葉月に

梅林 冬実

葉月に

子供の頃の夏といえば

遊び惚けてばかりで

特別何かを遂げたなんてことはない


盆の入りに間に合うように祖母の家に行き

祖父の墓に手を合わせたらあとはシャンバラだ

叔父の自転車にまたがり山に登ったり

川魚を釣ったり 花火したり

で 盆が過ぎれば祖母ともサヨナラ

次会うのは雪深い時節だ

その祖母も中学の頃に亡くなって

もうあの山とも川とも自転車とも

疎遠になってしまった


大人になるってつまんねぇな

漠然と描いていた夢は全て敗れた

盆の入りガキがうるせぇ回転寿司屋で

一時の涼を得るのがせいぜい

部屋でテレビをつければ

台風がくるってのに旅行だとよ

バカじゃねぇのと気付けば呟いている

これで帰り 新幹線に乗れなかったからって

鉄道会社にクレーム入れる輩が

うじゃうじゃ湧くんだろ?


「やってられねぇ」


独り言もつい口をつくってもんだ


寿司屋はいいね 涼しくて

そこそこ美味いし酒も飲める

家にいるよか少しはマシだ

ずっとこっちを恨めしそうに見ている

家族連れが鬱陶しいから

そろそろ出にゃならんが


盆にひとりで寿司をつつくなんて

世の中で俺くらいだと思っていたが甘かった

おひとり様用のカウンターは満席

テーブル席しか空いてなかったんだよ


にしてもうるせぇなぁ ガキってのは

ずっと喋ってるか喚いてるか

で 気が向いたら泣きやがる

親になんてなるもんじゃないね

俺の親は偉かったよ

俺を育てたんだもんな

大した大人にはならなかったが


時計に目をやれば19時ときた

そろそろお暇するか

下手すりゃこっち見てる家族連れに

「まだですか?」

なんて声かけられるかも知れん

そんなの御免だね 厄介なだけだ


さっと席を立ち会計を済ます

俺が座っていたテーブルは

キリっとした店員がテキパキと片付け

あっという間にご家族連れご案内

凄いね お前は世のため人のため

十分働いてるよ


さて 明日から連休だ

親の顔を久しく見ない

声も聞かない

いやさね

なまじ結婚なんてするもんじゃない

自分のことも理解してねぇのに

惚れてるのかも分からねぇ女のことなんて

何も分かっちゃいなかった

離婚したはいいが

それがきっかけで親とも縁遠くなるとは

考えてもみなかったね


「子供がどうしてもほしいの」


だから悪かったって

俺だって知らなかったんだって

何であいつが謝るかね 泣きながら

あれも八月の出来事だったな

鬱陶しい

思い出すだけで神経削がれるわ


俺だってな

あの懐かしい川でデカい魚釣って

「とーちゃんすげぇ!」って

自分のガキに言われたかったよ

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葉月に 梅林 冬実 @umemomosakura333

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