てやったぞ! この間の料理をもう一回食わせろ」
「食べたきゃ森でイノシシ狩って来い。そうしたら作ってやる」
「シノ! 今日はお前の話が聞きたい! 魔力のない人間達の交流は面白いな」
「わしから見れば、お前たちの方がよっぽど興味深いがな」
何度も会いに行くうちに、シノの先祖に魔族がいることを知った。
昔はもっと魔族と人間の距離が近かく、珍しいことではなかったようだ。
シノは魔族の血が混じっていたため、二人の正体を見抜けたのだ。
「シノ、お前は魔界に来れないのか? 魔族の血が混じっているならいけるだろ?」
「ははは、そんなに人間は強くない。魔界の空気に対応できる者は中々いない」
「そうなのか……じゃあ仕方ないから俺たちが来てやろう」
だけど平和な時間は長くは続かなかった。
レヴラノが魔王に指名されたのだ。指名は強制で、拒否することが出来なかった。
魔王となったレヴラノは、盟約によってシノに会いに行けなくなった。
クラウスが連絡係となり交流を続けていたが、それも長くは続かなかった。
魔王になったばかりのレヴラノは、多くの魔物からその座を狙われたのだ。毎日のように襲い来る魔物たちの処理に追われ、クラウスも人間界へ行けなくなってしまったのだ。
不本意な地位、不毛な争い、盟約による束縛。その全てがレヴラノの精神を蝕んでいった。
レヴラノが魔王としての地位を確立し、久しぶりにクラウスを人間界に送り込んだ時には、彼はもう亡き人となっていた。
貴族同士の権力争いに巻き込まれたのだ。
それを知ったレヴラノは、ついに壊れてしまった。
「俺を縛る全てが憎い……! 全て壊してやる」
レヴラノは自分を指名した先代の魔王、襲ってきた魔物たちの血族、それら全てを殺して城に引きこもった。
そしてクラウスと再契約し、エネルギーの摂取方法を変更したのだ。
「クラウス、人間界には醜い貴族がたくさん蔓延っている。そいつらからエネルギーを得るのは、とても効率的だろう?」
シノと敵対していた貴族勢力をクラウスによって破壊する。それがレヴラノに出来る復讐だった。
クラウスが人間界に行っている間、レヴラノは魔界を荒らし、満足したら引きこもる。
政治には全く関与せず、魔界は滅茶苦茶になっていった。
そんな状態が何十年も続いた後、クラウスはレヴラノにこう言われたのだ。
「城に結界を張っておけ。雑魚一匹通すなよ」
そうしてクラウスの魔力を消耗させ、自ら関係を遠ざけた。
その後、クラウスは魔王が引き起こすいざこざを収め、結界を強化し、魔力が消耗したら人間界で補充するという生活を長年続けてきたという。
――――――――――
「レヴラノだけが悪いとは俺には言えない。俺はあいつをずっと見てきたから」
「クラウス……」
「使い魔は主人に忠誠心を持って生まれてくる。だが、それだけじゃなくて、あいつのことは……親友だと、思っていたんだ」
なんと声をかけたら良いか分からなかった。
敬愛していた生みの親が徐々に壊れていくのを、ずっと見てきたのだろう。
自らの力のせいで拒絶されても、理不尽な要求を出され続けても、受け入れるしかなかったのだろう
魔王を殺す決断をした時、どんな気持ちだっただろう。
クラウスの本当の気持ちは分からないけれど、考えるだけで胸がギュッと苦しくなった。
「話してくださってありがとうございます」
私はそれだけ言って、クラウスを抱きしめた。
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