第41話 デート

 それから数日が経ち、いよいよ明日は魔王謁見の日となった。

 挨拶すると決まってから緊張や心配が大きかったけれど、ティルの助言のおかげで少し気が楽になっていた。


「カレン、今日は魔界の街を案内しよう」


 朝食を食べていたクラウスから出たのは、急な提案だった。


「街を?」

「今までこの屋敷の中でしか過ごしたことがなかっただろう? 魔王と会う前に、魔界に慣れておいた方がいい」


 確かに私が外出するのは人間界ばかりで、魔界はこの屋敷しか知らなかった。

 この屋敷は森の中にあるため、街があること自体、今知ったのだから。


(少し怖いけれど、クラウスやティルが普段どんなところで過ごしているのか気になっていたし……良い機会かも)


「是非お願いします」


 こうして私とクラウスは二人で出かけることになった。




「あまりキョロキョロしていると転ぶぞ」


 二人で屋敷の外に出て、森の道を進んでいく。

 私は初めて見る植物ばかりで少し興奮していた。


「大丈夫ですよ!……あっ!」


 よそ見をしていて、地面のくぼみに足を引っ掛けた。

 転ばずに済んだのは、クラウスが咄嗟に腕を引いてくれたからだ。


「言ったそばから。危ないだろ」

「ありがとうございます。珍しくて、つい……」


 お礼を言いながら、私はまた新たな植物に目を奪われた。


(屋敷の中にいるとピンと来なかったけど、私、本当に魔界にいるんだわ!)


 不思議な形の葉っぱや、鉱石のような花が咲いていたりする。


「クラウス! このお花可愛いですね。まるでルビーみたい」

「こっちの葉っぱ、光っていますよ!」


 私が何かを見つけるたびに、クラウスが名前や毒の有無などを教えてくれた。


「クラウスは物知りですね。私は家の周りの雑草の名前すら知らずに生きていたのに」

「ずっとここで過ごしていたからな。自然と覚えてしまったんだ」


 今の魔王が即位した時から、ずっとここで暮らしてきたらしい。

 ティルを召喚する前は一人暮らしだったのだろう。


「この森もモルザン家の敷地なのですか?」

「そうだ。迷わなくなったらカレンも自由に行き来していいぞ」

「……迷う自信しかありません」


 こんな広い森の中で細い道が色んな方向にのびている時点で、覚えられる気がしなかった。


「じゃあ外に出るときは俺がついて行かないとな」

「ふふっ……お願いしますね」


 クラウスの「全く仕方がない」といった態度に思わず笑みがこぼれた。


(なんかこれって、デートみたいじゃない?)


 結婚してから二人でのんびりと外出することは、ほとんどなかった。

 パーティーや夜会に出かけることはあっても、仕事の意識が強い上に、二人きりという状況でもなかった。


(これも魔界を歩く練習だけれど、少しくらいデート気分を味わっても良いわよね?)

 

 思い切って、クラウスの手をそっと握ってみた。

 クラウスは何も言わなかったけれど、すぐに握り返してくれた。


「あの、はぐれないようにしなきゃと思いまして」

「ははは、良い案だ」


 クラウスが声を出して笑うから私も可笑しくなって、二人して笑いながら道を進んでいった。




 森を抜けてしばらく歩くと、にぎやかな街に到着した。


(ここが魔界の街。……なんだか思っていたのとは違うかも)

 

 恐ろしい景色を想像して緊張していたが、実際は想像とは全く違っていた。

 人間界とほとんど雰囲気が変わらない普通の街だ。

 ただ、よく見ると少しずつ違っている部分がある。


「いらっしゃい、今日は特売セールだよ」


 向かいのお店では、店員のおじさんの後ろから細い尻尾が見えている。


「今日の新聞だよー! 一部どうですか?」


 新聞を配っている少年は、完全に地面から足が浮いているのが分かる。


「さっきの店、なかなか良かったな」

「えぇ、また行きましょうね」


 前から歩いてくる二人組には猫のような耳がついていた。


(すごい、ここにいる人達は本当にみんな魔族なんだ)


 クラウスとティル以外の魔族を見るのは初めてだったけれど、人間と変わらない彼らを見て、私は少しホッとした。


(そもそも、クラウスもティルも人間と変わらないものね。そう考えれば当たり前のことなのに、魔族ってだけで警戒してしまったみたい。反省しないと……)


「初めて来た感想は?」

 

 クラウスが私の顔を覗き込みながら尋ねた。私が怖がっていたことに気づいていたようだ。

 もう怖くない。その気持ちを込めてにっこりと微笑んだ。


「雰囲気が王都に似ていますね」

「ここは比較的人型の魔族が多い街だからな」

「そうなのですね。なんだか親近感が湧きます」


 クラウスは普段からこの街で買い物をするのだとか。

 実際に、この街にはたくさんのお店があった。本屋、魔道具屋、人間の血液を売っている店もあった。


 血液のお店で商品の瓶を手に取ろうとすると、店員に声をかけられた。


「お嬢さん、見たところ……その血はお気に召さないと思うよ」

「へ?」

「それは吸血鬼用だからね。悪魔用じゃないんだ。悪いね」

「あ、あぁ、そうですか。教えてくださってありがとうございます」


 瓶からパッと手を放して、店から遠ざかる。

 どうやら人間だと思われていないようだ。それどころか、悪魔だと勘違いされている。


「私、悪魔だと思われているんですか?」

「そうだな。カレンの元々の波長と、そのネックレスの効果だ。もし人間だとバレていたら、こんなにも優雅に道を歩けない」


 確かにその通りだ。街に入ってから普通に歩いていたけれど、私は街に溶け込んでいた。

 人間だと思われていたら、もう少し目立っていただろう。

 だけど……


「そういう事は先に教えておいてくださいよ」

「カレンが人間だってこと忘れていた。本当に波長が近いからな」


(本当かしら? でもこの波長には本当に助けられているわね。自分の身体に感謝しないと)


 波長が悪魔に似ていなければ、クラウスに雇われなかったかもしれない。

 私には波長がどんなものか分からないけれど、魔族にとっては重要な意味を持つものなのだろう。


 魔族と人間。似ているようで少し違う。違っているようで、同じ部分もある。

 当たり前のことだけれど、この街を歩くことで、それを実感できた。


「今日は魔界を歩けて良かったです。魔族のことをもっと知りたくなったし、明日が余計に楽しみになりました」

「楽しみ?」


 私の反応が意外だったのか、クラウスが少し不思議そうな顔をした。


「クラウスを生み出した方とお話出来るなんて、素敵なことですから」

「そうか……ありがとう」


 そう返したクラウスの声は、なぜか少し寂しそうだった。

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