最高の収穫と最悪の収穫

「犠牲者なし、重傷者なし、果実に傷なし。皆喜べ、初の完全勝利の収穫だ!」


 と、総隊長殿の大声に誘われて夜禅部隊は集合してくる。仲間の肩を借りる者もいれば、地を這ってでも集まろうとする者もいた。


「傷なしフォルスって凄くない? わたし初めて見た」「これで少し余裕ができたんじゃね?」「いや全然、まだまだ足りないでしょ」「それでも犠牲者出ていないし、何と言っても特一級の果実。最後の追込みは隊長たちに任せちまったけど、この達成感は半端ないわ」「うん、朝の日差しがここまで霞んでいないのは初めて」


 うん、よかった、みんな嬉しそうだ。もちろんぼくも嬉しいです。


「完璧な果実は良いんだけどよ」と、柄の悪いA君が十番隊の隊員の前にずかずかと出てきて、


「十番隊は隊長以外出てこなかったよな。結局は捨て駒の弱者か、十番隊長の肉の盾に選ばれただけあるなぁおい、無能の雑魚ども」と、今の感動的な空気を読めないA君という存在はどこの派閥にもいるものなのだろう。


 ヒトを肉の盾に……この恥知らずはなんということを言うのだ。強きヒトとして生まれておきながら、己の誇りを穢すような発言をしおって、それで両親や兄弟に顔向けできるのか。


「それは人を護る者の台詞ではありますまい。こころ通う男子おのことして強く生きてきたのであれば、己の使う言葉をしっかりと吟味し選べるはずでしょう。なにゆえヒトを弱者無能と決めつけ、罵る権利があるのでしょうか……」


 と、空気読めない牡丹派の新人隊長のぼくが言えば、A君は下品に舌を鳴らして、


「ここは牡丹派の夜禅だ、戦えねぇ弱者は必要ない。つか、十番隊の部隊員は名門中の名門の御家の集まりだぞ。おれたちを働かせてのんびりサボりとはいいご身分だ」


 名門中の名門……血と日に呪われし家柄か。まさかぼく以外がそんな凄い御家の出身だったなんて、思いもしなかった。しかしそんなこと関係ない。


「十番隊の隊員は闘いましたよ。けものの行動も分からず立ち向かい死ぬか、けものに立ち向かわず生きて学ぶか。ここでは強い弱いの話ではない、死なないことです」


「夜禅はそんな甘くねぇ、誰かが弱けりゃ他の誰かが死ぬ、それであっという間に全滅だ」


「強かったから誰も死ななかった、そして彼ら彼女らはもっと強くなろうと闘った」


「はぁ? 偽善で飯が食えるのか?」


「――止しなさい、夜は明けたのです」と、突然の総隊長殿のなめらかな音色は、言い争うぼくとA君の間を稲妻の如く駆け抜けた。


 静かな光から、空気を震わせるほどの威圧にA君は顔をこわばらせた。こうして空気読めない者たちの空気の読み合いで、ここは真空のような場所になってしまった。


「ね、みんな頑張った。それでいいの」と空気をもとに戻すのは総隊長殿だ。


「はい、あなたの言う通りです」ぼくは返事をした。うん、これで一件落着だろう。


 と、ぼくは総隊長殿の空気と調和したのだが、A君は最後まで空気が読めなかったらしく、


「別に十番隊は隊長だけで十分だよな――あんたはけものに救われているんだから」


 最後は十番隊の隊員のことではなくぼくのことだった。


『救われている』この言葉には幾つもの意味が含まれている。過去にぼくだけけものに殺されなかった部隊がある、けものが存在しているおかげで衣食住ができている、ぼくはアルカディオスに殺される寸前でけものにいのちを救われた。A君の言葉には何も言い返せなかった。


 敵意ある者にさえ救われるのがぼく。ぼくは救われてばかりだ。この意志はなんとしてでも次代へ継がなければいけないというのに、ぼくはなんて情けない男子なのだろう。


 何となくだけど、この時に牡丹派が最低最悪な派閥ということが分かった。

 

 この派閥の強い者は己より弱い者を虐げる。互いを高め合うのではなく、悪意ばかりの競争が蔓延っている。

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