『田村隆一詩集』と55年越しのストリートワイズ

言葉とは何だろう。現代詩文庫『田村隆一詩集』を読んでいて、あたかもぼくは書き手の田村隆一の「声」を聞いてしまったようなそんな気持ちになった。それは単に目で読んですんなり腑に落ちたというだけにとどまらず、感じるはずのないぼく自身の聴覚まで働くことでここに書かれた田村隆一のテクストが生み出す「声」が確かなものとして確認できたということだ。詩を読むと「声」が、言葉が「聞こえた」……そしてその「声」はきわめてクリアなトーンに貫かれていて、こちらを突き動かす力を備えていると感じられた(まちがってもそれは「癒し系」のメロウな声ではない。なるほど優しさは感じられたにしろ)。あえていまの時代にこんな言い方をしてしまうと「父性」や「男の美学」を感じさせる、きわめて男臭い「声」だと思った。そんなダンディな「声」の持ち主である田村とぼくは同じ肉体的・精神的な性別を持ち合わせているのだけれど、ここに書かれた詩が収められた『田村隆一詩集』が刊行された年(1968年)から55年経ったいま、はたしてどんな「声」を聞きそこから何を学ぶべきなのだろう。


そこから現れる「死」のイメージ、あるいは「終わり」や「破壊」のイメージにむろん太平洋戦争の記憶の残響を聞き取ることはたやすいことであり、同時にけっして忘れられてはならないことだと思う。特にいまのような、確かにあったことさえもフェイクニュースの餌食にされて信憑性があっさり損なわれる時代ならなおのことだ。でもぼくは実にひねくれ者なので、この詩集で語られるそうした終末論的なイメージに「いま」を見出したくなる(裏返せば、ぼくは『荒地』のことも歴史的なことも何もわからないのでそんな表層的な読み方しかできないのだ)。「いま」というのはもちろん2023年、この駄文を書いている「いま」のことだ。別の言い方をすれば『田村隆一詩集』を「リアル」を描いたものとして、たとえば最果タヒや俵万智を読むようなノリで読んでみること。上野俊哉的に言えば「街路」「ストリート」に詩集を持ち込み、そこで読むこと。そうしてみると田村の言葉から失われたものと、いまなお残っているものが何なのか見えてくる。


そうした歴史性を無視した読みにはむろん批判が多々ありうる。そして、そこから来る批判もぼくはぼくなりに謙虚に受け留める所存である。だけどもう少し続けたい。田村が描く終末論的な情景と2023年の「リアル」は、この時代が何の甘美な夢も希望も指し示すことなく人びとが孤独なままさまよい歩いている時代を指し示す謂として、詩を読むぼくの中でかたちを結ぶ。『田村隆一詩集』は、そんな時代においてそれでもなお言葉の力を信じることの意義・意味を伝える。「詩は万人の血と汗のもの 個人の血のリズム」と書かれる行が印象に残る。田村の詩はそのような肉体に基づくメタファーを使いながら、しかし同時になまめかしさやいかがわしさを慎重に排した禁欲的とさえ言える言葉づかいで展開される……と書いていて、そうした「肉体派」としての詩のあり方がこちらの「身体」に直接響く詩を書かしめる原因となったのかなと思った。


と書いていくと、何らかの戦禍の「終わり」を生きるぼくたちにとって『田村隆一詩集』を読み込むことは「肉体」の復権であり、あるいは「声」「言葉」への信頼の復権を意味しうるのかなとも思った。「肉体」も「声」「言葉」も、「いま」の時代においては分が悪い。なぜなら「いま」は何でもかんでもヴァーチャルな関係性やつながりに収斂されてしまう時代でもあるからだ。だが、そんな中でもYouTubeやTikTokなどで「声」「言葉」を駆使して「肉体」に基づいた表現を行うことは不可能ではないだろう……いや、ぼくが知らないだけですでに新しい時代の「肉体派」的な表現は始まっているとさえ言えるのかもしれない(もしかしたらぼくは「置いてけぼり」なのかもしれない)。ならば、とぼくは思う。そんな彼らが『田村隆一詩集』を読んだら? もちろん冒頭で書いたような古めかしい「男の美学」が足を引っ張るかもしれないけれど、意外と「いま」の若い人にも「リアル」な詩として読めるのではないだろうか、と思ってしまった。

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