第27話 ささやかな祝杯
「さて、問題も片付いたことだし披露宴を再開させようか」
クラウスがスッと手を軽く振ると、皆が眠たげな表情になった。
そしてもう一度手を振ると、何事もなかったかのように談笑を始めたのだ。
「本当に素敵な披露宴だな」
「おめでたいわ」
「二人ともよくお似合いだ」
まるで先ほどの騒ぎのことなど忘れてしまったかのようだ。
(まさか……)
「クラウス、まさか皆の記憶を?」
「さあ、どうだかな。だが皆が楽しそうで何よりだ」
「もう……」
クラウスは上機嫌で私をはぐらかす。答えは分かり切っているので、私もそれ以上は追及しなかった。
皆に噂を流されるくらいなら、忘れさせた方がこちらも都合が良い。
おそらく連行していった王家の使者の記憶はそのままだろうし、あの人達の処罰には影響ないだろう。
(記憶をいじれるような発言をしていたけれど、こんなにも簡単に人の記憶をいじれるなんてね。クラウスの力が強くなってるのかしら? ……いいえ、回復しているんだわ)
今までだって人々を操作させたい場面があったはずだ。それでもこの力を使わなかったのは、力を温存していたからではないだろうか。
(エネルギーを吸って力が回復したから、自由に使いまくっているような感じね……)
「カレン」
考え事をしていると、クラウスに突然名前を呼ばれた。
「あ、はい」
返事をして顔を上げると、すぐ目の前にクラウスの顔があった。
近い、と思った瞬間、再び口づけをされた。
しかも今度は皆が見ている前で。
「まぁ……!」
「クラウス様は積極的なのね」
「いやぁ、若いなあ」
歓声のような声があちこちから上がるのが聞こえてくる。恥ずかしさで前を向けなかった。
「んん……ちょっとクラウス!」
小声で咎めると、クラウスは悪びれることなくこう言った。
「夫婦らしいところを皆に見せておかないとな」
クラウスのことは寡黙で落ち着いた人だと思っていたけれど、本来は遊び心があるタイプなのかもしれない。
とにかく赤くなった顔を見られたくなくて、少しの間下を向いていた。
その後の披露宴は円滑に進み、皆からの質問攻撃も予習のおかげで何とか受け答えすることが出来た。
「幼馴染だなんて羨ましいわ」
「昔から気が合ったのでしょうね」
「再開して結婚だなんて、まさに運命ね」
なんて言われて罪悪感で少し胸が痛んだが、まあこれから深い付き合いをする人々でもない。クラウスとの契約通り、「適当」に対応できれば良いのだ。
問題のダンスもなんとか誤魔化しながらクリア出来た。
緊張で動きがぎこちなくなっていたけれど、最後まで転ばず、止まらず、間違えずに踊れたのだから良しとしよう。
「カレン様は社交界に出ていないのにお上手ね」
「初々しくて可愛らしいわね」
なんて声が聞こえてきたから、ちょっとたどたどしかったのかもしれない。
それでもクラウスに操られなかったのだから、セーフという訳だ。
「まあ……及第点だな」
「練習の時の方が上手かったけど、上出来だよ!」
クラウスとティルからの評価もまあまあだったのだから、頑張ったと思う。
(明日は筋肉痛かもしれない……)
それでも色々な問題が片付いた後のダンスは楽しかった。
披露宴が終わって屋敷に戻れたのは、日が傾き始めた頃だった。
「はい、二人ともグラス持った? 披露宴お疲れさまー! 乾杯!」
ティルの掛け声とともにグラスを掲げてから一口含むと、スッキリとした香りが口の中に広がった。
クラウスが用意してくれた白ワインは、甘すぎずとても飲みやすかった。
「あぁ、美味しいですね」
無事に披露宴が終わり、屋敷で祝杯を挙げていると、ようやく日常が戻ってきたように思えた。
ワインの美味しさに浸っていると、二人の少し不満げな声が聞こえてきた。
「まあまあだな。悪くない酒だ」
「嫌いじゃないけど、ご馳走の後だと物足りなーい」
「まったく……二人とも舌が肥えてしまったのでは?」
これでは明日からの食事に満足してもらえないかもしれない。
「大丈夫だよ! たまのご褒美だもん。でもさ、今日くらいは美味しさに浸ってもいいでしょ? カレンだってクラウス様からのおすそ分け、美味しかったでしょ?」
「それは……まぁ、はい」
ティルにそう言われて口づけのことを思い出した。
(私、初めてだったのよね。あれが口づけ……)
意識した途端、急に身体がカッと熱くなった。
(変に意識しちゃダメよ。もう二度目もされてるし……というより、どちらも理由があったからされたのであって、口づけとは違うものよ!)
自分にそう言い聞かせてワインを一気に流し込んだ。
アルコールによって身体が熱くなって、先ほどまでの熱も気にならなくなった。
「あれが旨く感じるならカレンは悪魔の素質があるな」
「だねー! 波長も悪魔に近いし、カレンは悪魔になれちゃうよ!」
「あ、りがとうございます……」
人間が悪魔になれるのかは分からないけれど、二人に近い存在であるなら嬉しいことだ。
悪魔という存在は、私が思っていたより悪い存在ではなかった。むしろ二人とも普通の人間よりもずっと親切だった。
「クラウスは悪魔らしくないですよね。悪事を働かないし、私の元家族よりよっぽど善人です。貴族社会に紛れるだけなら、そんなに模範的に振舞わなくても良いのでは?」
国王からも評価されているのだ。人間のためにそこまで頑張らなくても良いのでないだろうか。
そう思ったのだが、クラウスの考えは違っていた。
「人が羨むような存在の方が周囲から妬まれるだろ? 妬まれたほうがエネルギーを得られる。皆が躍起になって俺の粗を探すが、何も見つからない。その時、人は絶望するからな」
「なるほど……」
「カレンにキスした時も、皆から負の感情が出ていただろう?」
「え?」
思いもよらない話に開いた口が塞がらなかった。
「皆が二人の幸せにちょーっとだけ嫉妬してたみたいだね! デザートにはちょうど良かったけど」
「ティル、吸ったのですか?」
「もちろんだよ!」
まるで気がつかなかった。あの時は、目を伏せていたし、周囲を観察する余裕なんてなかったから。
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