第20話 披露宴までに

 パーティーの翌日以降、クラウスとティルはこれまで以上に忙しそうだった。


「ティル、昨日渡した書類の用意は出来てるか?」

「バッチリだよ」

「なら送付しておいてくれ」

「はーい。あ、さっき大臣から顔を出せって連絡が来てたよ」

「またか……後で連絡すると伝えておけ」

「オッケー」


 披露宴が一ヶ月後に迫っている。その準備だと言っていたけれど、それにしても慌ただしい。

 食事の時も、いつも何かの打ち合わせをしながら食べていた。


「カレン、披露宴用の衣装を用意しといてくれ。今回は俺の分も頼む」

「え? あ、はい。分かりました」

「あとで僕がカタログ渡すからねー」

「はい、ありがとうございます」


 珍しく言い渡された仕事に、少し嬉しくなる。少しくらいは信頼されたのかもしれない。


 (でもすぐ終わりそうね。選んだら、お屋敷さんに用意してもらうんだから)


 もう少し役に立ちたい。断られるだろうけど、一応聞いてみよう。 


「あの、その他に私にやれる事ってありますか? 私はまだ時間に余裕があるので、やれることがあれば仰ってください」

「そうだな……」


 思案しているクラウスの横から、ティルが元気よく身を乗り出した。


「そうだ! カレンってダンスは踊れる? ワルツだけで良いんだけど」

「え? ダンスは……学校へは通えてなかったので、全然。というか実技系は全く……」


 なぜ急にダンスの話が出るのだろうか。嫌な予感がする……。


「じゃあ練習しよっか! 僕が指導してあげるー」

「え? ど、どうしてですか?」

「決まってるじゃん。披露宴で踊るからだよ!」

「えぇっ?!」


 嫌な予感は的中。

 ティルがにこにこ顔で提案してきたのは、仕事よりも骨が折れそうな内容だった。


(ダンス……この間のパーティーで踊っている人達を初めて見たけれど、あんなの出来る気がしない)


 皆が打ち合わせもなしに、曲に合わせて優雅に踊っていた光景を思い出す。


(あれをやれと? あと一ヶ月で?)


 無理ですと断ろうとした時、クラウスが口を開いた。


「そんなもの練習する必要はないだろ。俺が操って適当に踊らせてやるから」


 さも当然のように言われた言葉に、なんとも言えない気分になった。

 

「それはちょっと……身体を操られるのは良くないというか……」

「嫌なのか? カレンの善し悪しの判断基準は難しいな」


 私の反応が意外だったのか、クラウスは解せないといった様子だった。


「感覚的な問題っていうか、上手く説明出来ないですけど、あまり気分の良いものではないかと……」


 私とクラウスのやり取りを聞いていたティルが、楽しそうに間に入ってきた。


「ほらー! クラウス様に操られたくないなら、ちゃーんと練習しないとね」

「……分かりました。あと一ヶ月で上達するか分かりませんが、やってみます」

「心配するな。下手だったら操ってやるから」

「い、いえ! 全力で頑張りますっ!」


 練習するか、操られるか、二つに一つならやるしかない。

 私は家事にドレスの選定、そしてダンスの練習が仕事になった。




 翌日からティル指導の下、ダンスの練習が始まった。

 相手役には、クラウスと同じ身長の動くマネキン人形が使われることになった。


「僕だとクラウス様と身長が違い過ぎるから、練習にならないでしょ」


 という理由だった。


「1・2・3・1・2・3……タイミング、ズレてるよー」

「はいっ」

「歩幅を相手に合わせようとし過ぎ。もっと自然に足を運んで」

「はい……」


 ティルの指導は的確だった。

 お手本として見せてもらった女性役も、とても優雅で美しかった。


「なんでティルは踊れるのですか?」

「僕、こう見えてカレンよりずーっと長生きだからね! 色々なスキルがあるわけよ」


 休憩の間、へたり込みながら訪ねると、得意気な顔で答えてくれた。


「長生きって、何歳なんですか?」

「えへへ、ナイショー! でも、クラウス様よりは下だよ」


(そっか、悪魔って人間とは生きている時間が違うんだ。あれ? クラウスって一体何歳なの?)


 可愛らしく笑うティルは、どう見ても私より年下に見える。私より少し年上に見えるクラウスは、実はものすごく年上なのかもしれない。


「はい、休憩終わり―! 練習再開しまーす!」

「はい、お願いしますね。ティル先生」

 

 ティルは本当に指導が上手だった。

 時には雑談しながら、私が無理しすぎないように調節してくれている。

 忙しそうなのに、嫌な顔一つせずに毎日練習に付き合ってくれた。


(ティルの指導を無駄にしないためにも、絶対踊れるようになろう!)




 ティルの丁寧な指導のおかげで、二週間を過ぎる頃にはなんとか形になってきた。

 最初のうちは全身筋肉痛になっていたのに、最近ではだいぶ身体が慣れて痛むことはなくなっていた。

 

(この調子なら披露宴に間に合いそうね。本当に良かったわ……。あ、そうだ、部屋に戻ったらストレッチを忘れないようにしないと)


 練習を終えて自室に戻ろうとした時、向かいからクラウスがやって来た。

 クラウスは私を見つけると、何かを差し出してきた。


「カレン、お前宛の手紙だ」

「え?」


 クラウスが持っていたのは父からの手紙だった。

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