自己紹介?
「レンカ・スフィロラ・ゾハル。あなたはレンカだよね?」
と、女子に親父殿と御袋殿にいただいた名前を口にされてしまった。教えてもいないのにどうして知っているのか、とても気になる。
「うん、ぼくはレンカだよ。君はアイリス・イヴ・エヴァニティ。アイリスだよね?」
そしてなぜぼくも彼女の名前を知っているのか? 言ったぼくでも気になる。
(不思議だ)その一言だけがこの場で思い浮かぶ最適解だった。
「うん、わたしはアイリス」
「そっか……ぼくは挑戦しなかったんだね」
そう言ってみたが、何を言いたいのか己でも分からない。話の流れを掴めないこの時のぼくは頭がおかしいとしか言いようがない。
と、バカなことを言ったなと後悔している時、アイリスはぼくの腰を指さして、
「刀を腰に差しているヒトって初めて見た。前は刀なんて持ってなかったのに」
前? 昔会ったかな? いや、そんなことを女性に訊くなんて失礼千万。ここは大人しく、そして警戒されないように帯刀している理由を答えるしかあるまい。
「ぼくの一族は百姓でありながら刀を腰に差しておりました。残念ながら土が死んでいる時代に生まれてしまったわけですけど、一族の伝統は受け継がれております」
「刀はどんなもの?」
「『生き物を傷つけるために振るのは刀の本質ではない』と、ぼくの知り合いの鍛冶師は刀について何時間も語ります。語り継いできた刀語りは、ひとりの獅子王から始まったのだとか」
「そっか。牡丹派にもね、刀を語るヒトがいるんだよ。そこで気になったのだけど、あなたの知っている刀語りってどんな感じのものなの?」
ふむ、知り合ったばかりの女子に話してはならぬ……ならぬのだが、彼女の名前を知り、そして彼女にぼくの名前を知られている以上は知り合ったばかりという間柄にしては進みすぎている。うむ、話してやるのが筋というもの。
「鍛冶師の方からは『刀、それ則ち力を断つこころの源、故に折れぬ刀は己で創り、欠けぬ刀は諸人と共に創るものなり』と教わり、親父殿からは『刀はヒトに向けて決して振るな。しかしヒトに振らねばならぬ時が来るやもしれぬ、その時は相手に向かって誇り高く名乗り、挑戦する意志を吠えろ。挑戦、それ即ち法則に抗うこと、故に刀こそ因果を絶つ鍵なり』と教わり、御袋殿からは『守るために振りなさい。これから先の未来で協力してくれる者たちを守り、光と闇を集めるのです。集めては蒔く、それ即ち農刀の演目、故に刀の開花は己の開花と結ばれる』と教わりました……あ、ごめんなさい、難しいし長かったですよね」
「どうして謝るの、聴けて良かったよ。刀語りを知るのがあなたで良かった」
そう言ってアイリスは立ち上がった。苗の植え付けを中断して、今はぼくに向けて口を開けては閉じてと声にもならない動きを繰り返した。
何かぼくに言いたいことがあるのだろうか……あ、もしかしてぼくの顔に何かついているとか? 鼻毛が飛び出しているとか? そう考えるとちょっと恥ずかしいな、言っていいのか気を遣うし、気付かない振りをしていいのか考えちゃうよね。でも大丈夫だよ、ぼくは言われたら直すヒトだからね。
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