第42話 ある計画の前日 ※クラウス視点
まさか魔王から城に来いと言われるとは思わなかった。
魔王とはもう何十年も会っていない。いや、もっとか?
(いつも必要な時は、ティルが間に入っていたしな)
手紙で結婚報告をした時、カレンに興味を持つだろうとは思っていた。
カレンは人間だし、魔王は人間界に執着している。
(だか直接会おうとするなんて……一体何を企んでいるんだ?)
立場上、魔王がカレンに手を出すことはない。……そう言い切れないのが、あいつの恐ろしいところだ。
(俺のことも、人間界のことも、魔界のことも、全てを憎んでいる。何をするか分からない)
あいつが魔王になる前は、今の俺とティルのような関係だった。
だがあいつは魔王になってしまったし、俺も力をつけすぎた。
魔王になったあいつは、どんどん変わっていってしまった。それに伴って、魔界もどんどん荒んでいる。
魔王が悪い訳じゃない……。
(あいつが、あいつだけが悪い訳じゃない。運命に巻き込まれただけなんだ。だが……)
昔のような関係には戻れないだろう。
明日の面会で最後だ。
もう会うことはない。
潮時なんだ。俺もあいつも―――
カレンが寝ついたのを見届けて、彼女の部屋を出る。
今日はどうせ眠れない。ならば山積みの書類を少しでも片付けた方が有意義だ。
そう思って書斎に入ると、ティルが待ち構えていた。
「いよいよ明日だねー。クラウス様は緊張してる?」
「……少しな」
ティルは俺が眠れないことを分かっていたのだろう。
片手に持っていたワインをグラウに注ぎ、俺に渡してきた。
「ここまで長かったね」
「あぁ。お前にも苦労かけたな」
「まあねー。もっと労ってくれて良いよ!」
そう言いながら、ティルは俺のことをソファーに座らせて、その上に乗っかってくる。
撫でてやると、ふわっと目を細めた。
「明日も頼むな」
「うん! ……あのさ」
ティルが言葉を探すように言い淀んだ。
しばらく頭を撫でながら待っていると、ティルの弱々しい声が聞こえてきた。
「本当にカレンを連れて行くの?」
「本人が行くと言ったんだ。止められないだろう?」
「そうだけどさ」
ティルの言いたいことは分かる。俺だって望んで連れて行く訳じゃない。出来ればこの屋敷で待っていてほしい。
「出来る限りの対策はした。ネックレスにも、お前の結界にも、限界まで魔力を込めてある」
「そうだけどさ……」
ティルは今にも泣きそうな声をしていた。
ネックレスも結界もティルの案だ。
ティルはずっとカレンを守るために動いてくれている。
「心配か?」
「だってカレンは人間だから。人間ってすぐ壊れちゃうんだよ? 僕たちだけなら何とかなるけど……カレンがいなくなったら嫌だよ」
「そうだな」
ティルがこんな弱音を吐くのは珍しい。それほどカレンに懐いているということだろう。
人間は脆い。カレンを間近で見るようになってから、本当に実感している。力加減を誤れば、簡単に死んでしまう。
それが分かっているからこそ、そして明日何が起こるか分かっているからこそ、怖いんだ。
「連れて行くのに、『計画』については黙っておくの?」
明日はカレンを魔王に会わせるだけではない。
俺とティルが長い間準備してきた計画を実行する日でもある。
「魔王は心が読めるんだ。余計なことを伝えるべきではない」
俺やティルは魔王の読心術をかわせるが、カレンには無理だ。
それにカレンがこの計画を知ってしまったら、平常心を保つのが難しいだろう。
「じゃあ計画を延期するのはどう? カレンがいない時にやろうよ」
「それも考えたが、こんなチャンスは滅多にない。魔王が自ら俺を迎え入れてくれる機会なんて、そうそうないだろう?」
「うん……」
ティルだって分かっているはずだ。明日を逃したらチャンスはないと。でも言わずにはいられなかったのだろう。
「もう終わらせるべきなんだ。魔界のためにも、俺たちのためにも。……あいつのためにも」
ティルは何も言わなかったが、こくりと頷いた。
俺はワインを一口飲んで、ティルの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「カレンは魔王に会うのを楽しみにしている。お前がフォローしてくれたんだろ?」
そう言うと、ティルの表情が少し明るくなった。
「まあね! カレンがあまりにも不安がってたからさ」
「俺の立場では、カレンに対して何も言ってやれない。ティルがいてくれて助かった」
「そうでしょう? もっと褒めて! 感謝して!」
「はいはい、ありがとう」
「もっと!」
わざと明るく振舞うティルに、ありがとうと何度も礼を言う。
もっともっと、とおどけるティルに付き合って、十回以上言わされた。
二人で笑って、笑って、一息つくと、ティルが俺の目をじっと見た。
「あのさ、僕、ちょっと心苦しかったんだ。嘘は言ってないけどさ、カレンを騙しているみたいで嫌だったんだ……」
「あぁ」
「だけど、もう大丈夫だよ! 吹っ切れた! 後は、やれることをやるだけ」
俺は自分の生み出した使い魔に、どれほど負担を強いてきただろうか。
昔の自分と魔王の姿が重なるようだった。
(だが、ここで俺が引くわけにはいかないんだ)
俺が覚悟を決めないと、もっと負担をかけることになる。
「ティル」
「なに?」
「何かあったらカレンを連れて逃げろ。これは命令だ」
計画が失敗しても、カレンとティルだけは守る。
「……承知いたしました。クラウス様」
魔王殺しは俺の役目だ。
あいつと離れてから、それだけを目標に生きてきた。
「もうすぐ俺が楽にしてやる。待ってろ、魔王レヴラノ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます