第28話 恩返し

「カレンがいると効率的にエネルギーを摂取できる。今回の一件で久しぶりに力が回復したな。ありがとう」


 クラウスの口から感謝の言葉が出たことに驚いた。

 クラウスは力が回復した後、性格も少し変わったように思えた。以前から優しかったけれど、感情が見えにくかった。今はストレートな感情表現が増えた気がする。


「私の方こそありがとうございます。披露宴の前にも言いましたが、本当に感謝しています」

「そうか……俺は救世主だったな」


 私が言った言葉を思い出したようで、クラウスは実に楽しそうに笑っていた。


「クラウスは力が回復してから雰囲気が変わりましたね」


 そう言うと、ティルがパッとこちらに駆け寄ってきた。


「そう見えるでしょー? クラウス様は魔力が少なくなってくると省エネモードに入っちゃうの。僕は元気なクラウス様が好きだから、今すっごく嬉しいんだ!」


 クラウスの雰囲気が変わって、ティルのテンションも高くなっているようだ。


「俺はそんなつもりないんだが……冷たく当たっていたらすまない」

「そんな、クラウスは最初から今までずーっと優しいですよ」


 クラウスに頭を下げられると本当に焦ってしまう。冷たくなんてなかったのだから、気にしないでほしい。


「そうなのか? カレンが良いならいいが……」

「えー! クラウス様、僕にはちょっと冷たいじゃん! 気をつけてよねー」


 私とクラウスのやり取りを間で聞いていたティルは、抗議の声を上げた。


「分かった分かった。気をつけるよ」

「もー! 冷たくしたらカレンに叱ってもらうからねー!」


 クラウスはティルのグラスに白ワインを注ぎ、苦笑しながらティルへと渡した。

 不貞腐れたふりをしていたティルは、クラウスにグラスを渡されると、嬉しさを隠しきれない様子でごくごくと飲み干した。


 二人のやり取りが微笑ましくて、思わず頬が緩んだ。


「あのね、クラウス様はね、省エネモードの時、魔界の結界の管理に集中しちゃうの」

「結界?」

「そーなの! クラウス様はとっても大きな結界を張って、魔王様とかを守るすごい仕事をしてるの!」


 ワインで良い気分になってきたティルは、ふわふわした口調でクラウスの仕事について語ってくれた。

 だんだんと何を言っているのか分からなくなり、ついにはふにゃふにゃ言いながら、クラウスにもたれかかって眠ってしまった。


「今の魔界のお話、私が聞いても良かったのですか?」


 以前、ティルから魔界のいざこざで魔力を消耗していると聞いたけれど、それ以上は踏み込み過ぎだと思って聞かないでいた。


「構わない。もうカレンは妻だからな。……魔力が少なくなると結界のコントロールは難しい。常に意識の半分はそちらに使ってしまう」

「そうでしたか。今度その省エネモードに入ったら教えてください。人間界側の方で出来る事は私がやりますので!」


 今回の一件はクラウスとティルに任せてしまったから、今度からは協力したい。

 もうカレン・モルザンと堂々と名乗れるのだから、人間界側の方で私が動けることも増えるだろう。


「それは助かる。次から頼む」

「はい、お任せください」


 二人で微笑みあって乾杯しなおすと、ティルが幸せそうな顔で身じろいだ。

 ティルを見つめるクラウスも幸せそうだった。


「カレンには今回の礼もしないとな。したいことを言ってくれ」


 やりたいこと、と言われて思いつくことが一つだけあった。


「じゃあ一つやりたいことがあるのですが……」




 翌日、私は大量の封筒をクラウスに託していた。


「本当にこんなのでいいのか?」

「はい、これが良いのです。よろしくお願いしますね」


 お世話になった町の人々に、手紙と小切手を送ることにしたのだ。

 私がここまで無事に生きてこれたのは、あの町の人達のおかげだ。将来働けるようになったら、きちんとお礼をして、おまけしてくれた分のお金を払おうと思っていたのだ。


 私は一人一人にこれまでの感謝の言葉をしたためた。



――――――――――


おばちゃんへ


 お久しぶりです。

 急に仕事が決まって、あまり町に行けなくなってしまいました。

 私は住み込みで働ける仕事に就けて、今とても幸せです。


 おばちゃんから頂いたお野菜の料金をお支払いします。約束してた出世払いだよ!


 本当に今までありがとう。

 あまり会えなくなるけど、身体に気をつけて元気でね!


カレンより


――――――――――




「届けておいたぞ。それぞれ家のポストに入ったはずだ」


 ティルが小切手の用意をしてくれて、クラウスが魔力で送ってくれた。


「ありがとうございます。お二人のおかげで、町の皆に感謝を伝えることが出来ました」

「水晶で覗いてみる?」

「いいえ、渡せただけで十分です」

「そっか」


 ティルが提案してくれたが、見るのは止めておいた。勝手に覗くのは申し訳ないし、私が勝手にしたことなので、受け取ってもらえなくても構わなかった。


「正直……お二人が協力してくださったのは意外でした。契約外のことですし、負の感情が出るようなイベントでもないですし」


 私がそう伝えると、クラウスが少し不満そうな顔をした。

 

「なんだ、俺がエネルギーにしか興味がないと思っていたのか? 失礼だな」

「そういう訳ではないです! 以前のクラウスは忙しそうでしたし、悪魔って契約外のことをしないイメージがあって……」


 ふいと顔を背けられたので、慌てて訂正しようと言葉を紡ぐ。

 そんな私の様子が面白かったのか、クラウスは顔を背けたまま肩を揺らして笑っていた。


「もう、からかわないでくださいよ!」

「別にからかってはいない。それに……契約なんて関係ない。愛する妻の願いだ、叶えるのが普通だろ?」


 さらっと言われた言葉に心臓がドキッと高鳴った。

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