たそがれ時のみゆき通り

踊る猫

高橋源一郎『銀河鉄道の彼方に』と終わりなき問答

タイトルが示す通り、この本は高橋源一郎が宮澤賢治の『銀河鉄道の夜』を下敷きにして書いた作品である。設定としてはいちおうジョバンニとカムパネルラらしき少年たちが登場し、そして冒頭で銀河についての授業を受けるという場面から始められる。しかし、ストーリーはすこしずつ高橋作品らしくねじれていきこちらの予想もつかないところまでドライブしていくことになる。でも、昔からこうした「ひねり」が効いたストーリー展開でこちらをグイグイ持っていくのは高橋源一郎の十八番だった。ストーリーは「『ぼく』とは何か」「この世界とは何か」といった問いへの真摯な議論に至り、あるいはパラレルワールド的な世界の描写が挿入されまったく先が読めないまま、メタフィクションの領域の話題まで入り乱れる(平たく言えば「この小説を書いている『わたし』とは誰か」と問われ始める)。なんとも豪華な1冊だ、と唸らされてしまう。


「『ぼく』とは何か」「この世界とは何か」と書いてしまった。これは深いように見えるけれど、単に「答えようのない」、ということは「考えるだけムダ」でもありうる問いでもある。そこにあるこの「ぼく」や、あるいはその「ぼく」の眼前に広がる「世界」がすべてである、としか言いようがないからだ。「ぼく」や「世界」についてこの「ぼく」が考えることができても、それが例えばこれを読んでいる「あなた」に対して「わかる!」と納得させられるような答えになりうるかというと、それは難しい。例えばぼく自身は「ぼく」の謎に対してウィトゲンシュタインや『ドラえもん』から得たものとこのぼく自身の実感をミックスして暫定的な、「とりあえず」の答えを出すだろう。延々とこの問題を考え続けても腹が膨れるわけではないからだ。だが、その「とりあえず」のぼくの答えはきっとあなたを納得させられない。言葉で、あなたにもこの「ぼく」の謎のことをわかるように伝えるのは至難の業だ。


そうして考えていくと、言葉を使って「ぼく」のことや「この世界」のことをとらえて考えて、あまつさえあなた(つまり「他者」)に伝えるのは難しいことだ。だけど高橋源一郎はその問いを考え続けることを止めない。そして先人の作品をさまざまな形でサンプリングしながら(宮澤賢治や埴谷雄高、辻征夫や中原中也などがこの作品ではサンプリングされている)、ポップな飾りつけやユーモラスな味つけを丹念にほどこし作品として仕立て上げる。それは先人たちが作品を通して考え続けたこと、問い続けたアポリアについて高橋自身のその定評のある批評的センスを通して解析し、そこにこの「流動」し続ける時代を生きる彼自身の問題意識をも配合・融合させて考え抜く。この作品は、その結果の産物ということになる……と書いてなんだか情けなくなる。高橋源一郎はこの作品の中であきらかに「問い」続けているからだ。ぼくはこうして書くことでその「問い」をひとつの「答え」へと押し込めていくだけでありぜんぜん面白く読み解いていない。


いや、そもそも小説や詩を書くことはそうして「問う」ことそのものとも言えるのではないか。「問う」のはこの世界に数多とあるひっかかりや疑問点をあぶり出すことだ。この世界には実に多くの小説作品や詩が存在する。そうした先行作品によって解消されえずぼくたちの中に残ってしまうおりがあり、その澱が「問い」を生む。そのようにして「問い」としての作品が生み出され、ぼくたちはそれを読む。読んだぼくのような人間がこうして感想文を書き記し、「答え」を出す……もっともぼくはそうして「答え」を出し切ることもできなくなってきたので自分で詩を書くことを始めてしまいぼくなりの「問い」を発し始めたのだけれど、そのようにして「問答」を一期一会のチャンスに行うこと、そうして自分自身の中の感覚を刷新/バージョンアップし続けることが作家と読者の関係となるのではないかと思う。ならば、ぼくは高橋源一郎のこの本を読み解く通して根源的な感覚を塗り替えてしまったことになるのだけれど、その感覚は次にぼくの中からどのような「問い」や「答え」を繰り出していくのだろう。そして、高橋自身は?

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